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記憶喪失
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次に意識を取り戻したのは、周囲が暗くなった頃だった。
遠くにランプの明かりがぼんやりと灯っていた。
うっかり寝返りを打とうとして、痛みに身体が軋み、呻き声をあげた。
「エレノア様!ドクターをすぐにお呼びしますから」
側にいた女がそう言って、直ぐに老年の男性と先程の若者二人を連れて来た。
「エレノア様、大丈夫ですか。痛みが酷いのは打撲が酷いからです。今、痛み止めの注射を致しますから」
そう言ってチクリと腕に注射をされ、その後問診が行われた。
暫くして、ようやく痛み止めが効いたのか痛みが引き、目を開けて回りを見ることが出来るようになると、私の脇にいた二人の若者と先程ドクターを呼びに行った女性を見た。
「強く頭を打ったことによる記憶喪失で間違いないかと」
老人がそう告げた。
「な、何てことだ!」
「お、お母様」
「エレノア様」
三人はそれぞれ呟いて、涙を流していた。
「ええと、私が記憶喪失ということかしら?」
老人を見据えてそう聞くと、
「ああ、失礼。エレノア様。私はこの家のホームドクターをしています、ジェームス・グレイと申します。これからもエレノア様の容態を確認に参りますので、以後お見知りおきを。
さて、貴女様は昨日の朝、階段の上から転がり落ち、身体と頭を強く打ちました。落ちる時に足首に力がかかったのか、左足は骨折しております。そちらは固定してありますので、日数はかかりますが治ります。打撲も日柄もので今が一番痛みが強く段々と痛みは引くでしょう。
ですが、記憶喪失はいつ、どうなるかはわかりません。人によっては直ぐに記憶が戻る人もおりますし、一生戻らない人もおります。全部を忘れ全部を思い出す人も、一部を忘れ一部を思い出す人もおります。
エレノア様は現状全てのことを忘れてしまっておるようですが、受け答えはおおよそ、貴族のご夫人の様相で間違いありません。ですので、忘れているのは、ご自身とそれに伴うこと全てだと今は推測できます。
先ずはゆっくりとお身体を労って、それから記憶を取り戻すように努力致しましょう」
そう答えてくれた。
「そうですか、わかりました。で、ジェームス先生、私はいったい誰なのでしょう?」
真顔で医師に弱々しい声で聞くと、
「あ、貴女様は、エレノア・キンバリー伯爵夫人です。こちらにいるのが、貴女様のお子様達で、長男のロバート様と長女のマーガレット様です。後ろの彼女は貴女様に結婚前からお仕えしていた侍女のテラーですが、覚えはないようですね」
私は名前を聞いた一人一人の顔を見回したが、それはまるで初めて会った人を覚えるように顔と名前を一致させていった。
「お母様、お母様の娘のマーガレットですわ。お母様ううう」
「母上、息子のロバートです。酷く頭を打ったのです、命があっただけでも本当に良かった。記憶など無くとも、母上が生きていてくれさえすれば良いのです」
そう言って二人はまた涙を溢していた。
「私は子供が居るのね。では私には夫も居るのでしょう?夫はどなたなの?」
そう質問すると、周りに変な緊張感が走った。
ドクターは目を伏せ、兄妹は目を見開いて止まり、侍女は眉間に皺を寄せて俯いた。
なんだろうか、私に子供は居ても夫は居ないのだろうか。
キンバリー伯爵夫人ということは貴族だ。
たぶん夫はキンバリー伯爵だろうに、居ないのかしら?
