27 / 52
chapter2__城、始動
無自覚の危険性
しおりを挟む「本当に助かったよ。昨夜はゆっくり眠れたと、母も喜んでいた」
「お役に立てて幸いです」
「ビサイツィアに帰ったら、友人たちにこの城を勧めておこう」
「ありがとうございます!」
ザラに明るく言うと、壮年の紳士が馬車に乗りこんだ。奥に座る老年の婦人が笑顔で手を振る。
御者が扉を閉め、雨上がりの道を二頭の馬が軽快に歩きだす。少しの間、遠ざかっていく馬車を城門から眺めた。
(ホセさんのプロの勘、さすがだわ)
昨夜、急に天気が悪化し、ホセがユージンを連れて付近の街道を見回った。
するとぬかるみにはまって立ち往生している馬車を発見。道の城まで導き、乗っていた母子たちがそのまま一泊したのだった。
(お客様に満足して帰ってもらうの、楽しいな~)
(ぼちぼち客足も伸びてきているし。秘密箱を売ったお金で、設備投資できた成果が出てきて嬉しい!)
ノヴァから受け取った大金を使い、まずは客室の寝具を新調した。
上級宿とはいえないが、地方にしては良い方だろう。少なくとも安宿は脱出した。
「そして今日からついにっ――下水道の改修工事!!」
ザラがひとりで興奮ぎみに拳を握りしめた。
実はかねてより切望していた、城の下水施設のリフォーム。
科学が発達した前世の水準には遠く及ばないものの、この国にもそこそこの下水処理技術がある。王都にはそれなりの規模の処理施設も存在する。
(もちろん王都レベルのものは望めないけど。まず排水管全体を修繕、補強。それから川の水質を悪化させずにすみそうな処理槽を設置)
いわゆる前世の浄化槽並の性能はない、もう少し単純な構造のものだ。
幸い、処理した廃水を放流するのはアルベルゾ村など近隣に影響の少ない川。ヘルムート・エンドレと何度も話し合い、問題ないだろうと結論をだした。
当然この工事は専門家に依頼している。ヘルムートの計算によれば、皆(主にユージン)が手伝えば二週間ほどで完成するだろう、だそうだ。
「そしてそして。工事が成功すれば、次は! 念願の水洗トイレだ~~!!!」
こちらもやはり、現代日本の水洗式のような高品質なものは存在しないが。
(それでも清潔さ・快適さは段違いよ!)
トイレを事業の“最重要”と位置付けるザラにとって、衛生的な水洗化はどうしても実現させたい設備強化だ。
(上水(井戸)と下水がしっかり分かれて造られていたお蔭で、思いの外順調。経費的にもギリギリ破綻なし。築城した城主の衛生観念に感謝しないとね)
「とはいえ人材不足になったら笑えないわ。アシュレイ以外にも本契約してもらえるように頑張らなきゃ。……でもこの調子なら、案外いい返事がもらえるかな?」
昨夜のどしゃ降りが嘘のような晴天の下。ひとつ大きな伸びをして、ザラは鼻歌まじりに皆が待つ城館へ戻っていった。
凹凹†凹凹
「この杖を調べたい。しばらく私に預けてもらえないだろうか」
「うん、むしろお願いします。……あなたまで正気を失ったりしないでね」
「ああ。気を付ける」
(……って。ノヴァがぶん回してた謎の杖を、ヘルムートに任せたわけだけど)
試用期間終了まであと数日に迫った夜。
ザラはヘルムートの部屋の前で少しの間逡巡した。
(なんだかやばそうなアイテムだもの。普段の仕事もある中、短期間で調べきれるとは思えないんだよね。ジックリネットリ取り組みたい感がもれてたし……)
手にした紙を見下ろす。エンドレの手は借りず、ザラ一人で作成した書類だ。
おそらく隠し部屋で発見された杖。それを調査する間、無期限でヘルムートが借用する、という内容だ。
(一応イゼルラントの所有物かもしれないから。正式なものじゃなくても、こうやって一筆したためておけば後々トラブルになりにくいはず)
もしヘルムートが本契約をせずここを出ていけば、気軽に会うのは難しくなるだろう。それで文書に残しておこうと思い付いたのだ。
杖の貸し出しを理由に引きとめることも考えたが。あまり悪質なやり方をするのは「心を入れ替えた」手前、悩んだ末に断念したのだった。
ようやくドアをノックする。
部屋に入ったザラが書類を手渡すと少し驚いたあと、すみやかにサインをした。
「こうしておけば、お互い安心感あるかなって」
「その通りだ。……君は変わったな」
やや感慨深げな観察の視線へ愛想笑いを返し、書類を受け取る。
「それじゃ、おやすみなさい……? ヘルムート?」
「……あ。いや……」
きびすを返したとたん、手首を掴まれて振り返る。
