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第四章 エサだけ売っときゃ大丈夫なワケじゃない
第26話 カルイオモリ
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九月十九日、敬老の日の午前四時半、目覚まし代わりのスマートフォンのアラームが鳴るや、ストップボタンを押した仁海は、スヌーズにはせずに、一度目のアラームで蒲団から抜け出したのであった。
仁海が初めて店に立つ事になった、九月半ばの敬老の日を含んだ三連休も遂に、最後の三日目を迎えた。
五時に店を開けるために、仁海は、連日、四時か四時半に起床していた。
夜も、二〇時の閉店後に、夕食を摂って、風呂に入ってから、釣りの勉強をしていると、結局、蒲団に潜り込むのは深夜〇時を過ぎてしまう。
つまるところ、大洗にいる間の仁海の平均睡眠時間は四時間半にも満たない短さなのだ。しかしながら、身体は生理的に睡眠を欲する。
だから、シャッターを開け、エサの手入れをした後、特に午前中の来客がない間の仁海は、お勝手で座椅子に座りながら、居眠りをする事が多くなっていた。そして、ピンポンの音が鳴ったら、パッと起きて、サッとお店に飛び出して、お客の対応をするという事を繰り返していたのであった。
店長(仮)をしているこの三日は、ずっとこんな状況なので、身体の疲れは全く取れず、それどころか、心身ともに疲労は蓄積していって、この三日目の朝も、エビの手入れが終わった後、ボウっとした状態のまま、朝食も摂らずに、仁海は、パソコンの前でウトウトしていたのであった。
その時、である。
「ピンポオオオォォォ~~~ン」
三日目最初の来客を告げる音が、瞬時にして仁海を覚醒させ、彼女は、髪の毛を手で撫でつけながら店に飛び出したのであった。
店先にいたのは、老年の男性客であった。
「やっどぉお~、開いでだなっ! いづ来てもぉお、店あいでねがったんだけんどぉお、いっでぇえ、どうなっでだんだっ!」
老人の口調が少し強めだったので、思わず、仁海はビクっと身が竦んでしまった。
茨城弁は、濁点が多めで、さらに語尾を上げる傾向があるので、普通に話していても、聞き慣れていない者には喧嘩腰に聞こえてしまう。
以前、父が、地元の友達と電話で話していた時、仁海はそんな風に思った事が何度もあったのだが、父に言わせると、それが茨城では普通の話し方であるそうなのだ。
おそらく、その老齢の客も、普通に話しているだけで、別に怒っている分けではないのだろう、きっと。
「すみません。今は、平日には店を開ける事ができなくって、週末と祝日しかやっていないので」
「ぉれは、暇なんでぇえ~、平日にぃい~、釣り、しでぇぇぇんだよなぁあ~」
「申し訳ありません。平日は、お電話をくだされば、別途、店長が対応すると思うので」
「そっがぁあ~。なら、しゃぁねぇえべな」
「よろしくお願いします」
「んじゃ、アオくんろ」
「えっ!?」
「アオづっだら、アオだよ」
そう言って、老人は小さな木箱を、仁海に手渡してきた。
どうやら、ゴミになるのでパックではなく、その木箱にエサを入れてくれ、という事のようだ。
仁海が、エサ場に向かうと、その老人も、店の奥まで付いて来た。
正直、見られているとエサの分量を測り難いのだが仕方がない。
「ぉれ、ジイぢゃんのごろぉから、ぎでんだぁあ~。だから、ネェエぢゃん、マゲでくんろぉお~」
「えっ! でも……」
仁海は、叔父から、アオイソメはパック単位で売っているので、こういったお客が来たとしても、値引きはせずに、その代わりに、売り物にするには小さ過ぎるイソメをサービスとして追加したりして、うまくあしらうように、と言われていたのだ。
