【完結】記憶喪失になった伯爵夫人の離婚

有栖多于佳

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契約違反

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「心身ともに健やかな環境をエレノアに与える契約は、きちんとされておりましたのね。前伯爵ご夫妻は何か仰ってました?そうそうご夫妻はご存命なのかしら?私の両親は?叔父上たちは?」
エレノアがそう質問すると、アイリーンが

「キンバリー前伯爵ご夫妻は、それはそれは、貴女が健やかに暮らせるようにと気を配られていらっしゃったし、とても貴女を大切にしていたわ。彼も、貴女の夫のジョン・キンバリーも、貴女をまるで王女か女神かと言うほど、大切にしているように見えたけれど。

貴女が20歳の時に前伯爵夫妻は次々に流感で亡くなられて、その時に彼は爵位を継いだのよ。子供たちがまだ小さかったから領地には弟のトーマスが代官として赴任して、と言うか彼はずっと前伯爵たちと一緒に領地経営を手伝っていたからそのまま任官したのね。勿論、執務手伝いにはずっとハワード家から何人も侍従を派遣しているわ。

貴女の家はお父上が流感で昨年亡くなられてラルフが爵位を継いだし、我が家は母が亡くなったけれどまだ父は存命よ。母が亡くなる前に当主交代したから、わたくしが公爵位を継いでもう4年になるわね」
そう全て答えてくれた。


ぼんやりと契約書を見ていたエレノアが、パンと指で紙を弾くと顔を上げた。

「そう、そうなのね。では、契約違反をしたのは今回ばかりなのね。まあ、なんて哀しい私の身の上でしょう」
その時エレノアは言葉とは裏腹に、別に悲しそうな顔はしていなかった。

「では、ラルフ?ラルフで良いかしら?顧問弁護士の先生に離婚調停の申し立てを直ぐにして頂戴。健やかな生活を送ることが困難になったから、これが離婚の事由だと伝えて」
エレノアがさらりと離婚を口にした。

「え?」
そこにいた一同がみなのけ反って目を丸くしてエレノアを見て言葉を失った。

「あ、姉上。ラルフとお呼びください、今まで通り。手続きをするのは吝かでないのですが、本当に宜しいので?」
そこにいる親族を代表して、ラルフがおずおずと問いかけた。

「ええ、勿論よ。だって頭を打って意識不明の妻を放って愛人宅へと行って帰って来ない夫と、どう健やかな日常生活を送るのかしら?

契約書によると、私の持参金と同額の慰謝料を貰えるのでしょう?それは私の個人資産に。

弁護士費用や裁判に係る経費は、ハワーズ男爵家でお願いね。

私の勘違いでなければ、婚姻前の10倍になった遺産相続を私は受けて無いのでしょ?その資産増加は過分にキンバリー伯爵家と縁付いたことから得られたのだものね。

王家も税収も上がって、王国の穀物庫としても持ち直して、爵位返上間近だった伯爵家は今や王都に妾を囲える程になったのよね、私の涙と引き換えに。いいえ、私の青春かしら?私の女としての人生かしら?

まあ、イミンテーションの幸せは契約で守られていたようだけれど、本当の幸せは得られなかったのね。

毎週水曜と木曜に帰らぬ夫を持つ私をキンバリー家に縛り付けていたのは、契約かしら?それとも子供への愛かしら?長い時間を過ごした不実な夫への情かしら?だけど記憶を失った今の私には何も無いもの、縛られることはもう無いのよ、やっと自由になれるのね」

そう言って、にこやかに艶やかに微笑みを周囲に向けた。

「う、」
マーガレットが嗚咽を漏らして泣き出した。
それに釣られて、侍女のテラーもおいおいと泣いた。

ロバートとラルフは、苦しそうに顔を歪めていた。

アイリーンだけが涼しげな淑女の顔でじっとりとエレノアを見つめ、そうして重々しく問いかけた。

「貴女、本当に良いの?」

エレノアは笑顔を引っ込めて、アイリーンと同じような淑女の顔をして

「ええ、勿論よ。大方、キンバリー領の手付かずの山々の中に金銀鉄あたりの鉱山があるのがわかって、それの採掘と開発、それから荒れた領地の農地改善をする為に無理矢理、婚姻させたのでしょ?

もしくは、キンバリー家から王家に費用の工面を願い出た所にハワード家が割り込んだのかしら?
お金の匂いがプンプンするものね。

永続的に利権を手に入れる為、ハワードの血を引く子供に相続させたかった、のかしら?

だから婚約も飛ばして急いで結婚。
長く苦楽を共にした恋人を無下にさせて、厳しい契約で縛って。

それでもお別れにならないのだから、恋人への思いは、当に真実の愛なのでしょう。

一方、契約による本妻はこの有り様。
死の間際、独り寂しく旅立つ所だったのよ。

もう十分でしょう。
私も顔もわからぬ夫も、もう十分貴族の矜持とやらを果たしたでしょ?解放してちょうだい」
厳しい口調で言い捨てたのだった。

「エレノア、本当に後悔しないわね」
アイリーンが最後通告のように聞くと、

「しないわよ、だって私には記憶が無いんだもの。思い出してからじゃ、たぶん、踏ん切りがつかないんじゃない。

覚えてない今しかないのよ。ごめんなさいね、ロバート、マーガレット。

貴女達の母親は階段から落ちて頭を打って死んじゃったと思って頂戴。そろそろ、私の人生を歩ませて貰うわ」

そんな苛烈な言葉を投げ返すのだった。
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