ヘルムートがわずかに目をさまよわせ。放した手をザラに差しだした。
「ついでだ。契約書にもサインをするから渡してくれ」
「……ほえっ???」
「本契約。私の気が変わらないうちに、持ってきた方がいいんじゃないか」
「っ!? はっはい!! ただいま!!!」
予想外の言葉に。上擦った返事をするやいなや、ザラが部屋をとびだした。
自室へ入るとまっすぐ契約書を掴んで引き返す。
頬を紅潮させてとびこんできたザラを見て、ヘルムートが片手で口元を押さえた。
顔を俯け、肩をかすかに震わせている。
(……わ、笑ってる?)
「あのー。本契約してもらえるんだよね!?」
「……ああ、……ふっ……。すまない、なにか形容しがたい顔をしていたので」
「そんなにヒドイ顔してた……?」
「酷い、わけでは、……くくっ……」
(普段だれかの冗談でクスリともしない人のツボにはまる顔って、どんな??)
しばらく静かに笑い続けるのを眺めてから、つっけんどんに契約書を差しだす。
「早くサインいただけますかー」
「わ、わかった。……っ」
俯きかげんのまま、ヘルムートが伸ばした手を止めた。
その指先に、かすかに赤いものがにじむ。書類の端で切ったようだ。
ごく小さな傷口をちらりと見やり、もう片方の手で契約書を受け取った。
「これでついでに拇印も押しておくか。……ザラ?」
「…………」
やっと笑いをおさめ。急にぼんやりしたザラの顔を覗き込むと。
細い両手が緩慢に動き、そっとヘルムートの手をとる。
それを顔の前に持ちあげると、ザラがどこか焦点の合っていないような目で指先を見つめた。
「ヘルムート。いたい……?」
「気にするな。こんなもの、傷と呼ぶほどのものでは……――」
言葉の途中でヘルムートが鋭く息を呑んだ。
こわばった指先から驚きが伝わってくる。
(……あれ?? あたし、何をしてるの……??)
ザラの舌に錆びた鉄のような味が広がった。
殊更ゆっくりと目を伏せ。ごくりと喉を鳴らして――。
「――っっ!? あっ!? ご、ごめんなさい!!」
我に返って目を開けたザラが、慌ててヘルムートの手を放した。
優美な長い指先。そこに一筋流れた血が跡形もなく消えているのを見て、かっと頬が上気する。
(あたし、ヘルムートの指を……っ、舐め……っっ!??)
真っ赤になった直後、ザラが一気に顔を青ざめさせた。
「ももも申し訳ございませんでしたああーーーっっ!!!!!」
叫びながら走って部屋を出る。扉を閉める一瞬、呆然と立ち尽くすヘルムートが視界に入った。
目を見開き、いつも冷静沈着な彼が“なにか形容しがたい”表情で固まっている。
一目散に自室へ駆けこみ。ベッドに倒れ込み。両手で頭を抱えて呻く。
「うわあああ!!? セクハラ事案発生(させた)あああああ!!!!?」
無自覚の行動に、混乱と後悔と危機感でいっぱいいっぱいのザラが眠りについたのは、東の空が白みはじめた頃だった。
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。
しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い!
声が出せないくらいの激痛。
この痛み、覚えがある…!
「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」
やっぱり!
忘れてたけど、お産の痛みだ!
だけどどうして…?
私はもう子供が産めないからだだったのに…。
そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと!
指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。
どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。
なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。
本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど!
※視点がちょくちょく変わります。
ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。
エールを送って下さりありがとうございました!
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる