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プロローグ
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――はて。これは何度目なんだろう。
宝石が散りばめられたベッドの天蓋を見上げてふと思う。目が覚めるといつも最初に目に入ってくるのは天蓋についている見入るような大きさの青い宝石。
あー、綺麗だなー。
「メルヴィお嬢様、旦那様がお呼びになっています」
目覚めるとタイミングを見計らったかのようにメイドが部屋に入ってくる。
そして淡々とそう言う。毎回一言一句、全く変わらない。
まるでゲームに出てくるNPCみたいだ。
でもNPCと違うのは問答できること。聞けばそれに合った回答をしてくれるし、このまま窓から逃げ出すっていうのをやったことがあるんだけど、このメイドは駆け寄ってきた。ちなみにその時は死んだ。ここは四階なのだから当たり前だ。多分その時は気が狂っていたのかも……。
まぁそんなことを自分で判断して対応できる辺り、このメイドはNPCと違うんじゃないかなって思う。
「えー、行かなきゃダメ?」
「急かすように、と」
「また窓から逃げるよ?」
「またとはなんですか? メルヴィお嬢様、冗談を言っていると旦那様に怒られますよ。早く行きましょう」
私はあははー、と冗談風に誤魔化しながら、メイドの後ろをついていく。窓から飛び降り自殺なんて消したい黒歴史だ。
何度この長い廊下を歩いたのか分からない。この先私に何が待ち受けているのか、私は知っている。
だからこそ行きたくない。逃げ出したい。いっそ今からでも、なんて考えたことも幾度とあった。実際に逃げたこともある。結果は変わらない。
これは俗に言うタイムリープだと言うのも、私は気付いている。所謂、逃げられない時間の牢獄みたいな感じだ。
少なくとももう百回以上は繰り返している。百回から諦めて数えてなかったけど、あれから結構やり直したし、もしかしたら二百行ったんじゃないかな?
……あぁ、考えただけで少し吐き気がしちゃう。
「着きました、旦那様はこちらの部屋でお待ちです。行ってらっしゃいませ、メルヴィお嬢様」
魔の扉である。
「えー、着きました」
「遅いぞ、メルヴィ」
中に入ると私の父がいた。すごく怒っている。
メイドと無駄な会話をしていたせいで待たせたからだと予想はすぐについた。そもそも怒られること自体別に珍しくないし、実のところ早く来たところで機嫌が悪いのは変わらないおっさんである。
「それでお父様、お話とはなんでしょうー」
「ふん、まぁ遅刻なんて些末なことはどうだっていい。お前には大事な任務を与えるからな」
「大事な任務とはなんでしょうー」
「お前には一週間後、僻地の村にある魔物の討伐に向かってもらう。騎士団長から直々にシュライン家に依頼されたから任務だ、言い換えればこの任務は国のためでもある」
「えー、ほんとですかー。私魔法の知恵も剣術の経験もありませんよー」
「ふはは、安心しろ!頼りになる仲間も手配しておいた。無事に帰ってきた暁には、お前には褒美をやろう」
この会話、何回もやったよ。
未来を知っている私からすれば、完全に悪意に満ちたセリフだと分かる。このおっさんの笑顔も、無事に帰ってくるなんてありえないと分かった上での褒美も。全てが腹立たしい。
ちなみに父と話す時の私は常に棒読みである。
何故かって? 幾度のタイムリープで編み出した一番省エネな会話方法だからだ。
どうせ内容が変わらないんだし、怒られたところで一週間後に死んでまたやり直しがあるからどうでもいい。
「メルヴィ、頼んだぞ」
「ほいほいさー」
こんなダラしない話し方はしているけど、私はこれでも貴族である。公爵家の令嬢。今でこそ理解しているが、私の紫紺の瞳と白い髪は超嫌われている魔女と同じらしい。だからか、私も超嫌われている。
もちろん父も私のことが嫌いである。まぁそうじゃなければ死地に娘を送るなんて有り得ないからね。