「えっと……。店長から値引きはできないと言われているので、その代わりに、少し多めに入れておきますね」
「んじゃ、ぞんでええわ」
老人は、それで納得してくれたようであった。
それにしても、祖母ではなく、祖父が亡くなったのは五年も前なのに、そんな昔の事を持ち出して、〈常連〉である事をアピールされるのも、ちょっと対応に困るな、と仁海は内心で思いながら、パックに予め入れてある砂を木箱に移し、それにアオイソメを少しずつ入れていったのであった。
イソメの準備ができた後で、老人がさらにこう言ってきた。
「あど、〈ガンダマ〉と〈カミヅブジ〉もくんろ」
「……。『がんだま、とか、みづぶじ』ですか?」
「んにゃ、〈ガンダマ〉、〈カミヅブジ〉、こんまい錘な」
間違えた。「がんだま」と「かみづぶじ」だったんだ。でも、具体的にどんな錘なのか分かんないや。
「ちょっとお待ちください。えっと……、錘のコーナーは、この辺なので、とりあえず見ていてくださいね」
仁海は、白い冷凍庫のすぐ脇の商品棚を指し示して、お勝手に急ぎ戻った。
「ぉれ、目わるぐっで、あんま、みえねぇんだけんど、ばやぐな」
お勝手に戻るや、仁海は、タブレットでブラウザを起動させ、その検索エンジンの窓に「ガンダマ カミヅブジ」と打ち込んでみた。
すると、「次の検索結果を表示しています:ガン玉 カミツブシ」と出た。
「ガンダマ」は〈ガン玉〉で、「カミヅブジ」は、実は、〈カミツブシ〉であるようだ。
文字だけの説明では分からないので、仁海は画像検索を掛けてみる事にした。
どうやら、ガン玉とは、名前に〈玉〉という字が当てられているように、小さく丸い玉のような錘だ。
〈カミツブシ〉も、ガン玉と似た形なので、仁海には、その違いがよく分からなかった。
しかしこれ以上、店に老人を独り待たせておく分けにもいかないので、仁海は、タブレットを携えて店に戻ると、検索結果の画像をピンチアウトして拡大し、老客にそれを見せたのであった。
「お求めの品ってこれでしょうか?」
「んだ。ごれ、ごれ」
仁海は、タブレットの画面と見比べながら商品棚を探すと、〈ガン玉・カミツブシ・割りビシ〉がまとまって、一つの赤く円いプラスチックのケースに入っている品物を見つけるに至ったのである。
「この赤いのに、〈ガン玉〉と〈カミツブシ〉が入っているみたいなのですが、お探しなのはこれでしょうかね?」
「ぞうっ、ぞれ、ぞれっ!」
かくして、仁海は、なんとか、ガン玉とカミツブシを求めた老客の対応を終える事ができたのであった。
ところで、ガン玉、カミツブシ、そして割ビシって、いったい何なのかしら?
お勝手に戻った仁海は、これらの小さい鉛色の品物について、改めて調べてみる事にした。
カミツブシ、別名ジンタン、ガン玉、そして、割ビシとは、どれも、錘の中央に割れ目が入っていて、そこに、糸を通し、挟み込むタイプの超小型の錘であるようだ。
カミツブシとガン玉は球形で、割ビシは楕円形である。
「名称の違いは形なのね。でも、同じ球形のカミツブシとガン玉の違いって何?」
そもそもカミツブシとガン玉は、重さの表記法が違っていて、カミツブシ、すなわちジンタンは〈G~〉で、ガン玉は〈~B〉で表わすそうだ。
「〈G~〉って、ジンタンをローマ字表記した時のイニシャルで、〈~B〉ってボールって英語の頭文字なのかな? 知らんけど」
さらに重さの一覧票を見てみると、ジンタンは最小の〈G8〉が〇.〇七グラム、最大の〈G1〉が〇.四グラムで、八段階あるそうだ。
ガン玉は、最小の〈B〉が〇.五五グラム、最大の〈6B〉が二.六五グラムで、六段階あるらしい。
どうも、ジンタンとガン玉の違いって、同じ球形でも、小さいのがジンタン、大きい方がガン玉なのかもしれない。
それにしても、球形の錘のジンタンやガン玉って、一番重くても、たった二.六五グラムしかないんだ。たしか、普通の錘の一号が三.七五グラムだから、それよりもかなり軽いのね。
