公爵家のワガママ義妹、【道の城】はじめました!

パルメットゑつ子

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chapter2__城、始動

無自覚の危険性

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「本当に助かったよ。昨夜はゆっくり眠れたと、母も喜んでいた」
「お役に立てて幸いです」
「ビサイツィアに帰ったら、友人たちにこの城を勧めておこう」
「ありがとうございます!」

 ザラに明るく言うと、壮年の紳士が馬車に乗りこんだ。奥に座る老年の婦人が笑顔で手を振る。
 御者が扉を閉め、雨上がりの道を二頭の馬が軽快に歩きだす。少しの間、遠ざかっていく馬車を城門から眺めた。

(ホセさんのプロの勘、さすがだわ)

 昨夜、急に天気が悪化し、ホセがユージンを連れて付近の街道を見回った。
 するとぬかるみにはまって立ち往生している馬車を発見。道の城まで導き、乗っていた母子たちがそのまま一泊したのだった。

(お客様に満足して帰ってもらうの、楽しいな~)
(ぼちぼち客足も伸びてきているし。秘密箱を売ったお金で、設備投資できた成果が出てきて嬉しい!)

 ノヴァから受け取った大金を使い、まずは客室の寝具を新調した。
 上級宿とはいえないが、地方にしては良い方だろう。少なくとも安宿は脱出した。

「そして今日からついにっ――下水道の改修工事!!」

 ザラがひとりで興奮ぎみに拳を握りしめた。

 実はかねてより切望していた、城の下水施設のリフォーム。
 科学が発達した前世の水準には遠く及ばないものの、この国にもそこそこの下水処理技術がある。王都にはそれなりの規模の処理施設も存在する。

(もちろん王都レベルのものは望めないけど。まず排水管全体を修繕、補強。それから川の水質を悪化させずにすみそうな処理槽を設置)

 いわゆる前世の浄化槽並の性能はない、もう少し単純な構造のものだ。
 幸い、処理した廃水を放流するのはアルベルゾ村など近隣に影響の少ない川。ヘルムート・エンドレと何度も話し合い、問題ないだろうと結論をだした。

 当然この工事は専門家に依頼している。ヘルムートの計算によれば、皆(主にユージン)が手伝えば二週間ほどで完成するだろう、だそうだ。

「そしてそして。工事が成功すれば、次は! 念願の水洗トイレだ~~!!!」

 こちらもやはり、現代日本の水洗式のような高品質なものは存在しないが。
(それでも清潔さ・快適さは段違いよ!)
 トイレを事業の“最重要”と位置付けるザラにとって、衛生的な水洗化はどうしても実現させたい設備強化だ。

(上水(井戸)と下水がしっかり分かれて造られていたお蔭で、思いの外順調。経費的にもギリギリ破綻なし。築城した城主の衛生観念に感謝しないとね)

「とはいえ人材不足になったら笑えないわ。アシュレイ以外にも本契約してもらえるように頑張らなきゃ。……でもこの調子なら、案外いい返事がもらえるかな?」

 昨夜のどしゃ降りが嘘のような晴天の下。ひとつ大きな伸びをして、ザラは鼻歌まじりに皆が待つ城館へ戻っていった。


   凹凹†凹凹


「この杖を調べたい。しばらく私に預けてもらえないだろうか」
「うん、むしろお願いします。……あなたまで正気を失ったりしないでね」
「ああ。気を付ける」


(……って。ノヴァがぶん回してた謎の杖を、ヘルムートに任せたわけだけど)

 試用期間終了まであと数日に迫った夜。
 ザラはヘルムートの部屋の前で少しの間逡巡した。

(なんだかやばそうなアイテムだもの。普段の仕事もある中、短期間で調べきれるとは思えないんだよね。ジックリネットリ取り組みたい感がもれてたし……)

 手にした紙を見下ろす。エンドレの手は借りず、ザラ一人で作成した書類だ。
 おそらく隠し部屋で発見された杖。それを調査する間、無期限でヘルムートが借用する、という内容だ。

