公爵家のワガママ義妹、【道の城】はじめました!

パルメットゑつ子

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chapter2__城、始動

馬の耳に嵐(5)

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 ジャキンッ。
 鋭い音。それからザクザクと布が断ち切られる音が、静寂の部屋に響いた。

(……これも遅れてやってきた、“日頃のツケ”の一部か……)

 軽やかにハサミを操りドレスを切り裂いていく。
 ジャンヌの涼しい表情を、ザラはなすすべもなく眺めることしかできなかった。


   凹凹†凹凹


「わりぃ。ジャンヌを説得するつもりが、よけい怒らせちまってよ~」

 ココとデニーを招待したディナーが始まる少し前。ホセが謝りに来た。

「なにやってんだよ親父さん。せっかくカラオケを捕まえたのに」
「や、そいつが原因なんだわ。『他の何倍も飯を食う暴れ馬なんて、うちを破綻させる気かっ』ってな」
「ああぅ……たしかに維持費がかかりそう……」
「だもんで。説得は続けてみるが、気長に待ってもらえっと助かるぜ」

「だから俺は“スナック”の方がいいって言ったのによ」
「うん、名付けの問題ではないかな。ジャンヌの気持ちもわからなくないし……」
(今はまずココとデニーの件を解決して、信用を勝ち取るのが先だよね)

 帰っていくホセの後ろ姿に不満をもらすユージンをなだめ、気合いを入れ直す。

 そして無事ディナーを成功させ。
 翌日。改めてジャンヌの件に着手しようとしたところ……。

「こないだはうちのバカ親父が世話になったね」

 ザラのもとに、ややバツの悪そうな顔をした本人がやって来たのだった。

「その……昨日、ココから聞いたよ。あんたたちのお蔭で、デニーと結婚する決心がついたって」
(ココ、ありがとう~!! 帰りに馬車を停めて、トロット家に寄ったってユージンから聞いたけど。きちんとジャンヌに報告してくれたんだ)

 幼なじみの問題を解決したことで、やっと話を聞く気になったようだ。
 喜んでジャンヌを招き入れ、商談場所としてメインホールへ案内しようとすると。

「その前に。あんたのドレスを1着もらえるかい」
(えっ???)
 不思議な交換条件。驚きながらも、事業を進展させたいザラは二つ返事で頷いた。

「いいわよ。どれでも好きな物を選んでちょうだい」


(その結果が――まさかのドレス切り裂き事件)


 ザラの部屋でドレスを物色して、1着選ぶと。おもむろにジャンヌがエプロンからハサミを取りだし、それを切り刻みはじめたのだった。

 馬の耳に風。
 そんな言葉が、あっけにとられて見守るザラの頭に浮かぶ。

(これまでのあたしの所業をだいたい知ってるご近所さん。問題を1個解決した程度じゃ足りない。ドレスをズタボロにする嫌がらせでもしないと気が済まないくらい、嫌われてたってことか……)

 ハサミを動かす手は止めず、ジャンヌがちらりと横目を向けた。

「案外冷静だね。ドレスをこんなにされて、秒で怒り狂うと思ったのにさ」
「……ドレスなんかどうでもいいわ。それで気が済み、話を聞いてもらえるのなら」
「ふぅん。なんかあんた、ちょっと変わったね」
 言いながらも、険のある目を細める。

「だけど、どうする? ドレスをダメにするだけじゃ足りないって言ったら。この先もいろいろ要求するつもりでいるアタシと、関わる気があるのかい」
「なにが欲しいの」
 質問には答えず、ジャンヌが口の片端を上げた。

「お高くとまったお嬢様にはとても耐えられない、恥ずかしい思いをするよ。そんな要求してくる奴を、傍に置くなんて無理だろう?」
「……う~ん。それは内容にもよるかなぁ。でも、」

「少なくともあたしは、あなたが想像するようなお嬢様じゃないわ」

 ザラがジャンヌをしっかりと見据える。一瞬、ハサミの動きが止まった。

「はじめは孤児院育ち。母に引き取られてからは、生き延びるためにガチでゴミあさりもやってたわ。市場では腐りかけの果物とか、なるべく目こぼししてもらえそうな物を選んでかすめ取ったり」

 マグダレナが男爵家の養女になったのは3年ほど前だ。
 それまでは町を転々とし、夜の酒場などで働く彼女から、ザラはほとんど放置される生活を送っていた。

「貧民街の子どもだと町の人たちに嫌がられて、井戸水を汲ませてもらえないのもしょっちゅうだったし。川の水をそのまま飲んで何度もお腹を壊したわ。そのぶん胃腸は鍛えられたかなー。……高級フルーツには負けたけど」

「世間一般で恥ずかしいとか、みじめとか思うような生活だったと気付いたのは、貴族の屋敷で生活するようになってから。それまではそんな認識すらなかった」
(ついでに今は前世の生活水準まで思い出して、たまに顔が虚無になってます。)

「こういう経験って、“お高くとまったお嬢様”には耐えられないかもね」

 微笑むザラに、ジャンヌがひるむ。だがすぐとげとげしく言い返した。

「……かわいそうな過去があれば、やりたい放題やってもいいと思ってる?」
「もちろん違うわよ。だから反省して……」
「だったらその反省とやらが、口先だけじゃないか見せてみろってことさ」
「……」

 ハサミの切っ先を向けてくるジャンヌに、ザラはゆっくり首を縦に振った。


   凹凹†凹凹


「……長いな」

 廊下の一角。
 ヘルムートが落としたささやかな懸念に、集まっていたいつものメンバーが反応した。皆、部屋の中の様子が気になっているのだ。

「なんかあのねーちゃん、こえー目つきしてたし。ザラ一人で大丈夫かよ」
「ジャンヌは理性的な女性です。……まれに限界を超えるとキレ散らかすこともあるようですが」
「ザラは一人で背負いこもうとするところあるから。ちょっと心配だね」

 こそこそ話に焦れたのか、ユージンが片手で頭を掻きながら言う。

「なぁ。バレない程度にドアを開けて、様子を見てみようぜ」
「の、覗きはよくないですよ。後でザラ嬢に叱られて、不名誉な称号をいただく羽目になります」
「そこをバレないようにうまくやるんだろ。……一番手先が器用なのはオレだな」
「ちょ待っ……。ヘルムート、傍観してないで何か魔法的な良案出してくださいよ」
「無茶を言うな」

 小声での話し合いがにわかに紛糾しはじめた、ちょうどその時――。

 ガチャ。

「……あ、皆。そこにいたの」


「「「「「…………え…………?????」」」」」


 ドアを開け、現れたザラの姿に。五人が直立不動で釘付けになった。

「あら皆さんお揃いで。いかがかしら? アタシの最高傑作――、」

 背後から彼女の肩を両手で支えるように立つジャンヌが、ニタリと邪悪な笑みを浮かべる。


「『義妹天使 ~今日は近所のお姉さんと楽しいお茶会~』の破壊力はっっ!!?」

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