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chapter2__城、始動
馬の耳に嵐(2)
しおりを挟むアルベルゾ村。
城に一番近い農村だ。馬で1時間程度の場所にある。
トロット家は村人同然の間柄のようで、馬や牛の貸し借り、繁忙期には一家総出で出稼ぎにいくらしい。
(このあたりは領内の穀倉地帯としてそこそこの規模。収穫期には主に王都向けに、まとまった量を出荷してる。だけどなんとなく安く買い叩かれがちらしいのよね~。そのせいか義父はこの地方をいまいち重視してないみたい)
(だから村人たちにイゼルラント家の“威光”は、ほとんど通用しない。まぁそもそもあたしは使える立場じゃないし、使う気もないけど……)
(考えだすと今の自分の無力さを思い知らされるな。もっと武器を増やさなきゃ)
(……って意気込みだけはよくても、現実には、)
「厩舎改装のリーダーを頼んだのに、さっそく別件にかりだしちゃってごめんね」
「気にすんな。重労働はだいたい終わったし、細かい部分はもともとヘルムートに任せてたからな。ごーりてき発想ってやつで、馬にも快適な小屋に仕上がりそうだぜ」
馬に揺られながら後ろを見上げると、すぐそばでユージンが楽しそうに言う。
ザラは馬に乗れない。なのでユージンに二人乗りを頼み、ココとデニーの件を解決するため、今日は予定を変更してアルベルゾ村へ向かっていた。
何かと頼りになるのはもちろん。ダリルは騎馬が得意ではなく、戦犯は外し、ずば抜けた容姿のヘルムート・アシュレイによる二次災害を避ける、という消去法が彼の選ばれた理由である。
「順調だね。ほんとにみんな有能でありがたい」
「お前こそいろいろ面白いことを思いつく。有能だろ」
(あたしの場合、自分の能力というより前世知識のお蔭だしなー)
「ありがと。でも一人で馬に乗れるように、これから練習するわ」
「根を詰めるなよ。こうやって俺を頼ればいいだけだ。他の奴らもそう思ってるさ」
「あんまり無能上司っぷりを晒すと、一カ月後が怖いからね~」
内心恐々としながら冗談めかして言うと、
「だからもう本契約でいいって。お前の好きにしていいと約束したろ」
(いやだからその“約束”、なに!???)
どうしても思い出せない記憶。
奇妙に従順なユージンの言い様から、なんとなく思い出すのが怖くなってくる。
「……気を緩めずに期間を全うする所存です」
「強情だなぁ」
ため息を頭で受けとめ。軽快に進む馬上で、ザラは一人乗りのイメージトレーニングを始めた。
凹凹†凹凹
「……ん?? あれは、トロットの親父さん」
「ってたしか、ホセさん?」
トロット一家の家族構成は、祖父、父、兄、娘(ジャンヌ)、双子の弟。
その父、ホセの姿を認めたユージンが馬の足を止めた。二人で馬を降り、手近な木に繋いでから、道から外れた茂みのあたりにしゃがみこむ男へ近付く。
ホセが振り返った。カウボーイのような格好で、片手に縄を抱えている。
「おん? あんたは……城のバカつえぇ兄ちゃん。そっちは城のお姫さんか」
「はじめまして。ザラと申します」
「親父さん、こんなところで何やってんだ?」
「あれを見ろ」
声をひそめたホセが指差す方を見る。
茂みの先は急勾配の坂になっており、眼下には乾いた砂地が広がっていた。
その砂原の中央あたりにすり鉢状のくぼみ、まるで大きなアリジゴクの巣のようなものがあった。
目をすがめていたユージンが、何かに気付いてハッとする。
「気付いたか? そう――『空桶馬』だっ!!」
「カラオケバー!?」
「からおけ? 『砂窟馬』だろ?」
「スナックバー!?」
「ほう。都会じゃそんな呼び方すんのか。こっちでは“桶いっぱいにくんだ飲み水が空になるまでチャレンジしても、捕まえることのできない暴れ馬”っていわれてるぜ」
空耳のせいで頭に「?」を浮かべるザラに、ユージンが説明する。
砂窟馬、またの名を空桶馬は、砂地を好む野生種だ。
普通の馬の何倍もの力や体力を持つが、気性の荒さも段違い。その道の専門家でも、飼い馴らすのは至難の業だという。
