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chapter1__城、再誕
前途は多難のようですが
しおりを挟む「幼い頃、実の父親が馬車の事故で他界。彼は婿養子だったそうです。その後、母親が再婚。義父はディートリヒ家の分家筋の方らしいですね」
「なにかと不運が重なり、お家の経営状態は少々苦しいものだったと聞いています。そんななか、母君もご病気でお亡くなりに」
「家を継いだ義父が昨年、再婚。相手は子爵家とゆかりの深い……ぶっちゃけ上司にあたる伯爵家の娘。お互い連れ子のいる再婚です。そしてあっという間に、後妻の息子がディートリヒ家の跡取りになりました」
「本来なら長男であり、子爵家の血を引くアシュレイが後を継ぐのが順当。しかし没落寸前の家を救った伯爵家の後妻に、義父は頭が上がらないのでしょう」
「わが国の法では、正当な理由なき後継者の変更はなかなか認められません。逆にすんなり許可される事由としては……『度を越した放蕩・不品行』、『出奔・長期にわたる行方不明』。当然ながら、『死亡』した場合ですね」
やや芝居がかった調子でエンドレが声をひそめた。
「貴族社会の闇は深いですよー。誰しも他人のお家騒動になんか関わりたくないですから。『いや絶対おかしいだろ』って内容で後継者が変わっても、深くつっこまれないことが多いんです」
「だからって……晩餐会をする家の中で“餓死”なんて。絶対怪しまれるじゃない?」
「そこをスルーさせ、もみ消しを可能にするのが、金と権力ですよ」
ザラが俯き、やんわり下唇を噛んだ。エンドレがあやすように細い肩に触れる。
「彼は本当に幸運でしたね。ザラ嬢の我儘……いえ好奇心と行動力がなければ、今頃この世にいなかったのですから」
エンドレと別れ、自室として使っている部屋でザラはベッドに深く腰かけた。
今までなら、このまま昼寝でもしていたかもしれない。
だが今日は一日、新事業は中断して、眠ってしまったアシュレイの様子を見るつもりだ。起きたら少しでも何か胃に入れさせなければいけない。
今までなら、全部まとめてユージンに押し付けていただろう。
御者をつとめた後に夜通しの見張り、さらに無茶な救助活動。今日はしっかり休むように言い渡した。
本人は「このくらい全然平気だ」と言っていたが、さすがに少し眠そうだった。
前世を思い出して早々、雪崩のようにやってきた日頃のツケが(多分)一段落し。
少し落ち着いてきたザラの頭に、ふと疑問が浮かんだ。
(そういえば……。ひどい食あたりだったとはいえ。わざわざ早馬でここへ報せたのは、誰なんだろう)
覚えている限りでは、後見人の男爵は見舞いに来ていない。
まさかそちらに早馬は行かなかったのか。それとも知らせを受けたうえで、捨て置かれたのか。
(……まぁそんなの今はいいか。アシュレイの様子を見ながら、明日までに事業計画をしっかり練り直さないとね)
「さんざんワガママ放題やって、前世では難しかった『開き直り』を習得したわ。この先どんなツケが回ってこようと、ウジウジしてる暇はない。前進あるのみ!」
前途多難を感じながらも、ザラは気合いを入れてベッドを降りた。
凹凹†凹凹
「やっぱあいつも雇うんだ」
「うん。アシュレイには最初から本契約をしてもらうことになったわ」
アシュレイは命こそ取り留めたものの、実家にその存在を抹殺されている。
つまり現役の住所不定無職だ。
(ちょっと強引な雇い方しちゃったかな。だけどいつか他にやりたい仕事が見つかったり、別の場所に行きたいと思った時に、まとまったお金があった方がいいものね)
(あと働くことで、もう少しまともな生活習慣に改善して。できればあの不穏なメンタル面も改善してもらいたいんだけど……)
今まで人前に姿を現さなかったアシュレイ。どうやら一日のほとんどを牢獄塔で過ごしていたらしい。ダリルとエンドレは彼の存在にすら気付いていなかった。
日常生活のあらゆること、食事にすら無頓着。ユージンが世話を焼いていなければとっくにどうにかなっていただろう。「餌やり」などと悪態をつきたくなるのも仕方ないかもしれない。あらゆる意味で生活破綻者である。
「ふーん。だったらなんで集合場所に来ないんだよ?」
「……まだ本調子じゃないから。しばらくの間、アシュレイの仕事は『食事・早寝早起き・体力づくり』よ」
「なにそれ。あいつだけずりぃ~~」
ダリルが柔らかそうな頬を膨らませて不満をもらす。
アシュレイ落下事件から一夜明け。集合場所である中庭にはいつものメンバーが顔をそろえていた。エンドレがおずおずと挙手する。
「あの~……それで、本日行う“最重要業務”とは一体何でしょうか」
「いい質問ですね」
両手を腰にあて、三角巾の端をぴょこんと揺らしてザラが頷いた。
今までの派手なドレス姿ではない。今後はドレスを着る機会は少なくなるだろう。
今日のザラの服装は、使用人同様の質素な上下にエプロンをかけ、頭には三角巾、首元にはマスク代わりにもなるバンダナ。
いくら汚れても構わない、動きやすさ第一のスタイルだ。
事前に指示し、四人も普段より質を落とした服装で集まっていた。ユージン以外はそこらの村人とまではいかないものの、貴族感はうすれている。
「本日の最重要業務……それは!!『トイレ掃除』ですっ!!」
「「ええええ~~~??」」
びしっと人差し指を空中につきつけて宣言するザラに、ダリルとエンドレがあからさまに顔をしかめた。
「なんでだよ!? もっと他にやるべきことがいろいろあんだろっ!?」
「最重要です。異論は認めません。なぜなら――【道の城】だから」
「「「「道の城??」」」」
初めて聞く単語に四人がそろって首を傾げる。
おおまかな事業計画は話したが、正式名称は昨日思いついたばかりだった。
モデルは前世で何度か訪れた、道路沿いに建つあの地域振興系休憩施設だ。
「長時間の馬車の移動で疲れた人にとって、快適なトイレのある休憩場所は重宝するものよ。特に女性」
以前、港へ向かう貴族一家が馬をかえるついでにトイレを借りにきたことがあった。
夫人は笑顔でザラへ礼を言った。しかし立ち去り際、小声で「こんなところではとても暮らせないわ……」と呟いたのが聞こえてしまった。
この城には単純なつくりの下水施設がある。だが汚水をそのまま川に流してしまうため、厨房以外は使用していない。
トイレは城館の数ヶ所に、いわゆる汲み取り式に近いものを置いてあるのだが。前世日本のそれらと比べ、清潔感・衛生面ともにはるかに劣る。
(そのあたりの設備も、なるべく早くもっと良いものにリフォームしなきゃ。工事資金を稼ぐためにも、サクサク事業を軌道に乗せなきゃで……)
先行きの厳しさに思わず沈みそうになる心を叱咤し、ザラがローズピンクの瞳に強い光をともらせた。それから威勢よく腕まくりをする。
「トイレ掃除が終わったら、館内全体を清掃します。それでは皆さん、元気にキリキリ働きましょう」
「だからそんなん、使用人を雇ってやらせれば……」
「うちにそんな余裕はありません」
「野生動物みたいな金の扱い方するからだろっ!?」
「今は心を入れ替えましたので」
「……おねだりまでやめる必要なくない? むしろ特技と誇っていいんだぜ?」
「おねだりの仕方を忘れました」
「だったらぼくが思い出させてあげるよぉ~★ ほらぁザラ様、まずはいつものギラついたドレスに着替えて……★」
「周囲に混乱をもたらすので、勤務時間中のビジネスショタ化は控えてください」
「ビジネスショタってなんだよ!!? 【道の城】とか謎のネーミングセンス含め、あんたが誰よりも混乱をもたらしてるっつの!!!」
「……まさか、人格をまるごと変えてしまう魔法なんて……」
「使えるわけがないだろう。私の知る限り、そのような邪法は存在しない」
「ですよねー」
「わけがわからんが。いい変化なんじゃないのか? なんか楽しそうだし」
「良し悪しを論点とするなら、そうなんでしょうけど」
小動物同士の小競り合いめいた様相のザラたちを、のんびり眺めるユージン。あいまいな返事をするエンドレ。
「本当におかしな女だ……」
ヘルムートのごく小さな呟きを拾った二人が、同時に大きく頷いた。
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