そんなことをツラツラ考えて、ふと気がついた。
記憶喪失でも爵位とか一般常識なんかは覚えているようだ。
無いのは、自分の身の回りの記憶らしい。
ただ、この冷たい空気を思うに、私と夫は不仲なのだろう。
なら辛い記憶が無くなって良かったのかしら。
私はそんなことをぼんやりと思ったりした。
その後、先程周りにいた人々がもう一度部屋にやって来た。
「エレノア、記憶喪失だなんて可哀想に。なんて不憫なんでしょう、抱き締めたいけれど身体が痛むわよね、手を握っても?」
そう言ってベッドの横に座って手を握ってきた中年の淑女は、従姉妹のアイリーン。
彼女は公爵家を継いだハワード女公爵だと言う。
「姉上、お痛わしい」
そう顔を歪めて目に涙を浮かべている紳士は弟のラルフで、彼はハワード男爵を継ぎ、それと同時に王国一の大商会の経営者だとか。
私の子供は、長男のロバート18歳と長女のマーガレット17歳で、それぞれ王立貴族学院の3年と2年に在学中だそうだ。
「それでは、私は元々ハワード男爵家の娘でキンバリー伯爵家へと嫁いだと。ハワード公爵家の当時の当主が叔父でその時は宰相を務めていた関係で、王命を受けての政略結婚、こう言うことですか?」
実家のハワード男爵家はハワード公爵家の従属爵位と商会を私の父が継いで興った家で、貴族的な社交は本家筋が行い、分家の実家は商会活動が主なのだそうだ。
私が嫁ぐ前でも王国で5本指に入るほどの商会だったらしいが、嫁いだ後は王国で1、2を争う大商会であり資産家となったらしい。
王家からは陞爵を望まれているそうだが、その分税金が上がるから嫌だということを、他家に要らぬ嫉妬をされるのは本意でないとかなんとか、上手い言い訳をしながら躱しているのだそうだ。
(普通の貴族は名声を欲するのに、実家の人達には商売人の血が流れているのね~)
私はそんな呑気な感想を持ったのだった。
「で、私の夫であるキンバリー伯爵がここに居ないと言うことは、私と夫は夫婦仲が悪いと言うことで間違いない、そう言うことですか?政略結婚した経緯は?あ、ええと、ロバートとマーガレットは席を外した方が良いわね」
ハワード一門の現在の当主アイリーンと実家の当主ラルフから自身の身の回りの話を聞いていても、やはり夫に関する話は出てこない。
これは間違い無く、夫婦仲が悪いのだろうと確信を深めて質問したが、そこに子供達が居ることを思い出し、子供の前でする話では無いだろうと声をかけたのだが、
「母上、私も妹ももう成人しておりますから」
「ええ、お母様、今更ですわ。今回のことは私も信じられない思いで一杯ですの」
子供達はどこか怒りを感じさせる様子で、言葉に険があった。
「では教えてくださる?夫のことも政略結婚のことも」
遠くにランプの明かりがぼんやりと灯っていた。
うっかり寝返りを打とうとして、痛みに身体が軋み、呻き声をあげた。
「エレノア様!ドクターをすぐにお呼びしますから」
側にいた女がそう言って、直ぐに老年の男性と先程の若者二人を連れて来た。
「エレノア様、大丈夫ですか。痛みが酷いのは打撲が酷いからです。今、痛み止めの注射を致しますから」
そう言ってチクリと腕に注射をされ、その後問診が行われた。
暫くして、ようやく痛み止めが効いたのか痛みが引き、目を開けて回りを見ることが出来るようになると、私の脇にいた二人の若者と先程ドクターを呼びに行った女性を見た。
「強く頭を打ったことによる記憶喪失で間違いないかと」
老人がそう告げた。
「な、何てことだ!」
「お、お母様」
「エレノア様」
三人はそれぞれ呟いて、涙を流していた。
「ええと、私が記憶喪失ということかしら?」
老人を見据えてそう聞くと、
「ああ、失礼。エレノア様。私はこの家のホームドクターをしています、ジェームス・グレイと申します。これからもエレノア様の容態を確認に参りますので、以後お見知りおきを。
さて、貴女様は昨日の朝、階段の上から転がり落ち、身体と頭を強く打ちました。落ちる時に足首に力がかかったのか、左足は骨折しております。そちらは固定してありますので、日数はかかりますが治ります。打撲も日柄もので今が一番痛みが強く段々と痛みは引くでしょう。
ですが、記憶喪失はいつ、どうなるかはわかりません。人によっては直ぐに記憶が戻る人もおりますし、一生戻らない人もおります。全部を忘れ全部を思い出す人も、一部を忘れ一部を思い出す人もおります。
