【完結】記憶喪失になった伯爵夫人の離婚

有栖多于佳

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エレノアの政略結婚

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エレノアは、ハワード公爵家の次男で男爵位を継いだ父、ジョージ·ハワード男爵の元に長女として生まれた。

ハワード公爵家は、王家とは一線を画す家柄で、祖は他国と貿易をする商人だった。

だが、ある時、他国が我が王国へと攻め入る戦争準備をしているという情報を知り、国王へと上申し、王国軍と共に迎え撃ち撃破したのだった。
それに対する報奨として、公爵位と共に他国の情報を収集する任を受けたのである。

情報を制するハワード家は、それ以降力をつけ、時に宰相を任じられたりもした。
元々の生業である商会も、国内外の情報を得る為にも必要不可欠と言うことで、ハワード家の大切な歯車となった。


さて、そんな商人男爵とあだ名されていたジョージに、兄宰相から王命の通達があった。
王国の大穀物地帯を領地に持つ、キンバリー家へと娘を嫁がせろ、と言うものであった。

キンバリー家は古くから広大な肥沃な土地を持つ大地主であった。
手を掛けずとも、自然と多くの小麦が採れ、水も豊富で領内には大きな森林も有り、その奥には手付かずの山々があった。

しかし、数代前に起こった長雨による河川の氾濫で領地は瓦礫の山になってしまった。
元々は資産家であった領主は、復興に尽力して元通りになった頃、今度は日照りで小麦畑に大打撃が起きた。
そうこうする内に、資産も尽き、エレノアの夫のジョン・キンバリーが貴族学院を卒業する頃には、爵位返上も度々話に上がるほど困窮を深めていったのである。

そこに、国王より相談を受けたハワード公爵が、姪であるエレノアを嫁がせてハワード家と縁付かせることで、ハワード男爵家から資金と優秀な人材をキンバリー領へ入れるという政略結婚を進言したのだった。

国王は、その案に直ぐに王命を出し、エレノアは成人し15歳になったその日に、デビュタントに出る間もなく、ジョン・キンバリーの妻となったのである。

「少し、質問をよろしいかしら?」
エレノアは自分の昔話を、小説の中の話のように聞きながらも疑問に思ったことを話を遮って聞いた。

「ええ、どうぞ」
話を聞かせていたのは、従姉妹のアイリーン現女公爵である。

「その時私はまだデビュタントもしていなくて、婚約者も居なかったのでしょうけれど、夫となるジョンには居たのではなくて?夫の年は」

「ええ、私と同じ年であるから、当時25歳だったわね。婚約者は・・・婚約者は居なかったわね」

「25歳で嫡男でしょう?婚約者というか結婚していてもおかしくない年じゃないかしら?アイリーン様と同じ年であるなら」

「ええ、ハワード公爵家の娘である私も3つ下の妹も、とっくに結婚していたから、未婚の一族の子女としてエレノアが若くして嫁がなければならなくなったのだけれど、当時のキンバリー伯爵令息ジョンには婚約者は居なかったのよ。なぜなら」
言い澱むアイリーンの目に、何とも言い難い悔恨のようなものが浮かんでいた。

「なぜなら?」
エレノアは不思議に思って次の言葉を即した。

「ジョンには平民の恋人が居たのよ。貴族学院からずっとの。彼女は数名しか受け入れられない特待生の平民の女学生でわたくしと同じ学年だったわ。彼らは1年の時から大っぴらに付き合っていたから、彼と婚約を結ぼうと思う貴族家のご令嬢は誰も居なかったわ」
アイリーンが眉間に皺を寄せてそう言った。

「平民の恋人?彼、嫡男なのに。しかも当時は爵位返上も考えているほど困窮していたのでしょう?」
エレノアはまた不思議そうに質問をした。

「そうよ、彼は爵位返上して平民となって彼女と婚姻する気でいたのよ。実際そう言った発言をしていたもの、わたくしもこの耳で聞いたわ」

「まあ平民になる気だったの!ならどうして貴族学院に行ったのかしら?行くのにもお金がかかるのに。大体、貴族に生まれてその権利を享受しながら、一方で義務を放棄して平民になるなんて。記憶が無いからわからないのだけれど、常識的に考えてそれってどうなの?」

エレノアは夫の当時の発言のいい加減さに驚きつつ、しかし記憶喪失なのでそう言った考えもあるのかな?とも思い重ねて質問した。

アイリーンは更に深く眉間に皺を寄せて
「非常識極まりないわね。だから、彼の周りに貴族は誰も居なかったのよ」
そう言ったのだった。

「それで王命で結婚した後も夫は彼女を大切にして、私を蔑ろにしている、こんな所かしら?」
エレノアは記憶もないのに、ぼんやりとよくある話だなと思いながらそう言うと、

「それは違います、お母様。お父様は、お母様を大切にはしていました」
横から娘のマーガレットが口を挟んだ。

「ええ?そうなの?」
エレノアは首を傾げたくなった、が、階段から落ちた時、首をムチ打ちになったようで傾げることは出来ないのだが。

「はい、それは本当です。母上、父上は毎週水曜日から木曜日は別邸へと向かい、それ以外の日は本邸におります。社交は母としかしませんし、朝夕の食事は一緒に召し上がっているのです。今日ここに居ないのは、母上が怪我をしたのが水曜だったからです」
真剣な眼差しで長男ロバートが語った。

「えっと、じゃあ夫は私が怪我をしたことも知らないと言うの?」
エレノアは家族の言うことが随分非常識な気がしてそう聞くと、

「いいえ、直ぐに知らせに行かせて、戻ってきて治療にも診察にも立ち会っておりました。その後様子を見た後、もう一度別邸へ向かわれました。先程、意識が戻った事を手紙で詳細を伝えてありますから、もうすぐ戻って来ると思いますが」
ロバートがまた当たり前のように言うので、


「ちょっと待って、妻が意識不明の重体でも愛人宅から戻らないことをここの人たちは、何とも思わないの?」
信じられない思いで周りを見回す。

「そ、それはそうですけれど、そう言う契約ですから」
あたふたとしたロバートが叔父のラルフに目配せをすると、弟がそう返答したのだった。

「え?契約って、どういう?」
胡乱げな眼差しを弟ラルフとその横で苦々しい顔をしているアイリーンに向けると、
「婚姻時にハワード家とキンバリー家で結ばれた契約書に、そう記載があるのです」
そうラルフが答えた。

「じゃあ、私が死んでも水曜から木曜にかけては私の下へとは来ないということね。私って、随分ビジネスライクな結婚生活を送っていたようね。それを知っていて、尚、子供達は夫婦仲は良かった何て言うのね、まあ可哀想な私だこと」
エレノアは半目になって、天井を注視しながらため息と共にそう言うのだった。

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