私には兄と姉がそれぞれ二人ずついる。全員魔法が使えるけど私は未だに教えてもらったことがない。
いや、いつかこうするために父が私にだけ教えてくれなかったんだろうな。最初は才能がないからお前は魔法を使えないと嘘ばかり言われていたし。
ここから一週間。本当に暇である。
死ぬと分かっているので特にしたいことも浮かんでこないし、二百回近いタイムリープである程度堪能した。一週間が二百回なので、まぁ単純計算五年分くらいあるだろう。
暇すぎるので魔法の勉強をしようと書庫へと私はやってきた。
ここの存在自体を知ったのが十回くらい前のタイムリープの時だった。それまでは家が大きすぎるのと、死ぬ未来が嫌すぎて部屋に引きこもっていた。我ながら成長と言える。どうせ死ぬんだから引きこもっても仕方ねぇ!って精神にここ最近なり始めたところであった。
兄や姉たちは魔法学校に通っているらしく、この家にはいない。しかも父がこの書庫にやってくることもない。無論、メイドもだ。
よってこの知識のオアシスは私だけの物。もっと早くに気付くべきだった。
「いつ見ても自分の家に書庫があるって最高ー!」
この世界の魔法は大きく分けて炎、水、風、光、闇の五つあるらしい。
そしてその中でも私は風魔法が少し使える。地味だけど、誰でも使えるような初級魔法でもかなり生活が便利になる。
例えば風を操って少し離れた場所にある物を取ったり、少し自分を浮かせて風の力だけで移動したりなどなど。
私のタイムリープ十回分の浅い知識だけでも色々な使い方ができる。
「はぁ、本当になんで私がドラゴンなんかを……魔法が使えるお兄さん達が行けばいいのに」
そう、私の死の元凶にして、二百回近くこの私を無惨に殺した魔獣――ドラゴン。
この世界の呼び方は不明だけど、見た目的に私はそう呼んでいる。ゲームをやり込んでいた私ですら知らなかった、こんな魔獣がいるなんて。隠れボスみたいに登場する予定のモンスターなんだろうか。それなら悔しい、やり込んでいたからこそ、隠れボスは攻略しておきたかったところではあった。
それにしても、虐げられている存在とはいえ私はまだ十四歳の体である。相当疎まれているんだなと何度辟易したことか。
「魔法が使える兄さん達が、か……ん? 待てよ?」
そういえばそういえば。今の私は魔法が使えるじゃないか。初級とはいえ、風というれっきとした魔法の属性。風を操れば空中だろうと自在にいける。そんな便利な魔法が、今の私には備わっている……。
「なんで! 気付かなかった! 私のバカ! いや、気付いた私を褒めるべき!?」
たっぷり自画自賛して、私は前回よりも本気で魔法に取り込んでみた。
攻撃魔法、防御魔法、それぞれを組み合わせた応用魔法。炎や水などにはできない自在なそれらの魔法を駆使して、数百回と見たドラゴンとの戦いをイメージする。
一週間後を想像するだけで怯えていた日々。その日が近くなる度に、私は逃げ出しそうになった。もちろん中には逃げ出したこともあった。でも、結局死ぬ運命だった。
でも違う。抗いたい。そんな人生。そんな運命に。
逃げても意味ないならストーリー通りに進んで、ドラゴンをボコボコにしてやろう。
私はグッと握りしめた拳を空に掲げて、そう覚悟を決めた。
「あいつ! 次会ったら容赦しねぇ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
メルヴィ・シュライン。
乙女ゲームの冒頭のあらすじに出てきた少女の名前である。あらすじに出てきただけで顔も出てないし、名前もそれっきり出てこない。
私はもはやゲームにすら出てこないような、そんなモブ令嬢に転生したのである。
それを理解したのは初めてドラゴンに殺された時だった。
一回目の死を経験した時、目覚める直前に夢で前世の記憶を見た。女子高生だった私はその乙女ゲームをやり込んでいただけあって、メルヴィという名前を聞いた時点で嫌な予感をしていた。