エレノア様は現状全てのことを忘れてしまっておるようですが、受け答えはおおよそ、貴族のご夫人の様相で間違いありません。ですので、忘れているのは、ご自身とそれに伴うこと全てだと今は推測できます。
先ずはゆっくりとお身体を労って、それから記憶を取り戻すように努力致しましょう」
そう答えてくれた。
「そうですか、わかりました。で、ジェームス先生、私はいったい誰なのでしょう?」
真顔で医師に弱々しい声で聞くと、
「あ、貴女様は、エレノア・キンバリー伯爵夫人です。こちらにいるのが、貴女様のお子様達で、長男のロバート様と長女のマーガレット様です。後ろの彼女は貴女様に結婚前からお仕えしていた侍女のテラーですが、覚えはないようですね」
私は名前を聞いた一人一人の顔を見回したが、それはまるで初めて会った人を覚えるように顔と名前を一致させていった。
「お母様、お母様の娘のマーガレットですわ。お母様ううう」
「母上、息子のロバートです。酷く頭を打ったのです、命があっただけでも本当に良かった。記憶など無くとも、母上が生きていてくれさえすれば良いのです」
そう言って二人はまた涙を溢していた。
「私は子供が居るのね。では私には夫も居るのでしょう?夫はどなたなの?」
そう質問すると、周りに変な緊張感が走った。
ドクターは目を伏せ、兄妹は目を見開いて止まり、侍女は眉間に皺を寄せて俯いた。
なんだろうか、私に子供は居ても夫は居ないのだろうか。
キンバリー伯爵夫人ということは貴族だ。
たぶん夫はキンバリー伯爵だろうに、居ないのかしら?
そんなことをツラツラ考えて、ふと気がついた。
記憶喪失でも爵位とか一般常識なんかは覚えているようだ。
無いのは、自分の身の回りの記憶らしい。
ただ、この冷たい空気を思うに、私と夫は不仲なのだろう。
なら辛い記憶が無くなって良かったのかしら。
私はそんなことをぼんやりと思ったりした。
その後、先程周りにいた人々がもう一度部屋にやって来た。
「エレノア、記憶喪失だなんて可哀想に。なんて不憫なんでしょう、抱き締めたいけれど身体が痛むわよね、手を握っても?」
そう言ってベッドの横に座って手を握ってきた中年の淑女は、従姉妹のアイリーン。
彼女は公爵家を継いだハワード女公爵だと言う。
「姉上、お痛わしい」
そう顔を歪めて目に涙を浮かべている紳士は弟のラルフで、彼はハワード男爵を継ぎ、それと同時に王国一の大商会の経営者だとか。
私の子供は、長男のロバート18歳と長女のマーガレット17歳で、それぞれ王立貴族学院の3年と2年に在学中だそうだ。
「それでは、私は元々ハワード男爵家の娘でキンバリー伯爵家へと嫁いだと。ハワード公爵家の当時の当主が叔父でその時は宰相を務めていた関係で、王命を受けての政略結婚、こう言うことですか?」
実家のハワード男爵家はハワード公爵家の従属爵位と商会を私の父が継いで興った家で、貴族的な社交は本家筋が行い、分家の実家は商会活動が主なのだそうだ。
私が嫁ぐ前でも王国で5本指に入るほどの商会だったらしいが、嫁いだ後は王国で1、2を争う大商会であり資産家となったらしい。
王家からは陞爵を望まれているそうだが、その分税金が上がるから嫌だということを、他家に要らぬ嫉妬をされるのは本意でないとかなんとか、上手い言い訳をしながら躱しているのだそうだ。
(普通の貴族は名声を欲するのに、実家の人達には商売人の血が流れているのね~)
私はそんな呑気な感想を持ったのだった。
「で、私の夫であるキンバリー伯爵がここに居ないと言うことは、私と夫は夫婦仲が悪いと言うことで間違いない、そう言うことですか?政略結婚した経緯は?あ、ええと、ロバートとマーガレットは席を外した方が良いわね」
ハワード一門の現在の当主アイリーンと実家の当主ラルフから自身の身の回りの話を聞いていても、やはり夫に関する話は出てこない。
これは間違い無く、夫婦仲が悪いのだろうと確信を深めて質問したが、そこに子供達が居ることを思い出し、子供の前でする話では無いだろうと声をかけたのだが、
「母上、私も妹ももう成人しておりますから」
「ええ、お母様、今更ですわ。今回のことは私も信じられない思いで一杯ですの」
子供達はどこか怒りを感じさせる様子で、言葉に険があった。
「では教えてくださる?夫のことも政略結婚のことも」
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