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chapter3__城、営業中
モラハラVSワガママ(1)
しおりを挟む「まったく、君はいつまで平民のつもりでいるんだ。一緒にいる僕がどれほど恥ずかしい思いをしているか。少しは理解してほしいね」
「ごめんなさい」
「ほら、また。謝罪にまで品がない。いくら教えてもすぐ忘れてしまうんだからな」
「……申し訳ありません」
(なっ……何この背筋がゾワゾワする会話っ!?)
ゲストルームの一室。その前でザラは思わず足をとめた。
(中にいるのはモーラー子爵夫妻で間違いないわよね。あの若い子爵、優しそうな愛妻家だと思ったのに。ただのパフォーマンスだった……?)
先ほど道の城に到着した、フリッツ・モーラー子爵とその妻カルナ。
結婚を機に父親から爵位を継ぎ、新婚旅行を兼ねて各地を訪れているそうだ。
「なかなか荘厳な城じゃないか。ねえカルナ?」
「はい」
「ここを選んで正解だった。城の主になった気分で過ごしているうちに、きっと君も貴族の暮らしに慣れるだろう」
「はい。感謝します、旦那様」
ザラが出迎えると、馬車を降りたフリッツが楽しそうに妻に話しかけた。
春らんまんの新婚夫婦。だがザラはカルナの沈んだ表情が気になった。
視線に気付いたフリッツが、妻の肩を抱き寄せて言う。
「僕らはユリディス教会の司祭様の仲立ちで結婚したんです。身分の違いはありましたが、彼女の深い信仰心に感銘を受け……。それに親を亡くした悲しみを、僕が家族になって少しでも癒せたらと」
父親と二人暮らしをしていたカルナ。しかし一年前、たった一人の家族を失った。
その父親と懇意にしていた司祭が、家を継いだばかりのフリッツに彼女を紹介したのだそうだ。
「素晴らしい妻を得て、僕の方が先に癒されてしまいましたけどね」
照れたように笑うと、俯きがちなカルナを優しくエスコートして歩く。
仲睦まじい様子にザラも微笑み、城内を案内したばかりだったのだが……。
よくないと分かってはいてもドアにはりつき、漏れ聞こえる会話に耳をすませる。
「はぁ……。後ろ盾があるからって、思い上がるのもいい加減にしてくれ」
「そんなつもりは……!」
「だったらその陰気くさい顔をどうにかしろ。不審がられたじゃないか。我が家の財政が少々困難な状況だったおかげで、何の取り柄もない平民が子爵夫人になれたんだぞ? もっと嬉しそうにしろよ」
「ご……申し訳ありません」
「ああ、まったく……支度金もしょぼかったし。せめて司祭の融資額を減らさないよう、せいぜい“実の娘のように”媚びて甘えるのだけは今後も欠かすなよ。この先もいい暮らしがしたければな」
「…………はい」
(うっっわ絵に描いたよーなモラハラ男。しかも貴族側が金目当ての結婚だったのね。まあ子爵だと領地も少なく、経営不振からの財政難もありがちな話か)
(お客様の事情を偶然知ってしまったとて。あたしはなんにも聞いてません、余計なお節介は厳禁。それが多分この業界の鉄則だろうけど……)
会話が途切れた。やや迷い、間をおいて、ザラはドアをノックした。
「お客様にぜひお試しいただきたいプランがございます」
凹凹†凹凹
「ハーブティーをどうぞ。こちらは当城オリジナルの『ウサギ姫クッキー』です」
「あ、ありがとうございます」
「お会いできて光栄ですモーラー夫人。本日担当させていただきます、エンドレと申します」
「よ、よろしくお願いします」
部屋に備え付けられたテーブルにティーセットを用意するアシュレイに、どぎまぎお礼を言う。
続いて反対側から挨拶をしたエンドレに振り返り、おどおど頭を下げる。
「新プランをお試しくださりありがとうございます、カルナ様。どうかご緊張なさらずに、リラックスしてお過ごしください」
