戦う聖女さま

有栖多于佳

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最終章

エピソード41 そして、繰り返す 前編

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「はい、最後に先生から、馬場本君、田端さん、あなた方二人はこのクラスの代表として市内小学校対抗駅伝の選手候補に選ばれました。今日の放課後校庭で学年主任の佐野先生からお話がありますので、そちらへ行ってください。では、これで帰りの会を終わります。はい、日直」



「起立、れーい」

「さようならぁ」

「はい、さようなら」

「着席」



・・・

「一緒にカエロー」「今日遊べる?アソベル?」

クラスメイトがちょっと浮かれた調子でガヤガヤと教室を出ていく。



私は、その様子を、磨りガラスを通して見ているような、言わばテレビを見ているような、そんな現実味の無い他人事のような気分でボンヤリと見つめていた。



なんだろうか、頭が上手く回らない、ええっと、先生が私を駅伝の選手に、いや正確には駅伝選手候補に選んだから校庭へ行くようにと、そう言われたんだっけ。



なんで私なんだろう?私、特別足が早い訳でも、運動が得意な訳でも無いのに?誰が選んで、どういった基準で私を選んだんだろう。



馬場本君は、運動神経良いしさ、マラソン大会も去年も1位だったから選ばれるのは当然だと思うけど、なんで私選ばれたんだろう?



「田端さん、校庭に行かないと。体操服に着替えて行くようにって、先生が」

声をかけられて振り向くと、そこには可愛らしい顔の割りに気の強そうな目をした少年、馬場本恵斗君が居た。



彼を、恵斗君だと私の頭が理解した瞬間、



ああああああ!!!



私の脳内に、信じられない程の情報が流れ込んできて、それに私の心が追い付か無くて、私は胸が苦しくなってギュッと胸を押さえて目を瞑った。



「どうしたの!?大丈夫?田端さん、ねえ、大丈夫?先生呼んでこようか!?」

彼は驚いて、教室を飛び出そうとしてくれたけれど、



「ま、待って。大丈夫、大丈夫だから。着替えて校庭に向かうから、馬場本君先に行ってて」

私は、担任に会うことに強い拒否反応が起きて、彼の好意を無下にしたちょっと強い口調で拒否してしまった。

え?え?っと彼は困った様子を見せたけれど、じゃあ、と俯いて走って出ていってしまった。



あー、悪いことしちゃったな、後で謝らないと。



私はそう思いながらも、深く息を吸って長く吐いて、なんとか気持ちを落ち着けて、体操服に着替えて、ノロノロと校庭へと向かった。



校庭には、四年生以上の各クラスから男女ペアが集められていて、私が一番最後だった。

「田端、調子が悪いと馬場本から聞いたが大丈夫か?」

駅伝の担当の佐野先生がみんなの前から声をかけてきた。



「ああ、はい。大丈夫です」

私はアタフタしながらもそう答えて、急いで恵斗君の後ろに体育座りをした。



それから駅伝大会の話を聞いて、初日の軽い練習をしてその日は終了した。





私は、時・戻・り・を実感しながら、もう一度教室に戻って、クラスで飼育しているメダカの水を替えながら、前の時間を思い返していた。



確か、この後帰ると帰ってくるのが遅いって母親にスゴく怒鳴られて、足も遅いのに選手になんか選ばれるはずが無いとかスポーツなんかやる必要ないとか色々騒がれて、父親が急に私側に付いたことで両親の大喧嘩に発展して妹がギャン泣きして近所から警察に通報があったとかで、祖父が家にやって来て、また私が悪い悪いと怒られるって意味わからんターンになったんだっけ。



これ、どうしたらハッピーエンドへのルートに繋がるんだろう?



人生の岐路まで戻るってタバタが言ってたけれど、今日のこれからが岐路なのかな。

選手を辞退する?怒られる理由が駅伝の選手に選ばれたことなんだから、そこを回避したら良いのかな?



