戦う聖女さま

有栖多于佳

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最終章

真名

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真っ暗な闇の中、重圧が上下左右からかかる渦に巻き込まれて、知らぬうちに自我は霧散して瘴気の一部に取り込まれた。



どのくらいの時間が過ぎたのだろうか、その時私は光の欠片だった。

うつらうつら、寝たり目覚めたり、幾度も繰り返したが、今度は闇の無い白いだけの空間に漂う欠片、また長い時間を過ごした。



「・・・、れば。すまない・・、ああ、」

何度も何度も繰り返される懺悔、後悔の念、執着の気配、それがケイトの魂だと気がついた時、私は覚醒した。



漂う光の欠片は、オレンジと翠の小さな小さな塊となって、そこに自我が宿った。



白く果てしなく広がる空間に、異世界から自身を殺してくれる者として召喚した者に恋し愛して、失った男の執念が瘴気になろうと充満すると、遠い過去の恋情がそれを打ち消して浄化され、また後悔が瘴気となって、それを自身で浄化し、と終わることの無い繰り返しの中で、彼の瘴気と過去の記憶から自分の存在を思い出したのは、メグミが異世界へ戻ってから1万年と2千年ほどたった頃だろうか。



(ケイト、傷つかないで)



8千年過ぎた頃からは、彼を抱き締めることが出来るようになった、気がした。



彼も、自分も、実体が無いから実際に触れあうことは出来ないし、彼は難くなにこの場に漂うタバタを認識しない。



けれども、タバタは、自分がケイトに召喚された時、瘴気の中に置き去りにされた、メグミの苦悩や悲しみの辛い記憶を集めた魂の欠片だと、もうわかっていた。



初めてケイトにあった時のに、黒髪の溌剌とした自分だったのは、苦しみを瘴気の渓谷に脱ぎ捨てて神殿へ転移したからだったこと、元の世界の負の記憶が呼び起こされ自分の瘴気に飲み込まれて自我が消えるのをケイトが元の世界へと送り届けた時に、もう一度メグミから剥ぎ取った忌まわしい記憶、それが私だった。



(いつも助けてくれるのはケイトあなたなのに、あなたはこんな地獄に囚われて。もう泣かないで)



感じてもらえないタバタの意識、それでもタバタは何度も何度もケイトに語りかけた。

もう良いんだよ、大丈夫だから、どうかその執着の枷から抜け出して、と。



それからも永久の時間を代わり映えのしない空間で繰り返していた。



アイを失った後悔を嘆き悲しむケイト。

彼を抱き締めて慰めるタバタ。



悲しいかな、ケイトはタバタの存在に気がつかない。



気がつかないはずが、長い時間をかけて、タバタの気はケイトの瘴気を祓い癒し、そして彼の嘆きはメグミの幸せを願う気持ちへと昇華されていった。



強いアイへの執着が魂の輪廻を拒んでいたのだが、それが薄れたばかりにその場に留まるのも限界が近いと気付いたケイトは、最期の召喚を行うように、積極的に聖教会の神官の夢枕に立つようになった。



ケイトがこれで永い悪夢から解放される、そう思ってホッとした瞬間、タバタの魂は強制的にその場から引き離され、運命の輪廻へと戻され、この大陸の聖女の器として肉体を与えられたのだった。



ある日、タバタが聖女の修行として連れていかれた教会本部に、拾って育ててくれた修道院の院長が訪ねて来た。



「タバタ、久しいはね。大きくなって。私たちと暮らした時間より、もうこちらでの時間の方が長くなってしまって」



院長は目を細めて、タバタの姿を眺めて、そんなことを言った。



「来年、聖女召喚を迎えるのね。あなたが器に選ばれて」



「はい。もう他の聖巫女さまたちは各々の国へと戻られてますから、私が器に決定でしょう」

もうこの時には、何も期待しないで流されるままの無気力タバタとなっていたので、まるで他人事のような口ぶりで返事をした。



「そう、ねえタバタ。実は今日ここに来たのには大切な理由があるの。私の夢枕に女神様が立たれて、あなたに伝言を頼まれたの『あなたの真名は聖タビタである』と」

院長は、厳かな口調でタバタにそう伝えた。



「え、ええ?」



聖教で、と言うかこの世界で、天啓を授けるのは何時も初代教皇様だと言われていて、女神様からの天啓なぞ、聞いたことも無い。

聖教で崇めるのは聖女さまであって、この世界を創られた女神様の創世記はあれど、御祀りする女神様の名など知る由もない。

それなのに、敬虔なシスターである院長が女神から天啓を受けたなど言いに態々教会本部にまで足を運ぶとはどう言ったことであろうか。



(え?院長先生呆けちゃった?)