錘って重い物って認識だったけれど、軽い錘もあるのって、なんか面白いわね、そんな感想を抱きながら、仁海は再び微睡んでしまったのであった。
仁海が初めて店に立つ事になった、九月半ばの敬老の日を含んだ三連休も遂に、最後の三日目を迎えた。
五時に店を開けるために、仁海は、連日、四時か四時半に起床していた。
夜も、二〇時の閉店後に、夕食を摂って、風呂に入ってから、釣りの勉強をしていると、結局、蒲団に潜り込むのは深夜〇時を過ぎてしまう。
つまるところ、大洗にいる間の仁海の平均睡眠時間は四時間半にも満たない短さなのだ。しかしながら、身体は生理的に睡眠を欲する。
だから、シャッターを開け、エサの手入れをした後、特に午前中の来客がない間の仁海は、お勝手で座椅子に座りながら、居眠りをする事が多くなっていた。そして、ピンポンの音が鳴ったら、パッと起きて、サッとお店に飛び出して、お客の対応をするという事を繰り返していたのであった。
店長(仮)をしているこの三日は、ずっとこんな状況なので、身体の疲れは全く取れず、それどころか、心身ともに疲労は蓄積していって、この三日目の朝も、エビの手入れが終わった後、ボウっとした状態のまま、朝食も摂らずに、仁海は、パソコンの前でウトウトしていたのであった。
その時、である。
「ピンポオオオォォォ~~~ン」
三日目最初の来客を告げる音が、瞬時にして仁海を覚醒させ、彼女は、髪の毛を手で撫でつけながら店に飛び出したのであった。
店先にいたのは、老年の男性客であった。
「やっどぉお~、開いでだなっ! いづ来てもぉお、店あいでねがったんだけんどぉお、いっでぇえ、どうなっでだんだっ!」
老人の口調が少し強めだったので、思わず、仁海はビクっと身が竦んでしまった。
茨城弁は、濁点が多めで、さらに語尾を上げる傾向があるので、普通に話していても、聞き慣れていない者には喧嘩腰に聞こえてしまう。
以前、父が、地元の友達と電話で話していた時、仁海はそんな風に思った事が何度もあったのだが、父に言わせると、それが茨城では普通の話し方であるそうなのだ。
おそらく、その老齢の客も、普通に話しているだけで、別に怒っている分けではないのだろう、きっと。
「すみません。今は、平日には店を開ける事ができなくって、週末と祝日しかやっていないので」
「ぉれは、暇なんでぇえ~、平日にぃい~、釣り、しでぇぇぇんだよなぁあ~」
「申し訳ありません。平日は、お電話をくだされば、別途、店長が対応すると思うので」
「そっがぁあ~。なら、しゃぁねぇえべな」
「よろしくお願いします」
「んじゃ、アオくんろ」
「えっ!?」
「アオづっだら、アオだよ」
そう言って、老人は小さな木箱を、仁海に手渡してきた。
どうやら、ゴミになるのでパックではなく、その木箱にエサを入れてくれ、という事のようだ。
仁海が、エサ場に向かうと、その老人も、店の奥まで付いて来た。
正直、見られているとエサの分量を測り難いのだが仕方がない。
「ぉれ、ジイぢゃんのごろぉから、ぎでんだぁあ~。だから、ネェエぢゃん、マゲでくんろぉお~」
「えっ! でも……」
仁海は、叔父から、アオイソメはパック単位で売っているので、こういったお客が来たとしても、値引きはせずに、その代わりに、売り物にするには小さ過ぎるイソメをサービスとして追加したりして、うまくあしらうように、と言われていたのだ。
「えっと……。店長から値引きはできないと言われているので、その代わりに、少し多めに入れておきますね」
「んじゃ、ぞんでええわ」
老人は、それで納得してくれたようであった。
それにしても、祖母ではなく、祖父が亡くなったのは五年も前なのに、そんな昔の事を持ち出して、〈常連〉である事をアピールされるのも、ちょっと対応に困るな、と仁海は内心で思いながら、パックに予め入れてある砂を木箱に移し、それにアオイソメを少しずつ入れていったのであった。