私は、過去の最悪なこの日を思い出しながら、正しい答えを探して脳をグルグルと世話しなく働かせていた。

けれど、正直、駅伝候補を辞退する以外思い付かなくて、恵斗君と仲良くなった初恋の思い出を封印するか~と消極的な変更を決めて、水槽を戻してランドセルを背負った。



「め゛、メ゛グ、ちゃん!メ゛ク゛ミ゛ち゛ゃ゛ん゛!!」

すると、後ろの戸から声をかけられて、振り向くと、号泣している恵斗君が居た。



「け、恵斗くん、どうしたの?」

涙を流しながら私をガン見する彼に走り寄って聞いた。



「う、うぐぐ、よがっだ、また会えた」

恵斗君が服の腕でゴシゴシ顔を拭いて、大きく息を吐いた後、消えそうな声で呟いた。



「ずっと願ってたんだ。もう一度メグちゃんに会いたいって。何度も何度も願って、お遍路もしたし願掛けもどこそこでしたんだ。当たり前のように願いが叶うことは無かった。



なのに、なぜか、急に今の俺に戻った。



かつても、俺、メグちゃんが生き物係のやり忘れたメダカの世話をしているの知ってたんだ。教室に向かう君を追いかけて、ここから見てて。そしたら、頭の中に大人になって、弁護士の俺がメグちゃんの名を呼びながら泣いている映像を思い出して。そして、全部思い出した。思い出したんだよ、メグちゃん」



恵斗君が下から私を見上げて、そう言った。



小五の時、私は急に成長期を向かえて学年一背の高い児童だった。

一方、恵斗君は小さい方で頭一個分くらい小さかったので、彼は私を上目使いで見ていた。



「なんか、悔しい。メグちゃんおれ、高校行ったら急に背、伸びるから。中学までは小さいんだけど、絶対伸びるから!」

涙で潤んだ瞳で紅い顔をして私を見上げてそんなことを言うから、ふふふとちょっと笑ってしまった。



「笑い事じゃないから!本当だから。信じて欲しい。と言うか、俺の話、今時間が戻ったって話信じられる?」

恵斗君が紅い顔をキリリと引き締めて聞いてきたので、

「うん。私も記憶があるんだ。時を戻したの、未来の私だから」

やっぱり彼の紅い顔が可愛くて微笑みながら、直球で返答した。



「え?え?メグちゃん?メグちゃんが?」

「そう。今度はハッピーエンドを勝ち取るために、舞い戻ってきたのよ」

私はにっこりと彼に笑いかけたのだった。


家に帰ると、やっぱり玄関で母が怒鳴り出した。

「めぐみ!あんたこんな遅くまで、どこで何やって遊んでたの!?」



「初めまして、俺、いや僕は馬場本恵斗と言います。メグちゃんのお母さん、メグちゃんは遊んでた訳じゃありません。学校対抗駅伝の選手に選ばれて練習してたんです」

怒鳴る母の前に、恵斗君が飛び出してきて、私を背中に庇って説明を始めた。



背に庇うと言っても、彼の頭の上に私の頭が来るから、母とバッチリ目が会ったのだけれど、まさか私が誰かと一緒に家に帰ってくるなんて思ってなかった母は、外面の教師の仮面をいそいそと被って、



「ああ、ええと、恵斗君と言うの。わざわざ家の子の言い訳に来てくれて申し訳ないけれど、これは家の問題だから君も早く帰りなさい。もう暗いわ」

さっきまでの怒声はどこにいったのか、よそ行きの声を出した。



「言い訳ではありません。メグちゃんは背が高いから、大きなスライドで走るのは、ポイントが高いんです。去年も僕は選手で出場しましたけれど、12校中8位で悔しかった。今年はもっと練習して優勝したいんです。それにはメグちゃんの力が必要なんです」

恵斗君が熱くその思いを母に向けてくれたので、向かい側で眉間に力を込めてイライラした表情を浮かべている母に向かって、かつては言えなかった気持ちを、初めて口にした。



「お母さん、私、今日は練習でフォームを教わっただけだけど、これから毎日放課後練習して早く走れるようになりたい。駅伝の選手として大会に出たいから、応援して欲しい」



「メグミは別に足早くないでしょ?しかも選手じゃなくて候補じゃない?選ばれるかわからないのに」

母が険のある声でいつも通りの否定的な言葉を言い出したのに被せて、



「試合前に否定をしない下さい。俺はいつも勝つ気で試合に望む。負けることなんて考えてない。メグちゃんは選手になって一緒に優勝する、そう決めたんだからそれをやる前から否定しないで」