そんな予感は的中。私はドラゴンに殺され、死んだ。でも起きると一週間ほど前に遡って目覚めた。それが所謂タイムリープだということに気が付いたのはタイムリープを五回ほど経験したくらいだったかな。
そしてそんなタイムリープを繰り返している間に、メルヴィという少女の境遇も運命も全て分かっていった。
本来ならスキップされてみんなから名前すら見られないような少女の運命がこんなに過酷だったなんて。
本編は恋愛しかしてなかったのに……。
作者は実に鬼畜である。私をこの世界に連れてきたやつも大概鬼畜だけどね。
そんな悲劇のヒロインな私だけど、私を殺す運命にあるドラゴンに一矢報いてやろうと心に決めた。
そうしてドラゴンを倒すと覚悟を決め、魔法を学び、実際に挑んで。そんなタイムリープをもう何回と繰り返した。
色々と懐かしむくらいには時が経過している。
うーん、多分百回くらいかな。
タイムリープ自体の合計回数は優に三百は超えている。もちろんタイムリープの数=私が死んだ数である。
魔法を覚えて百回くらいのタイムリープだが、期間にして二年を超えている。
私は念入りに魔法の勉強し、実際に戦い、そして死んで。その繰り返しをしながら弱点を探した。
ドラゴンの皮膚は硬く、爪は鋭く、離れたところで口から炎を出してくる。でも、そんな初歩的な知識はもう役に立たない。
数百回の知識から、私は色々な戦闘イメージを模索する。死んでも知識は引き継がれる。
今回が無理なら次に、次が無理ならさらに次。
その繰り返し。昔の私とは心意気が違う。ドラゴンをボコボコにする明確な覚悟と目的があるのだ。
もはや私はただの少女ではない。覚えた魔法の数なんて覚えてない。初級魔法どころか、上級魔法もいくつか使えるようにもなった。
私は決戦の地に到着後、ドラゴンが降り立つ場所で待機していた。
下からの不意打ちは逆効果だ。多分それに気付くまでに片手で数えられる回数は軽く死んでいる。
「――風神の加護があらんことを……エアロ・ブースト」
私の体はふっと軽くなった。
風を自分の体に纏わせることによって、魔法の回転速度や攻撃の回避性能がかなり上がる。
下で準備運動する私を見下して登場するのは、私にとってのラスボスであるドラゴン様だ。
大きな翼に赤い鱗、私のいる周辺を影で埋め尽くすようなその巨躯は本当に禍々しい姿をしている。
この登場シーンは何度観ても鳥肌モノである。
でも慣れている。
この後の流れも、ドラゴンの魔法に対する動き方も。全て知っている。
「か弱い私を二百回……いや、三百回も殺してくれた罪、今回で償ってもらうわ!」
地面に足をつけた瞬間、それが戦闘開始の合図である。
まずドラゴンは私のいる場所目掛けて炎を吐いてくる。もちろんそれは避けた。先制攻撃は法則性があるのか、いつも変わらない。
風魔法のおかげで軽くなった体で、私はドラゴンの背後へと回った。
まるで貴族のダンスのように。我ながら実に軽やかな身のこなしである。
ドラゴンの体を覆う鱗に私の風魔法ごときでは傷一つ付けられない。
でも、たった一つだけ。私の魔法でも傷を付けることができる部位がある。
それは首だ。狙いはその首である。
ドラゴンの攻撃を避けつつ、私は首に視点を合わせる。ドラゴンの攻撃は強力だ。一度当たれば死ぬと思ってもいい。仮に死ななくても動けなくなって口から出る炎に焼かれる。
ちなみに打撃で死んだ方が炎で死ぬより楽だ。どうせ当たるならそのまま死んだ方がマシっていうのがドラゴンと戦う上での豆知識でもある。
そんなこんなしているうちに、ドラゴンは苛立ち始めた。ドラゴンからすれば私はハエみたいなもんだと思う。
だがここからが狙い目。怒ったドラゴンは一つ一つの攻撃が強くなる、その代わりに動きは鈍くなるのだ。
攻撃を避けて。避けて。避けて。
ただそれを繰り返してチャンスを狙う。
チャンスは一度。首元に行けたことは何度かあった。だが、魔法の詠唱する前に死んでしまう。だから首元に来た時はすぐに魔法を発動する。
――そしてチャンスは来た。
隙を見てドラゴンの首元に風の力でジャンプし、すぐに私は詠唱を始める。
