【完結】記憶喪失になった伯爵夫人の離婚

有栖多于佳

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離婚

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その後、エレノアは公爵家が所有する特別製の大きな馬車に乗せられて、ハワード公爵家の北の領地へと療養の為に旅立った。体は動かないから、寝たままで領地へとゆっくり向かう。

エレノアにはテラーとマーガレットも同行した。
マーガレットは貴族学院を休学してエレノアに付いて行くのだった。

「お母様は本当にお優しくて、お美しくて友人の母親よりもお若くて、私の自慢のお母様だったんですの。

そのお母様がずっと家の為に、私とお兄様の為に、涙を堪えて我慢を強いられていたなんて、私、気にもかけないで。ごめんなさい、お母様。娘なのにお母様の悲しみに寄り添いもしないで。

お怪我為さったお母様の手助けを私にさせてください」

大きな榛色の目に涙を溜めて健気に呟く姿は、深窓の令嬢そのもの。

「気にしなくていいのよ、マーガレット。北の領地になんて行ったら、知り合う殿方も居ないわよ、居るのは熊か猿か狸か。気持ちだけでいいのよ、貴女とロバートのことは思い出せないけれど、貴女たちには幸せになってと月並みながら思うのよ」
エレノアはそう言って同行を断ったのだけれど、マーガレットの決意はとても強固だった。

「姉上、姉上の我慢の上でハワード男爵家が栄えていたことにも、僕は気がつきもしなかった。言われてみれば本当にその通りだ。こんなことを言っても今更だけれど、僕は、僕だけでなく母上も、みんな姉上の幸せを願っているんだ。これからのやり取りは全て我がハワード男爵家で執り行うし、姉上が一生苦労しないように支えて行くから、先ずは身体を治し心穏やかに過ごして欲しい」

「母上、母上が忘れてしまった父の不貞に対する悲しみや苦しみ、息子としてキチンと父に問うて責任を取らせるから、母上は元気を取り戻して欲しい。元気になった母上に会いに行くから」

見送りに出たラルフとロバートは、男泣きに泣きながらエレノアとの別れを惜しんだ。

北の公爵領の領都の外れにある小さな湖畔の近くに建っているハワード公爵家の別荘に着いたのは、エレノアが階段から落ちた日から10日も経ってからだった。

身体の自由のきかないエレノアを考慮して、4日ほどで着く道のりを倍以上の日数をかけて少しずつ進んだ。
始めは完全に寝ながらの移動だったのだが、1週間過ぎた頃には馬車に座って乗って行けるようになった。

ゆっくり、ゆっくり進む車内で、エレノアはテラーとマーガレットからキンバリー家での日常の話や過去の話を聞いていた。

その日常は、悲しみからはほど遠くて、毎水曜と木曜の夫の外泊が無ければ理想的な家庭だったと思う。
マーガレットとテラーから聞く夫のジョンは、子供たちと同じ濃い茶色の髪に榛色の瞳をした中々にハンサムな男らしい。
性格も穏やかで、勉強家で、執務も真面目で、どうやら水曜と木曜を休日と決めていたようで、土曜も日曜も無く働いていたようだった。
とは言え、仕事一辺倒と言う訳でもなく、エレノアとも子供とも積極的に関わり、よく家族で出かけていたと言う。

「お母様も一緒に執務室でお仕事をされていたわ。お母様はお一人でお茶会や慰問に向かうこともあったけれど、領地の視察にも一緒に行かれていたし、夜会には必ずお二人ご一緒だったの」

「そうなのね。じゃあ彼は屋敷にいる間、ずっと執務中だったのね。私の心身健やかさを保つ為に。他所に最愛をお持ちだったのに、とてもストレスの堪る日々だったでしょうね。だから水木のお休みが必要だったのだわ。

婚姻から10も下の子供の機嫌を取り続ける毎日なんて、息が詰まることでしょうね、お可哀想に。

彼は被害者よね、平民の恋人も。学園で出会ってから長く愛し合っていたのに、無理矢理王命で引き裂かれて、ワガママな小娘を押し付けられて、接待のようにご機嫌を取り続けて。最愛を日陰者にした上に、真実望んだ子供は得ることが出来ずに。

ロバートに早く家督を譲って、心置きなく再婚でもして幸せになって欲しいわ~」

令嬢が嗜む恋愛小説の感想のような第三者目線の意見に、マーガレットとテラーは過去の二人を思い出してはハンカチが重くなる程涙するのだった。

そんなこんなで、北の領地にやっと着いた時には、既に離婚が成立していて、それを知らせる手紙が早馬でもたらされていたのだった。

弟のラルフからの手紙には、契約書に基づき粛々と離婚手続きが進んだことが書かれていた。

ロバートからの手紙には、半年後の貴族学院を卒業して直ぐに婚約者と結婚をし、同時にキンバリー伯爵を継ぐことが決まったという知らせが届いた。

アイリーンからは、年端も行かぬ、妹のように思っていたエレノアに酷な責務を背負わせてしまったハワード公爵家としての詫びと叔父として、宰相としての苦渋の決断だったという言い訳話と共に元夫についてあれこれ書かれた分厚いレポートのような物が届いたのだった。

エレノアはそのどの手紙も、へえという感嘆符と共に暖炉へとポーンと投げ入れた。

春になった頃やっと足首の骨折が治り、マーガレットがロバートの結婚式の出席と復学の為に王都へと戻っていった。
エレノアにも出席を願う招待状がロバートから届いたけれど、離婚して貴族籍から離脱して平民となったことを理由に欠席して、ただ、この北の地で取れる光沢のある柔らかく良い布で作った祝いの品を送った。


もうすぐ35歳の誕生日を迎えるが、思えばエレノアは貴族夫人の行う家政と社交しかしたことが無い。
経理はジョンの執務を手伝っていたから、少しばかり覚えているが他家で働くほどの実力は無く、貴族夫人としてそこそこ上流階級の立ち振舞いは出来てはいるが、マナー講師となるには貴族学院に通っていないので、それは些か憚られた。

というか、平民になったとはいえ、エレノアには潤沢な資金があり働く必要が無い。

ただ友人と呼べる者もおらず、これといった特技も趣味も無い。

なので、エレノアは日がな1日家の中でのんべんだらりと過ごしていた。
余りにぼんやりしているものだから、テラーが心配して手紙をラルフへと書いて送り、ホームドクターのジェームズ先生が診察にわざわざ北の公爵領までやって来たほどである。

「エレノア様、またぼんやりして、やはりお加減が、」
テラーが心配そうな目を向けてくるから、
「あ、大丈夫。全然体調に問題ないから、ドクターにお知らせしなくても良いわ。天気が良いから湖まで散歩に行くわ、一人で行けるから大丈夫よ」
帰ったばかりのジェームズ先生をまた呼び出しては申し訳ないと、エレノアは鍔の広い帽子を被って別荘の裏の湖に散歩に出かけたのだった。
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