公爵家のワガママ義妹、【道の城】はじめました!

パルメットゑつ子

文字の大きさ
16 / 52
chapter2__城、始動

馬の耳に嵐(4)

しおりを挟む


 明るい雰囲気のなか、おしゃべりを弾ませる幼なじみ。
 それを孫を見守るような目で眺めていたザラだったが……。

(ああ~~。エンドレに手伝わせてるけど、やっぱりデザートが遅れてる。イアンはまだ見習いだったせいか、デザート系は不得意なのよね)
(こうなったら。よい大人は絶対真似しちゃいけません案件……っ!)

 廊下を振り返り、壁際に待機していたアシュレイに目配せする。
 馬の面が頷き、メインホールに入った。静かに二人のテーブルの傍に立つ。

「こちらは60年物のヴィンテージになります。いかがでしょうか」
「高そうなワインだな~。本当にタダで飲んでいいのかよ?」
「もちろんです」
「……うおぉっ!? なんだこれ、めちゃくちゃうんめええ!!」
「じゃああたしも、少しだけいただこうかな?」
「はい、……っ!」
(あ……っっ!?)

 ココの方へ向き直ったアシュレイが、ぐらりと傾いた。
 見れば足元には使用後のテーブルナプキン。どうやら二人のどちらかが気付かず床に落としてしまったらしい。
 それを片足で引っかけ、つまずいた。

(運、悪ーっっっ!!! まずい、ワインが!!?)

 なんとか転ばず踏みとどまったものの。
 抱えたボトルの口からあふれ出た液体が、グラスを差しだすココに降りかかる、その瞬間――。

「きゃっ!?」

 ガタン、と大きな音。それから小さな悲鳴が響いた。
 椅子を倒して立ち上がったココが、グラスを持つ手をぴんと伸ばし、立ち尽くす。
 その中には、彼女にかかると思われたワインが見事に収まっていた。

「――え?? え???」

 だが神業ともいえるナイスキャッチに一番驚いたのは本人らしい。
 怯えのにじむ顔でグラスを置き、あたりを見回す。
 皆がココに注目するなか、部屋の片隅でかすかな咳払いがしたかと思うと。

 突如、シャンデリアの明かりや照明が一瞬にしてかき消えた。

「うわっ!?」
「きゃあっ!? な、なに!?」

 いきなり訪れた闇に、ココとデニーが慌てふためく。
 はじめは一緒に驚くザラだったが。犯人の意図を察し、その場に踏みとどまった。

(こぼれたワインがココにかかるのを、しまったせいで……)

 部屋の窓際、床までとどくカーテンを翻し。忽然と青年が現れた。
 彼も馬の面を装着している。だが他の四人とは異なり、顔のほとんどを覆う兜をつけ、目を真っ赤に血走らせた恐ろしげな軍馬の絵柄だ。

 二人の方へ歩いていきながら、すっと片手を上げる。
 するとテーブルの中央に飾られていた花が光を灯した。再び悲鳴が上がる。
 淡い光にぼんやり照らしだされた軍馬が、低い声で名乗った。

「――私は『常闇の王』――」

(予定にないタイミング&演出ひっさげて登場したあーーー!!!?)

「あいつやってんな」
 魔法を見たダリルがぼそっと呟く。すぐさま頭を切り替えたザラは、怪現象と怪人物に目を白黒させる二人へ声を張り上げた。

「なんということでしょう!? 常闇の王が600年の眠りから目覚めてしまったようです! どうかお二人の力をお貸しください!」
「はっ!? ち、力って、どうすりゃいいんだよ!?」
「“愛”です! 冷酷な魔人は尊い愛を目の当たりにすると、精神にゲシュタルト崩壊的なダメージを受けてわけわかんなくなって滅びるはず!!」
「まじでわけわかんねーぞ! そんな設定で大丈夫か!?」
「さぁデニーさん、プロポーズです!! 熱くたぎるプロポーズで、ココさんへの深い愛を見せつけてくださいませっ!!」

 ダリルを無視して煽ると、震えるココの肩を抱いたデニーの顔に決意が浮かんだ。

「……お前が『レース早編み全国大会(※決勝戦開催地:王都)』で優勝した時から、都会で手仕事しながら暮らすことに憧れてるのは知ってる」
(おお。なんかすごそうな特技の持ち主だった)

 恐怖を張りつけていた表情を変え、ココが気まずそうに俯いた。
 そんな彼女を正面からひたと見すえ、続ける。

「おれと結婚したら一生村から出られないと思ってんだろ。んで都会者にちょっと口説かれたらその気になっちまって。前から思ってたけどお前、思い込み激しいぞ」
「なっ!? ……思い込み激しくて悪かったわね」
「こんなやべー城に住みついて、田舎者を招待する酔狂な都会者がいるように。好きな時に好きに都会へ行けばいい。そんな自由な田舎者がいたっていいだろ」

 そう言うとココの手をとり、ポケットから取りだした物をその指にはめた。
 中央にパールのような立体的な装飾がついた指輪だ。

「シャンクボタン。糸を通す脚を潰し、指輪にろう接したのか」
「かわいいね」
「どれどれ。へえ……原価安そうなわりには、悪くないじゃん」

 常闇の王が解説を入れた。近寄ってきたダリルとアシュレイが指輪を褒める。
 装飾的なボタンをろう接、いわゆるハンダ付けした手作り品のようだ。

「前に荷を積み出しに行った奴から聞いたんだ。最近こういうのが都会の娘たちの間で流行ってるんだと。安いのに見栄えがいいって」
(プチプラってやつ? どこの世界の女子も、オシャレ好きさんが多いんだね~)

 ココがまじまじ自分の指を見つめる。
 夜目がきくザラには、その瞳がキラキラと輝きだすのがわかった。

「今、カインじいさんに弟子入りしてろう接の修行してんだ。もっと上手くなったらこういうのをいろいろ作って、お前のレースと一緒に王都へ売りに行こうぜ。ついでに観光したりさ」
「デニー……」
「ココ。結婚しよう」


「――……はい!!!」


 デニーがココをしっかり抱きしめた。
 ザラ、ダリル、アシュレイが拍手を送る。いつの間にかザラの傍で様子を見ていたユージンが口笛を吹く。

 晴れやかな祝福の余韻が、少しずつ落ち着きを取り戻していくと。
 全員の視線がクールに二人を見守る常闇の王に注がれた。

「…………うっ」

「こちらは『無事精神崩壊して滅びそうだよのポーズ』です。たぶん」
「大根なんだよなぁ」
「これどんな状況ですか」
「おう、エンドレ。プロポーズが成功したら、無事ヘルムートが崩壊した」
「どんな状況ですか?」

(こういう演技、苦手そうなの知ってて無茶振りしてごめん。お疲れ様……)

 ぎこちなく膝をついて呻いたヘルムートを、ザラは心でねぎらった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

処理中です...