(一応イゼルラントの所有物かもしれないから。正式なものじゃなくても、こうやって一筆したためておけば後々トラブルになりにくいはず)

 もしヘルムートが本契約をせずここを出ていけば、気軽に会うのは難しくなるだろう。それで文書に残しておこうと思い付いたのだ。
 杖の貸し出しを理由に引きとめることも考えたが。あまり悪質なやり方をするのは「心を入れ替えた」手前、悩んだ末に断念したのだった。

 ようやくドアをノックする。
 部屋に入ったザラが書類を手渡すと少し驚いたあと、すみやかにサインをした。

「こうしておけば、お互い安心感あるかなって」
「その通りだ。……君は変わったな」

 やや感慨深げな観察の視線へ愛想笑いを返し、書類を受け取る。

「それじゃ、おやすみなさい……? ヘルムート?」
「……あ。いや……」

 きびすを返したとたん、手首を掴まれて振り返る。
 ヘルムートがわずかに目をさまよわせ。放した手をザラに差しだした。

「ついでだ。契約書にもサインをするから渡してくれ」
「……ほえっ???」
「本契約。私の気が変わらないうちに、持ってきた方がいいんじゃないか」
「っ!? はっはい!! ただいま!!!」

 予想外の言葉に。上擦った返事をするやいなや、ザラが部屋をとびだした。
 自室へ入るとまっすぐ契約書を掴んで引き返す。

 頬を紅潮させてとびこんできたザラを見て、ヘルムートが片手で口元を押さえた。
 顔を俯け、肩をかすかに震わせている。

(……わ、笑ってる?)

「あのー。本契約してもらえるんだよね!?」
「……ああ、……ふっ……。すまない、なにか形容しがたい顔をしていたので」
「そんなにヒドイ顔してた……?」
「酷い、わけでは、……くくっ……」
(普段だれかの冗談でクスリともしない人のツボにはまる顔って、どんな??)

 しばらく静かに笑い続けるのを眺めてから、つっけんどんに契約書を差しだす。

「早くサインいただけますかー」
「わ、わかった。……っ」

 俯きかげんのまま、ヘルムートが伸ばした手を止めた。
 その指先に、かすかに赤いものがにじむ。書類の端で切ったようだ。
 ごく小さな傷口をちらりと見やり、もう片方の手で契約書を受け取った。

「これでついでに拇印も押しておくか。……ザラ?」
「…………」

 やっと笑いをおさめ。急にぼんやりしたザラの顔を覗き込むと。

 細い両手が緩慢に動き、そっとヘルムートの手をとる。
 それを顔の前に持ちあげると、ザラがどこか焦点の合っていないような目で指先を見つめた。

「ヘルムート。いたい……?」
「気にするな。こんなもの、傷と呼ぶほどのものでは……――」

 言葉の途中でヘルムートが鋭く息を呑んだ。
 こわばった指先から驚きが伝わってくる。


(……あれ?? あたし、何をしてるの……??)


 ザラの舌に錆びた鉄のような味が広がった。
 殊更ゆっくりと目を伏せ。ごくりと喉を鳴らして――。


「――っっ!? あっ!? ご、ごめんなさい!!」

 我に返って目を開けたザラが、慌ててヘルムートの手を放した。
 優美な長い指先。そこに一筋流れた血が跡形もなく消えているのを見て、かっと頬が上気する。

(あたし、ヘルムートの指を……っ、舐め……っっ!??)

 真っ赤になった直後、ザラが一気に顔を青ざめさせた。

「ももも申し訳ございませんでしたああーーーっっ!!!!!」

 叫びながら走って部屋を出る。扉を閉める一瞬、呆然と立ち尽くすヘルムートが視界に入った。
 目を見開き、いつも冷静沈着な彼が“なにか形容しがたい”表情で固まっている。

 一目散に自室へ駆けこみ。ベッドに倒れ込み。両手で頭を抱えて呻く。


「うわあああ!!? セクハラ事案発生(させた)あああああ!!!!?」


 無自覚の行動に、混乱と後悔と危機感でいっぱいいっぱいのザラが眠りについたのは、東の空が白みはじめた頃だった。

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