イソメの準備ができた後で、老人がさらにこう言ってきた。
「あど、〈ガンダマ〉と〈カミヅブジ〉もくんろ」
「……。『がんだま、とか、みづぶじ』ですか?」
「んにゃ、〈ガンダマ〉、〈カミヅブジ〉、こんまい錘な」
間違えた。「がんだま」と「かみづぶじ」だったんだ。でも、具体的にどんな錘なのか分かんないや。
「ちょっとお待ちください。えっと……、錘のコーナーは、この辺なので、とりあえず見ていてくださいね」
仁海は、白い冷凍庫のすぐ脇の商品棚を指し示して、お勝手に急ぎ戻った。
「ぉれ、目わるぐっで、あんま、みえねぇんだけんど、ばやぐな」
お勝手に戻るや、仁海は、タブレットでブラウザを起動させ、その検索エンジンの窓に「ガンダマ カミヅブジ」と打ち込んでみた。
すると、「次の検索結果を表示しています:ガン玉 カミツブシ」と出た。
「ガンダマ」は〈ガン玉〉で、「カミヅブジ」は、実は、〈カミツブシ〉であるようだ。
文字だけの説明では分からないので、仁海は画像検索を掛けてみる事にした。
どうやら、ガン玉とは、名前に〈玉〉という字が当てられているように、小さく丸い玉のような錘だ。
〈カミツブシ〉も、ガン玉と似た形なので、仁海には、その違いがよく分からなかった。
しかしこれ以上、店に老人を独り待たせておく分けにもいかないので、仁海は、タブレットを携えて店に戻ると、検索結果の画像をピンチアウトして拡大し、老客にそれを見せたのであった。
「お求めの品ってこれでしょうか?」
「んだ。ごれ、ごれ」
仁海は、タブレットの画面と見比べながら商品棚を探すと、〈ガン玉・カミツブシ・割りビシ〉がまとまって、一つの赤く円いプラスチックのケースに入っている品物を見つけるに至ったのである。
「この赤いのに、〈ガン玉〉と〈カミツブシ〉が入っているみたいなのですが、お探しなのはこれでしょうかね?」
「ぞうっ、ぞれ、ぞれっ!」
かくして、仁海は、なんとか、ガン玉とカミツブシを求めた老客の対応を終える事ができたのであった。
ところで、ガン玉、カミツブシ、そして割ビシって、いったい何なのかしら?
お勝手に戻った仁海は、これらの小さい鉛色の品物について、改めて調べてみる事にした。
カミツブシ、別名ジンタン、ガン玉、そして、割ビシとは、どれも、錘の中央に割れ目が入っていて、そこに、糸を通し、挟み込むタイプの超小型の錘であるようだ。
カミツブシとガン玉は球形で、割ビシは楕円形である。
「名称の違いは形なのね。でも、同じ球形のカミツブシとガン玉の違いって何?」
そもそもカミツブシとガン玉は、重さの表記法が違っていて、カミツブシ、すなわちジンタンは〈G~〉で、ガン玉は〈~B〉で表わすそうだ。
「〈G~〉って、ジンタンをローマ字表記した時のイニシャルで、〈~B〉ってボールって英語の頭文字なのかな? 知らんけど」
さらに重さの一覧票を見てみると、ジンタンは最小の〈G8〉が〇.〇七グラム、最大の〈G1〉が〇.四グラムで、八段階あるそうだ。
ガン玉は、最小の〈B〉が〇.五五グラム、最大の〈6B〉が二.六五グラムで、六段階あるらしい。
どうも、ジンタンとガン玉の違いって、同じ球形でも、小さいのがジンタン、大きい方がガン玉なのかもしれない。
それにしても、球形の錘のジンタンやガン玉って、一番重くても、たった二.六五グラムしかないんだ。たしか、普通の錘の一号が三.七五グラムだから、それよりもかなり軽いのね。
錘って重い物って認識だったけれど、軽い錘もあるのって、なんか面白いわね、そんな感想を抱きながら、仁海は再び微睡んでしまったのであった。
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