「二週間くらい前にここへ現れるようになってな。奴を捕まえようとオヤジが年寄りの冷水発揮して、片腕をポッキリやっちまってよ。ジャンヌには諦めろとブチ切れられたが。空桶馬の飼育は我が家の悲願、簡単に諦められるもんじゃねぇのさ」
(うわー。本当に話を聞く暇なかったんだ……)
祖父の負傷により。家事と幼い弟たちの世話、そこに介助まで加わったジャンヌの負担が増加。機嫌の悪化につながっているらしい。
「だが毎日チャレンジしているものの……。さすがに心が折れかけてるがな」
「――なぁ親父さん。もし俺が捕まえられたら、ザラの頼みを聞いてくれないか」
「ユージン……!?」
「ほお~? 兄ちゃん、本気か? 奴は馬のプロのオレですら、怪我せずに撤退するのがやっとの大物だ。いくらあんたでも無傷じゃ済まないぜ」
「やってみなきゃわからないだろ」
「待ってよ。そんなヤバイ馬、いくらなんでも危険だわ」
「お前はここで応援しててくれ」
「ちょっとユージンっ!!?」
慌てて引きとめるザラの頭をひと撫でして、軽やかに斜面を降りていく。
アリジゴクふうの穴の手前まで近付くと。砂を押し流し、穴の底からぬうっと黒い頭が現れた。
「……ブルルル……」
「ヒエェッ!! でかっ!!」
「普通の馬の二回りくらいはあるからなー」
ゆっくりと砂の中から巨体をあらわにする黒毛の馬。
一度大きく頭を振って砂をまき散らす。穴の上に立つユージンをピタリと見つめ。
「ブルアアアアァァァッッ」
いななくというよりは咆哮を響かせて、馬が駆けだした。
粒子の細かい砂の上を、足をとられることなく猛烈なスピードでユージンに迫る。
その突進を軽くかわすと、そのまま駆け抜けていった馬を追いかけた。
「ブルオオオオンッ」
「おっと。たしかに当たったら無傷じゃ済まないな」
近付いた瞬間、放たれた強烈な後ろ蹴りを避ける。
砂原を円を描いて駆けた後、ユージン目がけて馬が勢いよく突進した。
自動車並みの速さだ。さらに尋常ではない体躯。かすっただけでも普通の人間ならひとたまりもない。
そんな危険極まりないロデオチャレンジが、十数分ほど続いた頃。
荒ぶる巨大馬が目前に迫った瞬間。ユージンが大きく屈み、真上にとんだ。足をとられる砂の上とは思えない、高い跳躍。
そして突っ込んできた馬の背に、見事なタイミングで降り立った。
馬が激しく暴れる。振り落とそうとする勢いも並の馬の比ではない。
「いいぞ兄ちゃん、いけー!! てか落ちたらたぶん確実に死ぬぜ!!」
「ヒエエエ!! 労災的な補償はまじめにやるつもりだけど絶対だめえええ!!!」
「おい砂窟馬。そういうことだから、大人しく従ってくれ」
「ブルアアッ!?」
「うちの姫の下で働くのも、悪くない人生……いや馬生だと思うぜ?」
太い首の根元に両腕を回してしがみつくユージンが、馬の尻の近くを蹴った。
馬がますます荒れ狂って駆けまわる――。
だが徐々に力強い脚は一定のリズムをきざみだし、テンポの良い並足に変わった。
いつの間にか馬の背にまたがり、砂原を軽快に一周したあと。
穏やかに斜面をのぼり、ザラの目の前で砂窟馬から降りたユージンが満面の笑顔をみせた。
興奮したホセが拍手喝采しながらユージンに駆けよる。
「兄ちゃん、あんた本物の化け物だな!! なぁ、うちのジャンヌを嫁にもらう気ないか? 年頃もピッタリだろ。どうだ!?」
軽く顔を見合わせてから、ユージンが笑顔でザラを指差した。
「悪いな親父さん。俺はこいつのモノなんだ」
「――――っっっ!!???」
「そうか~。こういう系が好みなら、ジャンヌはないな」
「好みとかいう話でもないけどな」
「ホセさん違います違います。ユージンは何か雇用契約を誤解してるみたいで。うちはべつに職場恋愛も結婚も禁止してませんので、」
「あーね。一緒に仕事してる相手とデキちまうってのはよくある話だ」
「だから違いますってーーっ!!!」
「俺なんかおかしなこと言ったか?」
「おかしなことしか言ってないーーーっっ!!!!!」
(まさかの伏兵。筋肉兄貴は天然のタラシだった!?)
邪気のない顔を向けるユージンに、ザラは危険なロデオ以上の恐怖を感じた。
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