恵斗君が、あの気の強い眼差しを母に向けているのだろう、母が怯んだ顔を浮かべた。



「うちのクラスの生き物係、今学期の奴らいい加減で、メダカの水替えよく忘れるんですよ。それをメグちゃんは気にしてて、黙って代わってやってくれてるんです。



学級委員としていつも一生懸命で、みんなメグちゃんに頼ってます。



メグちゃんのお母さんもメグちゃんに頼ってると思うんです。だったら、メグちゃんに感謝してください。



クラスの奴、特に生き物係の奴らには俺が明日ちゃんと『ごめん、ありがとう』って言うように言います。



メグちゃんのお母さんもメグちゃんのこと、もっともっと誉めて上げてください。メグちゃんは叱られるような悪いこと、してないです。わかって上げてください、お願いします」

恵斗君が直角に腰を曲げて頭を下げた。

私は驚いて、目の前に来た彼のランドセルを見つめて、それから母の目を見た。



「お母さん、私、駅伝の選手になって優勝するから、応援して欲しい」

自分の意見を誰かに言ったのは何時ぶりだろう。

妹が生まれてから、母にお願いなんかしたことなんてなかったから。



母はしばらく黙ってたけれど、

「恵斗君、メグミと仲良くしてくれてありがとう。メグミ、お友達がここまで言ってくれたんだから、優勝目指して頑張りなさい」

ちょっと笑いながら、返事をしてくれた。



母の後ろに隠れて見ていた妹が、えへへ~と恵斗君に寄って来て

「メグちゃんの妹?何ちゃん?」

「咲希、4才デス!」

「俺の妹は優香って言うんだ、9才。土日の練習の時咲希ちゃん来たら、優香に遊んでもらいな、あいつ妹が欲しいって言ってたからさ」

「ユウカちゃん?遊びターい、わーいわーい」

恵斗君と話して、ピョンピョン跳び跳ねていた。



そんな話をしていたから暗くなっちゃったので、母が恵斗君家まで車で送ってくれて、

「まあ、すみません。ケイト、夕方は何処の家も忙しいんだから勝手にお邪魔するんじゃないわよ!」

「いえいえ、メグミと仲良くしてくれてありがたいです」

「お節介で口ばっかり達者なんですよ、男の子なのに。駅伝一緒なんですね、頑張ってね」

恵斗君のママと母が知り合いになった。



前の時には全然交わらなかった、同級生のママ友が母に出来たことで、駅伝の練習は母が咲希を連れて一緒に来てくれるようになって、咲希は優香ちゃんと仲良くなって、練習の間はずっと優香ちゃんとそのお友達のお姉さんたちに遊んでもらったので、グズグズ泣きながら私にすがり付くようなことは無くなった。



母は、恵斗君のママと練習中に話すようになって随分仲良くなったみたいで、練習終わりに子供たちも一緒にランチに行ったりするようになった。



気がつけば、母がイライラと私に強く当たることは減り、笑顔が見られるようになった。

私は、放課後だけでなく朝も自主練をするようになって、タイムもどんどん早くなっていった。



恵斗君が『優勝するぞ!』と何度も口にしていたので、チームメイトもみな優勝する気になって、朝も放課後も、土日も私たちは駅伝の練習をした。



駅伝大会の当日、私の前の4年生の男子がズンズンと追い上げてくれて、1位と僅差で襷が私に渡された。



私は大きなスライドでピッチを揃えて、走った。

努力すること、同じことを繰り返すことは得意なの。



「メグミ~!いけー」

「お姉チャーンガンバッテー」



沿道から母と咲希の声援が聞こえて、気持ち的にはスピードを上げたかったけれど、私は同じペースを維持して走った。



私は一歩一歩堅実に走って、そして、恵斗君に襷を渡した。



「恵斗君、頼んだ」

「メグちゃん、任せとけ」



私は2位とは数メートル差をつけて、先頭で襷を渡すことが出来たのだった。



その後、言葉通り、恵斗君はぐんぐんと差を広げ、六年生の男子がゴールテープを切る時には、2位はトラック半周も差がついていた。



『優勝は、✕✕小学校』

「やったー!」

「おめでとう!」

「やったー!」

私たちはみんなで抱き合って、跳び跳ねて優勝を喜んだ。



前回の時は、2位で悔し涙を流したのと、運命が明確に変わった瞬間だった。
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