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chapter1__城、再誕
筋肉と魔法
しおりを挟む石落としはその名の通り、下の敵に石や熱湯などを降らせて攻撃する隙間だ。
牢獄塔の外壁からやや張りだすかたちで何カ所か設置されている。
ちなみに城館の天井にもいくつか同じ目的の穴があり、これらは“殺人孔”とも呼ばれる。
一同は中庭へ出ると、石落としの小さな屋根に引っかかり、いつ崖下へ落ちてもおかしくない状態の人物を眺めた。
「うわあぁやばいやばい!! 殺人孔で人身事故とか笑えねー!!」
「ええと、とりあえず最上階から縄を渡して……」
「間に合うかぁ!?」
「女神に祈るしかありませんね」
「エンドレ、ダリルはその作戦でお願い!」
ザラの指示に頷き、牢獄塔の入口へ向かう二人を見送る。
(間に合ってくれればいいけど……)
「落下地点にクッションになるような物を置けないかな」
「下は城門側よりも急峻な崖、その程度の物があったところで助からないだろう。時間もない」
「じゃあ、魔法は!?」
ヘルムートがかすかに眉根を寄せる。珍しく悩んでいるようだ。
「……許可なく使用するのは違法なんだ」
「だけど……っ! 人の命がかかってるのよ!?」
「魔法は君が思うほど万能ではない」
「べつに万能だと思ってるわけじゃ……、っ!!」
ぐらっ、と人影が大きく揺れた。ザラが声にならない悲鳴を上げる。
居住に関わる部分はおおむね補修したが、牢獄塔は長らく放置されたままだ。中の階段なども古い。ダリルとエンドレも慎重に進まざるを得ないだろう。
老朽化した石落としの屋根の一部が外れ、崖を転がり落ちていった。
屋根の崩壊とともに、引っかかった人物も間もなく同じ運命を辿ることになる。
震えるザラの隣で小さく舌打ちし、ヘルムートが腕輪に片手をかけた。その時。
「魔法よりも頼りになるのは、筋肉だあああ!!!」
背後から走ってきたユージンが、風を巻き起こして二人の脇を通り過ぎた。
その手には柄が身長の3倍ほどある長槍が握られている。
中庭を駆け抜け牢獄塔に迫る。目の前まで来ると、大きく地を蹴った。
長大な槍をかついでいるとは思えない跳躍力。だが石落としまではまだまだ遠い。
跳びながらユージンが振り上げた槍を壁に突き立てた。
ガキッと鈍い音をさせ、石壁に刃が深々と刺さる。とてつもない腕力だ。
その勢いを利用し、棒高跳びの要領でもう一段高く跳びあがった。
同時に屋根が大きく崩れた。引っかかっている人物の身体が宙に浮く。
それを見越して跳んだユージンがまっすぐ両手を伸ばした。
(筋肉兄貴ーーっっ!!!)
「うそだろーーっ!!?」
「どんな身体能力ですかーっ!!?」
ザラがぎゅっと両手の指を組む。最上階に現れた二人がどよめく。
ユージンが落ちた人物を見事に空中でキャッチした。
「うおおおおオオオ!!!!」
雄叫びを上げ、人を抱えたまま空中で一回転すると、着地地点の外壁を蹴った。
そのまま跳びはねるようにして外壁を走る。尋常ではない離れ業だ。
しかし延々と壁走りを続けられるわけもなく。じわじわと重力に負け、姿勢も危なげにブレはじめた。
「お願いユージンの筋肉、頑張ってえええー!!」
「くっ……オオオオオ!!!」
「その足場を使え!!」
「オオオお!? おうっ!!!」
ヘルムートが叫ぶ。いつの間にか外壁の一部がぼこりと不自然にとび出していた。
ユージンがとび出た足場を蹴る。するとその着地先に、また足場が現れる。
テンポよくとび出す不思議な階段をつたい降りていき。
気を失っているらしい人物を抱えたユージンが、牢獄塔の入口付近へ倒れ込むようにして着地した。
「ユージン!! よかったあああ!!!」
「ふはは……筋肉の……勝利……」
「本当にありがとう筋肉さんたち!! ……それに、ヘルムートも!」
涙を浮かべてユージンに駆け寄ったザラが、振り返って笑顔をみせる。
壁に足場を出現させたのは、彼の魔法だと確信していた。
腕輪を手首にはめ直したヘルムートが溜息を吐く。
「まったく……我儘な雇い主だ」
凹凹†凹凹
アシュレイ・ディートリヒ
子爵家長男。22歳。
艶やかな黒髪、印象的なサファイアブルーの瞳。
ヘルムートと並んでも見劣りしない、中性的な美貌の持ち主だ。
だが表情や雰囲気に翳がある。暗く沈んだ瞳は、“死んだ魚の目”という形容がピッタリであろう。
ユージンの筋肉とヘルムートの魔法によって命を救われた人物――アシュレイが、死んだ魚の目をトロンと開いた。
自分を取り囲む顔を、目だけ動かして順番に眺め。ザラを見て動きを止める。
「あれ……? 死んだはずなのに。 また連れ出しに来たの……?」
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