問題はここからだ。ドラゴンの爪が私に当たる前に、魔法を使わなければならない。
「ッ! ブラストウィンド!」
爪が私に当たる直前。
私の魔法が先にドラゴンの首元に触れた。その瞬間、ドラゴンは動きを止める。
攻撃魔法に集中しすぎたせいで、私は地面にそのまま落下して尻もちをついた。すごく痛いけど、ドラゴンの攻撃に比べればかすり傷ですらない。
「倒した、の……?」
その問いに答えるように、動きの止まったドラゴンの頭部が地面に落ちた。
「え、勝った……? 本当に……私、勝った……!? え、すごい!? ドラゴンに勝てた!?」
それは長きに渡る戦いの、初の勝利だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
父は驚いてた。それはもう大変驚いてた。
まさかのまさかだったと思うし、倒した張本人の私でもすごく驚いている。
それにここから先は未知のストーリーなのでずっと困惑が止まらない。
「た、たたたたた倒してきました、お父様」
この動揺ぶりである。
「よ、よよよよよ良くぞやってくれた、さすが私の娘だ」
やはり私たちは親子みたいだ。
何はともあれ、私にとってのラスボスは消えた。
数百回のタイムリープの末、ゲームの中ではあらすじにしか登場しないメルヴィの私が、ゲームにすら出てきていない上に名前も知られていない超強いドラゴンを倒した。
本来語られることがなかったであろうストーリーが書き換わる瞬間だ。
「こほん……メルヴィ、約束通りお前に褒美をやろう」
「え! 本当にくれるんですか!?」
「な、何を言っている。もちろん最初からお前が勝つことを信じ、褒美をやるつもりだったぞ」
このおっさん、殴り飛ばしてやろうか。
風魔法でもかけて、あとでイタズラしてやろう。
まさか私も勝てると思ってもいなかったから、ご褒美なんて全く考えてなかった。
でも、せっかくこの世界に来たんだ。この世界の本編でもある――『学園生活』をしたい。
推しに会える。そう思うだけでワクワクしてきた。
「お父様! 私を魔法学校に入学させてください!」
――たった一人で魔法を使い、ドラゴンを討伐したとして。私が『古の魔女の生まれ変わり』と勘違いされ、学園で翻弄されるようになるのはまだまだ先の話である。
宝石が散りばめられたベッドの天蓋を見上げてふと思う。目が覚めるといつも最初に目に入ってくるのは天蓋についている見入るような大きさの青い宝石。
あー、綺麗だなー。
「メルヴィお嬢様、旦那様がお呼びになっています」
目覚めるとタイミングを見計らったかのようにメイドが部屋に入ってくる。
そして淡々とそう言う。毎回一言一句、全く変わらない。
まるでゲームに出てくるNPCみたいだ。
でもNPCと違うのは問答できること。聞けばそれに合った回答をしてくれるし、このまま窓から逃げ出すっていうのをやったことがあるんだけど、このメイドは駆け寄ってきた。ちなみにその時は死んだ。ここは四階なのだから当たり前だ。多分その時は気が狂っていたのかも……。
まぁそんなことを自分で判断して対応できる辺り、このメイドはNPCと違うんじゃないかなって思う。
「えー、行かなきゃダメ?」
「急かすように、と」
「また窓から逃げるよ?」
「またとはなんですか? メルヴィお嬢様、冗談を言っていると旦那様に怒られますよ。早く行きましょう」
私はあははー、と冗談風に誤魔化しながら、メイドの後ろをついていく。窓から飛び降り自殺なんて消したい黒歴史だ。
何度この長い廊下を歩いたのか分からない。この先私に何が待ち受けているのか、私は知っている。
だからこそ行きたくない。逃げ出したい。いっそ今からでも、なんて考えたことも幾度とあった。実際に逃げたこともある。結果は変わらない。
これは俗に言うタイムリープだと言うのも、私は気付いている。所謂、逃げられない時間の牢獄みたいな感じだ。
少なくとももう百回以上は繰り返している。百回から諦めて数えてなかったけど、あれから結構やり直したし、もしかしたら二百行ったんじゃないかな?