タバタは心中ずいぶん失礼なことを考えながらも、然も理解しましたといった顔をして、



「女神様が私の名を『タビタ』と言った、のですか。どういう意味でしょう」

そう聞き返した。



院長は、ええそうよ、なんて頷きながら、

「どうやら聖女さまが召喚された時に必要になるのだそうよ。『真名を忘れるな』と繰り返されていたわ」

と、相変わらずの気の良い笑顔で付け足した。



「院長先生、ちなみに女神様ってどんなお姿でした?なぜ女神様だとわかったのですか?」

タバタが、今度はちょっぴり左眉を上げて聞くと、



「驚くでしょう?女神様のお話なんて聞いたことが無かったから夢の中の私も驚いていたわ。姿は無く、声だけだったのよ。

『我はこの世界を治める神である、聖女の器のタバタへと伝言せよ。真名はタビタである、と』って言われたのよ。

目が覚めて、何度もただの夢かと思おうとしたのだけれど、これ、見て。聖紋が入っていたのよ」



そう言って、院長ははめていた白い手袋を脱いで左手を見せると、その甲に『タビタ』とオレンジ色に輝く文字があった。



「え!?院長先生、痛くないんですか?大丈夫ですか?」

タバタが驚いて、その手を持って、その光っている部位を撫でると、その文字は一瞬目映くパッと輝いて消えた。



「ええ?」

「まあ!」



その様子を見て、二人が声を揃えて驚くと、

「とまあ、こんな感じだから、きっと本当にお伝えしなければならないことだったのでしょうね。では、真名を忘れないでね、タバタ、息災でね」

院長はもう一度柔らかく微笑んで、帰っていったのだった。





サトウメグミとケイト=バルベリトに対峙して、タビタが言い放った。



「私は、タバタメグミであり、『聖タビタ』女神の加護によって、ケイトの因縁の枷を外し、執着の鎖から解き放つ!」





「え?」

メグミは困惑してケイトの顔を覗き込み、ケイトは表情の無い顔をタバタに向けていた。



「この気、お前、ずっと俺の近くに纏わりついていたケサランパサランか。お前に何がわかる」

ケイトが問いかけた。



「ケサランパサラン?私はメグミだよ。メグミの泥々した澱みの部分。その澱んだ私だって、長い時間をかけて浄化されたの。

もう、あんたもさ、本当はわかってるだろう?言ってたじゃん『次にアイに会って愛してるって伝えられたらそれで本望だ』って。もう良いんだよ、解放されな。



メグミ、あんたもさ、最期の時後悔してたじゃん。傷つくのを怖れて逃げてばかりいたけど、って。それなのに、またここに逃げ込んで、ケイトの魂を縛って、随分ひどくない?ケイトを逃げの口実にしないでよ。



最期の時に次は逃げないって言ってたじゃん。もう一度、やり直したいって、後悔してるって言ってたじゃん。やり直しを願いなよ!」



メグミがメグミに向かって、吠えた。



「アイ、メグミ、君が幸せであれば俺は幸せだ。俺の不幸を嘆かないで。決して俺は不幸ではないんだ、君に逢えたから。俺は君に逢えたから幸せだった。それを伝えるために、待ってたんだ」



「ケイト。待たせてごめんね。私が縛り付けてしまって、ごめん。私もあなたに逢えて良かった。幸せだった、ありがとう」

二人は固く抱きあい、そう告げた。



すると、白い空間は一転、暗闇と赤く光る大きな魔方陣へと変わり、その上に全員が乗っていた。



「え?これは?」

クラリスがタバタへと短く問うた。



「タイムアップよ。この魔方陣を壊せば、ケイトの魂は解き放されて輪廻の輪へと戻り、この世界と異世界は完全に二つに分かれる。異世界から瘴気が流れ込むことも無くなる一方、聖女召喚も今後一切出来なくなる。どう、これで望み通りでしょ?ペトラに宿る異世界由来の魔力も消失するしね」



タバタが挑発的にペトラをみれば、ペトラは眉間にシワを寄せて、

「どういう意味?」

不機嫌な声で聞いた。



「ペトラは元々魔力がこの世界で一番多かったでしょう?異世界由来ってどういうこと?」

メグミもタバタに問いかけた。



「メグミ、あんたが最期まで後悔していた、あの、タバタの家に一人残して、両親を押し付けてしまったと気にしていた妹、咲希はね、あんたを心配してこの世界まで引っ付いて来てたのさ」

タバタは、目から涙を溢れさせて、ボロボロと流しながら、メグミに、自分に言って聞かせるように話したのだった。

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