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chapter3__城、営業中
間に合わせ、回り合わせ
しおりを挟む「彼の名前は――“アーシャ”です」
明るい陽光の差しこむメインホール。
ザラが硬い声で言うと。数秒の間をおき、アシュレイが優雅に一礼した。
「アーシャと申します。どうぞお見知りおきください」
「そ、そう……。人違いだったようね、ごめんあそばせ」
一目で貴族とわかる、上品に着飾った婦人がどぎまぎして返す。
気まずい雰囲気をものともせず、アシュレイが穏やかな笑顔を浮かべた。
「紅茶のおかわりはいかがでしょうか」
「……いただくわ」
「今日はすがすがしい天気ですね。この後はどちらまで?」
「ええ……、少し足を伸ばしてバレーネ湖へ」
「素敵ですね。ボートに揺られながら昼寝をしたら気持ちよさそうです」
「ふふ、ボートには乗りますけれど。女だてらに釣りをいたしますの」
「それは素晴らしい」
(……よかった~、空気がなごやかになってきた。案外、接客うまいじゃない(若干エンドレ風?))
(でも貴族相手の接客は控えめにしなきゃ……)
ほがらかに会話を続ける二人からそそくさと離れ、ホールを出てため息をつく。
「貴方はもしや……アシュレイ・ディートリヒ様ではございません?」
(ま、まずい――!!)
昨夜一泊し、遅めの朝食をとりにきた貴族女性。給仕をしたアシュレイの顔をまじまじ見つめると、そんな声をかけてきた。
アシュレイはおそらく失踪、もしくは死亡したものとして処理されている。
だが一目見たらなかなか忘れられない美貌だ。驚きながらも、ほとんど確信を持った言い方だった。
とはいえ認めてしまえば非常にまずい事態になるだろう。
ちょうど他のテーブルを片付けていたザラが、とっさに割って入ったのだった。
「……ということで。お客様の前では今後、アーシャと呼ぶようにお願いします」
いったん休憩室に一同を集め、なりゆきを説明して周知させる。
ダリルがニヤニヤとアシュレイを見た。
「アーシャって。女みたいじゃん。わりと女顔だし、ジャンヌの着せ替え人形になってやれば?」
「こらっ、お兄ちゃんをからかうんじゃありません!(とっさに言った瞬間、女子名ぽいって思ったけど!)」
「そもそもアシュレイは男女どちらにも使える名前ですから。ともかく、彼の存在がバレないように気を付けなければいけませんね」
からかわれても笑顔のアシュレイをユージンが不思議そうに振り向く。
「アーシャ。とっても良い名前だよね」
「やけに気に入ってるな?」
「うん。……自分が呼ばれる方になるとは思わなかったな」
「?」
「……」
付け加えた呟きは、ユージンの耳には入らなかったが。
わずかの間、ヘルムートがアシュレイにどこか探るような横目を向けていた。
凹凹†凹凹
「……あ。危険行為(が、ちょっとだけ進化してる。)」
エンドレの授業を終えて自室に戻る途中。
ふと窓の外に目をやれば、牢獄塔最上階あたりの暗闇に、ぽつりと小さな明かりが見えた。ランタンの光だ。せめてもの落下防止策だろうか。
こんな時間にあんな場所にいそうな人物は、一人しか思いつかない。
(強引に雇ったこと。余計なお世話と思われてたりするのかな……)
ザラの胸に、今までなるべく考えないようにしていた思いがじわりと浮かんだ。
後悔や罪悪感というには弱く、浅い感情。そう呼ぶにはまだ、彼のことを知らなすぎるのかもしれない。
気付けばザラは城館を出て、厳しい寒さがゆるみはじめた夜気のなか、牢獄塔へ足を運んでいた。
「あれ、ザラ」
「もう春だからって、そんな薄着じゃ風邪を引くわよ。アシュレイ」
長い階段をのぼって最上階に出ると、予想通りの人物が床に仰向けに寝そべっていた。呆れ声で近付き、持ってきた毛布を差しだす。
立ち上がってそれを受け取ったアシュレイが、ぼんやりとザラを見つめ返した。
「今、君に会いたいと思っていたんだ」
「……そういうのはエンドレの真似をしないように」
「違うよ。本当にそう思ったから」
(天然のタラシがここにも……!?)
真顔で返され、おののくザラがぱっと目を逸らす。
「じゃあね。毛布を過信しないで、早めに自分の部屋に戻るのよ」
「星を眺めに来たんじゃないの?」
「従業員の風邪を予防しに来たの」
(星空の下で超絶美形と二人きりとか。なにか変な気分になりそうっていうか……。例の性癖がまた覚醒したら、今度こそ出るとこ出なきゃいけなくなりそうだし)
ヘルムートとの一件で、すっかり自ら(の性癖?)を警戒する癖がついている。
しかし背を向けた瞬間、ザラの両肩にそっと手が触れた。
「ありがとう」
「え……?」
「僕に居場所を与えようと思ってくれて」
前を向いたままのザラの耳元に、アシュレイが顔を寄せる。
「君がくれる優しさは、僕の心をあたため。この世界でいつまでも輝き続ける」
(たしかにエンドレでも、そこまで壮大なスケールの口説き文句は言わないかも)
ぼうっと振り返るザラの肩から手を離す。
アシュレイがいつも通り、深い翳を落とした瞳でにっこり笑った。
「おやすみザラ。明日もお仕事、がんばろうね」
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