疑い深い伯爵令嬢の婚約

有栖多于佳

文字の大きさ
8 / 15

メアリー侯爵夫人

しおりを挟む
ヘンリー・グレイは頭を抱えて自室の床に蹲っていた。



そこにノックもなくズカズカと入って来ると、腰に手を当て仁王立ちで顎をしゃくり上げて女が怒鳴った。



「泣き虫ヘンリー、あんたやる気あんの?何メソメソしてるのよ、自業自得でしょ?
家に招待しといて、『初めまして』って。しかもその一言が出るまで30分、挨拶の後彼女が暇を告げるまで30分。良く我慢してくれたわ。

あんたねえ、乙女の時間は貴重なのよ。嘗て3年間も同じクラスで過ごした相手に『初めまして』なんて、何やってんの、嘆かわしい。しかも何回も何回も婚約の申し込みをお父様からお願いして貰っているくせに、なんの進展もなく7年も費やして。もっと前にすることあったでしょうに」


この女、ヘンリー・グレイの実姉メアリー侯爵夫人である。


侯爵夫人とは思えぬ物言いであるが、彼女はこの国の社交界を牽引している若きカリスマであり、完璧に内と外で被る仮面を変えることが出来る為、外では天女、内では暴君と呼ばれ内側の人にはひどく恐れられているのは有名な話。


「姉上、傷ついている弟を慰めてくれなど、姉上に求めてはいない。せめて今少し、そっとしておいてくれないか」

ヘンリーが、力の無い目を向けてメアリーに希望を告げるが、

「甘い甘いわ大甘よ、あんたわかってんの?後ろがつかえてんのよ。

仕切り直しの泣きのもう一回をもぎ取れたのは、泣き虫ヘンリーなりに頑張ったようだけど、そんなことよりなぜ長々と黙り込んでいたの。

もっと熱く、強く、自分の中に迸る愛のパッションをキチンと言葉でアピールしなかったの。

あんたの次、侯爵家嫡男のオーガスタになったわよ、あんな奴に奪われていいの?」

メアリーは意に介さず、人差し指をヘンリーの目の前にビシッと向けてそう言った。



「え、あいつ、結婚していたはずじゃ、」

「甘いわ、本当にどうしてこんな大甘なのが後継なのかしら。あんたが継いで侯爵家になった途端に領地取り上げになるんじゃないの?情報戦は貴族の生命線よ。

先日の夜会でオーガスタは夫人を連れてなかったでしょ?その前の週末に、本人有責で離婚されたのよ。多額の慰謝料を払ってね」



「な!なんで」

ヘンリーは目を見開いて驚き声をあげる。

「浮気がバレたからに決まってるじゃない、しかも夫人の実家の、年若い後妻の連れ子の義妹よ。妻の義妹とヨロしくしているのを夫人が見つけて大騒動よ。その日の内に離婚請求されて、ついでに父は引責で後妻と離婚して、後妻と義妹は追い出され、後継の嫡男に当主交代、前侯爵は独り、領地の離れに蟄居されたそうよ」

メアリーが事も無げに、他家の内情を、然も当然とばかりに説明するのだった。


「姉上、どうしてそんな詳しく。まるで本人に聞いたみたいに知ってるんだよ」

「本人に聞いたのよ。あの夜会で彼女が見えなかったから、気になってお手紙出したのよ『お変わりありませんか』って。

そしたらお茶会に誘われて、そこで顛末を聞いたのよ。

そんなことより、そんな節操のないオーガスタの後妻にジェマイマがなってあんた平気なの、良いの?いえ良くないわ。彼女は貴重な存在よ。

あんたが無理なら、来週の順番を譲りなさい。私が適切な相手を見繕うから」

またまた、メアリーがビシッと人差し指をヘンリーの顔の前に突き立てて、厳しい口調でそう命じた。



「ダメだ、ダメダメ。次はキチンと話すから、順番を譲ることなんて出来ない。だいたい姉上が用意するって誰を宛がうつもりだ」

ヘンリーが、メアリーの指先をそっと避けて、答えると、



「第3王子のナイジェルよ」

「10も年下じゃないか、この春学院に入学だろ、あり得ないよ。あいつはまだ子供だ」

「別にいいのよ。我が王国に婚約者が居るって言うのが大切なの。

このままじゃ彼女、昨今、貴族籍離脱して平民として他所の国に移住しちゃうわよ。
そんなの我が王国の大損失。とにかく彼女はこの国に居てさえくれたらいいのだし、王家に取り込めたら尚良しよ」

メアリーはフフンと更に顎をしゃくり上げてそう答えた。


「な!移住の話はありそうだが、王家に取り込むとか軽く言うなよ。彼女はそう言う野心が無いんだから」

ヘンリーは彼には珍しく姉に強い口調で言い返した。


「そうよ、でも王命が出てしまえば購えないかもね、今はまだ彼女は貴族なんだもの。
ただまあ、そうなった時、あの家が素直に従うかはわからないけど。
兎に角、あんた次は無いのよ、しっかり調べて、彼女を手中に納める算段をつけるのよ、ちゃんとおやんなさい」

メアリーにしては珍しく言うだけ言って、すぐに部屋から出ていったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。 真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。 婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。 白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。

元婚約者のあなたへ どうか幸せに

石里 唯
恋愛
 公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。  隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。

薫る袖の追憶を捨て、月光の君に溺愛される

あとりえむ
恋愛
名門の姫君・茜は、夫の高彬に蔑まれ、寂れた離れで孤独な死を迎えた…… けれど意識が途切れた瞬間、視界を埋め尽くしたのは命を削って輝く緋色の夕映え。 目が覚めると、そこは高彬との婚約が決まったばかりの十五歳の春に戻っていた。 「二度目の人生では、誰のことも愛さず、ただあの方の幸せだけを願おう」 茜は、かつて自身の孤独を救ってくれた「最推し」の東宮・暁を、未来の知識で密かに支えることを決意する。 執着を捨て、元夫に無関心を貫く茜。 一方、高彬は自分に興味を失った茜の価値に気づき、今更遅い後悔に狂い始めるが……。 「見つけた。お前は俺の、運命の番だ」 正体を隠して東宮を支えていたはずが、冷徹な暁に見出され、逃げ場のないほどの執着と溺愛を注がれることに。 平安の雅な風情の中で描かれる、逆転と救済の物語。 最後は、二人が永遠の契りを交わす和歌で幕を閉じます。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!

翠月 瑠々奈
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。 侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。 そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。 私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。 この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。 それでは次の結婚は望めない。 その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

処理中です...