「は、はあ……」
正面でザラがにっこり微笑むと、カルナが困惑顔を返した。
提案したのは、『カップル限定プラン☆ちょっと個性的なドレスアップでトキメキディナー』と題したもの。
カルナにザラのドレスを一つ選ばせ、彼女の好みに合うようジャンヌがアレンジする。エンドレは具体的なイメージを引き出す相談役だ。
お披露目するディナーまでの間、夫には別の場所で過ごしてもらう。なのでこの場にフリッツはいない。
(その心は。ちょっとの時間でもモラハラ夫から引き離して、まずは心穏やかに過ごしてもらう)
(落ち着いたら彼との関係や、別の選択肢なんかについて、考える時間にしてもらえたらなって……)
(これは完全にあたしのワガママ、ただの自己満足だけどね)
余計なお世話とわかっていても。どうしても見過ごせなかった。
それで勢いで思いついた提案をしたのだった。ちなみにこのサービスは「今後の参考にしたい」ということで無料にした。
(ジャンヌが快く引き受けてくれてよかった。今回はミニ丈にできないのに、追加のお手当も無しでいいなんて。「理想のミニ丈モデルは干し草の山から針を探すようなものだから」という謎のこだわりに、これからもしっかり報いよう)
ひとしきり厩舎の方向に感謝の祈りを捧げると、
「それではごゆっくり、ドレスのイメージをふくらませてくださいね」
「あ……っ」
席を外そうとしたザラに、カルナが不安げな、縋るような視線をよこした。
(うーん? 当城きっての温厚やわらか対応イケメン二人に、チヤホヤかしずかれる空間。で、癒されてもらおうと思ったんだけど……)
(よく考えたら既婚者だし。どんなに美形でも初対面の男二人と部屋で三人きりっていうのは、立場上困るか)
思い直して、カルナの正面に座り直す。
「やっぱり私も参加させていただきますね」
「はい。お願いします」
(もしドレスアップもイケメンチヤホヤ作戦も興味ないのなら。なるべく一人の時間を長く過ごしてもらった方がいいかな)
あからさまにホッとしたカルナを見て、ザラは計画を練り直した。
凹凹†凹凹
やはりカルナはドレスに興味がないようだ。
美形男子にも心を動かさない。どこか上の空の様子を見て、ザラはプランを適当にエンドレに任せ、早々に話し合いを切り上げた。
二人を先に退室させ、フリッツのいない部屋にカルナを残して去ろうとすると。
「あの。もう一度見たい場所があるのですが」
「どうぞ、ご自由にご覧になってください」
「その……一緒に来ていただけますか」
「? ええ、構いませんよ」
俯いてボソボソ言うのに了承する。行き先は2階の東西ホールのようだ。
3階の廊下から階段へ向かう途中。ふとカルナが足を止め、窓に目をやった。
窓の外では水道職人たちが大浴場を作るため、忙しく作業をしていた。重そうな建材を軽々と運ぶユージンの姿もある。
(くくく……ワガママ祭大浴場は順調みたいね。あと二週間はかかるからって、ヴィルゴ親方も一旦工房へ帰ったし。職人さんたちの動きのキレが増しているわ)
(わー。ユージンが人類には不可能な量の材木を運んでる。さすが当城きっての筋肉クマさ……んんっ!?)
カルナと並んで窓の外を眺め、ほくそ笑む。
ふと隣を見たザラはぎょっと目を見開いた。
表情は暗く、俯いてばかりだったカルナがほのかに瞳を輝かせ。うっとりと作業現場を眺めていた。
(カルナさん!? まさかお好みはやわらかイケメンではなく、筋肉ですかっ!?)
「あ、急に止まってすみません。行きましょうか」
「は、はい……」
内心の動揺を隠し。ザラはどことなくキビキビと歩きだしたカルナの後に続いた。
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