……あぁ、考えただけで少し吐き気がしちゃう。
「着きました、旦那様はこちらの部屋でお待ちです。行ってらっしゃいませ、メルヴィお嬢様」
魔の扉である。
「えー、着きました」
「遅いぞ、メルヴィ」
中に入ると私の父がいた。すごく怒っている。
メイドと無駄な会話をしていたせいで待たせたからだと予想はすぐについた。そもそも怒られること自体別に珍しくないし、実のところ早く来たところで機嫌が悪いのは変わらないおっさんである。
「それでお父様、お話とはなんでしょうー」
「ふん、まぁ遅刻なんて些末なことはどうだっていい。お前には大事な任務を与えるからな」
「大事な任務とはなんでしょうー」
「お前には一週間後、僻地の村にある魔物の討伐に向かってもらう。騎士団長から直々にシュライン家に依頼されたから任務だ、言い換えればこの任務は国のためでもある」
「えー、ほんとですかー。私魔法の知恵も剣術の経験もありませんよー」
「ふはは、安心しろ!頼りになる仲間も手配しておいた。無事に帰ってきた暁には、お前には褒美をやろう」
この会話、何回もやったよ。
未来を知っている私からすれば、完全に悪意に満ちたセリフだと分かる。このおっさんの笑顔も、無事に帰ってくるなんてありえないと分かった上での褒美も。全てが腹立たしい。
ちなみに父と話す時の私は常に棒読みである。
何故かって? 幾度のタイムリープで編み出した一番省エネな会話方法だからだ。
どうせ内容が変わらないんだし、怒られたところで一週間後に死んでまたやり直しがあるからどうでもいい。
「メルヴィ、頼んだぞ」
「ほいほいさー」
こんなダラしない話し方はしているけど、私はこれでも貴族である。公爵家の令嬢。今でこそ理解しているが、私の紫紺の瞳と白い髪は超嫌われている魔女と同じらしい。だからか、私も超嫌われている。
もちろん父も私のことが嫌いである。まぁそうじゃなければ死地に娘を送るなんて有り得ないからね。
私には兄と姉がそれぞれ二人ずついる。全員魔法が使えるけど私は未だに教えてもらったことがない。
いや、いつかこうするために父が私にだけ教えてくれなかったんだろうな。最初は才能がないからお前は魔法を使えないと嘘ばかり言われていたし。
ここから一週間。本当に暇である。
死ぬと分かっているので特にしたいことも浮かんでこないし、二百回近いタイムリープである程度堪能した。一週間が二百回なので、まぁ単純計算五年分くらいあるだろう。
暇すぎるので魔法の勉強をしようと書庫へと私はやってきた。
ここの存在自体を知ったのが十回くらい前のタイムリープの時だった。それまでは家が大きすぎるのと、死ぬ未来が嫌すぎて部屋に引きこもっていた。我ながら成長と言える。どうせ死ぬんだから引きこもっても仕方ねぇ!って精神にここ最近なり始めたところであった。
兄や姉たちは魔法学校に通っているらしく、この家にはいない。しかも父がこの書庫にやってくることもない。無論、メイドもだ。
よってこの知識のオアシスは私だけの物。もっと早くに気付くべきだった。
「いつ見ても自分の家に書庫があるって最高ー!」
この世界の魔法は大きく分けて炎、水、風、光、闇の五つあるらしい。
そしてその中でも私は風魔法が少し使える。地味だけど、誰でも使えるような初級魔法でもかなり生活が便利になる。
例えば風を操って少し離れた場所にある物を取ったり、少し自分を浮かせて風の力だけで移動したりなどなど。
私のタイムリープ十回分の浅い知識だけでも色々な使い方ができる。
「はぁ、本当になんで私がドラゴンなんかを……魔法が使えるお兄さん達が行けばいいのに」
そう、私の死の元凶にして、二百回近くこの私を無惨に殺した魔獣――ドラゴン。
この世界の呼び方は不明だけど、見た目的に私はそう呼んでいる。ゲームをやり込んでいた私ですら知らなかった、こんな魔獣がいるなんて。隠れボスみたいに登場する予定のモンスターなんだろうか。それなら悔しい、やり込んでいたからこそ、隠れボスは攻略しておきたかったところではあった。
それにしても、虐げられている存在とはいえ私はまだ十四歳の体である。相当疎まれているんだなと何度辟易したことか。
「魔法が使える兄さん達が、か……ん? 待てよ?」
そういえばそういえば。今の私は魔法が使えるじゃないか。初級とはいえ、風というれっきとした魔法の属性。風を操れば空中だろうと自在にいける。そんな便利な魔法が、今の私には備わっている……。
「なんで! 気付かなかった! 私のバカ! いや、気付いた私を褒めるべき!?」
たっぷり自画自賛して、私は前回よりも本気で魔法に取り込んでみた。
攻撃魔法、防御魔法、それぞれを組み合わせた応用魔法。炎や水などにはできない自在なそれらの魔法を駆使して、数百回と見たドラゴンとの戦いをイメージする。
一週間後を想像するだけで怯えていた日々。その日が近くなる度に、私は逃げ出しそうになった。もちろん中には逃げ出したこともあった。でも、結局死ぬ運命だった。
でも違う。抗いたい。そんな人生。そんな運命に。
逃げても意味ないならストーリー通りに進んで、ドラゴンをボコボコにしてやろう。
私はグッと握りしめた拳を空に掲げて、そう覚悟を決めた。
「あいつ! 次会ったら容赦しねぇ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
メルヴィ・シュライン。
乙女ゲームの冒頭のあらすじに出てきた少女の名前である。あらすじに出てきただけで顔も出てないし、名前もそれっきり出てこない。
私はもはやゲームにすら出てこないような、そんなモブ令嬢に転生したのである。
それを理解したのは初めてドラゴンに殺された時だった。
一回目の死を経験した時、目覚める直前に夢で前世の記憶を見た。女子高生だった私はその乙女ゲームをやり込んでいただけあって、メルヴィという名前を聞いた時点で嫌な予感をしていた。
そんな予感は的中。私はドラゴンに殺され、死んだ。でも起きると一週間ほど前に遡って目覚めた。それが所謂タイムリープだということに気が付いたのはタイムリープを五回ほど経験したくらいだったかな。
そしてそんなタイムリープを繰り返している間に、メルヴィという少女の境遇も運命も全て分かっていった。
本来ならスキップされてみんなから名前すら見られないような少女の運命がこんなに過酷だったなんて。
本編は恋愛しかしてなかったのに……。
作者は実に鬼畜である。私をこの世界に連れてきたやつも大概鬼畜だけどね。
そんな悲劇のヒロインな私だけど、私を殺す運命にあるドラゴンに一矢報いてやろうと心に決めた。
そうしてドラゴンを倒すと覚悟を決め、魔法を学び、実際に挑んで。そんなタイムリープをもう何回と繰り返した。
色々と懐かしむくらいには時が経過している。
うーん、多分百回くらいかな。
タイムリープ自体の合計回数は優に三百は超えている。もちろんタイムリープの数=私が死んだ数である。
魔法を覚えて百回くらいのタイムリープだが、期間にして二年を超えている。
私は念入りに魔法の勉強し、実際に戦い、そして死んで。その繰り返しをしながら弱点を探した。
ドラゴンの皮膚は硬く、爪は鋭く、離れたところで口から炎を出してくる。でも、そんな初歩的な知識はもう役に立たない。
数百回の知識から、私は色々な戦闘イメージを模索する。死んでも知識は引き継がれる。
今回が無理なら次に、次が無理ならさらに次。
その繰り返し。昔の私とは心意気が違う。ドラゴンをボコボコにする明確な覚悟と目的があるのだ。
もはや私はただの少女ではない。覚えた魔法の数なんて覚えてない。初級魔法どころか、上級魔法もいくつか使えるようにもなった。
私は決戦の地に到着後、ドラゴンが降り立つ場所で待機していた。
下からの不意打ちは逆効果だ。多分それに気付くまでに片手で数えられる回数は軽く死んでいる。
「――風神の加護があらんことを……エアロ・ブースト」
私の体はふっと軽くなった。
風を自分の体に纏わせることによって、魔法の回転速度や攻撃の回避性能がかなり上がる。
下で準備運動する私を見下して登場するのは、私にとってのラスボスであるドラゴン様だ。
大きな翼に赤い鱗、私のいる周辺を影で埋め尽くすようなその巨躯は本当に禍々しい姿をしている。
この登場シーンは何度観ても鳥肌モノである。
でも慣れている。
この後の流れも、ドラゴンの魔法に対する動き方も。全て知っている。
「か弱い私を二百回……いや、三百回も殺してくれた罪、今回で償ってもらうわ!」
地面に足をつけた瞬間、それが戦闘開始の合図である。
まずドラゴンは私のいる場所目掛けて炎を吐いてくる。もちろんそれは避けた。先制攻撃は法則性があるのか、いつも変わらない。
風魔法のおかげで軽くなった体で、私はドラゴンの背後へと回った。
まるで貴族のダンスのように。我ながら実に軽やかな身のこなしである。
ドラゴンの体を覆う鱗に私の風魔法ごときでは傷一つ付けられない。
でも、たった一つだけ。私の魔法でも傷を付けることができる部位がある。
それは首だ。狙いはその首である。
ドラゴンの攻撃を避けつつ、私は首に視点を合わせる。ドラゴンの攻撃は強力だ。一度当たれば死ぬと思ってもいい。仮に死ななくても動けなくなって口から出る炎に焼かれる。
ちなみに打撃で死んだ方が炎で死ぬより楽だ。どうせ当たるならそのまま死んだ方がマシっていうのがドラゴンと戦う上での豆知識でもある。
そんなこんなしているうちに、ドラゴンは苛立ち始めた。ドラゴンからすれば私はハエみたいなもんだと思う。
だがここからが狙い目。怒ったドラゴンは一つ一つの攻撃が強くなる、その代わりに動きは鈍くなるのだ。
攻撃を避けて。避けて。避けて。
ただそれを繰り返してチャンスを狙う。
チャンスは一度。首元に行けたことは何度かあった。だが、魔法の詠唱する前に死んでしまう。だから首元に来た時はすぐに魔法を発動する。
――そしてチャンスは来た。
隙を見てドラゴンの首元に風の力でジャンプし、すぐに私は詠唱を始める。
問題はここからだ。ドラゴンの爪が私に当たる前に、魔法を使わなければならない。
「ッ! ブラストウィンド!」
爪が私に当たる直前。
私の魔法が先にドラゴンの首元に触れた。その瞬間、ドラゴンは動きを止める。
攻撃魔法に集中しすぎたせいで、私は地面にそのまま落下して尻もちをついた。すごく痛いけど、ドラゴンの攻撃に比べればかすり傷ですらない。
「倒した、の……?」
その問いに答えるように、動きの止まったドラゴンの頭部が地面に落ちた。
「え、勝った……? 本当に……私、勝った……!? え、すごい!? ドラゴンに勝てた!?」
それは長きに渡る戦いの、初の勝利だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
父は驚いてた。それはもう大変驚いてた。
まさかのまさかだったと思うし、倒した張本人の私でもすごく驚いている。
それにここから先は未知のストーリーなのでずっと困惑が止まらない。
「た、たたたたた倒してきました、お父様」
この動揺ぶりである。
「よ、よよよよよ良くぞやってくれた、さすが私の娘だ」
やはり私たちは親子みたいだ。
何はともあれ、私にとってのラスボスは消えた。
数百回のタイムリープの末、ゲームの中ではあらすじにしか登場しないメルヴィの私が、ゲームにすら出てきていない上に名前も知られていない超強いドラゴンを倒した。
本来語られることがなかったであろうストーリーが書き換わる瞬間だ。
「こほん……メルヴィ、約束通りお前に褒美をやろう」
「え! 本当にくれるんですか!?」
「な、何を言っている。もちろん最初からお前が勝つことを信じ、褒美をやるつもりだったぞ」
このおっさん、殴り飛ばしてやろうか。
風魔法でもかけて、あとでイタズラしてやろう。
まさか私も勝てると思ってもいなかったから、ご褒美なんて全く考えてなかった。
でも、せっかくこの世界に来たんだ。この世界の本編でもある――『学園生活』をしたい。
推しに会える。そう思うだけでワクワクしてきた。
「お父様! 私を魔法学校に入学させてください!」
――たった一人で魔法を使い、ドラゴンを討伐したとして。私が『古の魔女の生まれ変わり』と勘違いされ、学園で翻弄されるようになるのはまだまだ先の話である。
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