42 / 52
chapter3__城、営業中
幸せの青い羊(2)
しおりを挟む「わ……わあ~いい子ですねえぇ~~。よーしよしよしよし」
(おお!? エンドレさんが動物を愛し、動物に愛されそうなムーブを!!)
さっそく青い羊の捕獲を試みるエンドレ。ザラが期待のまなざしを向けた。
固唾を呑んで見守るなか。羊へじりじりと距離を詰めていき、広げた両手の指先が青い羊毛に触れる。
その瞬間。糸が切れた人形のように、エンドレが地面に倒れ込んだ。
「「エンドレ(さん)!!?」」
「メメ……」
羊が突然意識を失ったエンドレを軽く一瞥して、視線を戻す。
それからゆったりと歩きだした。まっすぐザラへ近付いてくる。
「メメ……ント……」
「……え……?」
「ザラ!!」
「メ……モリ」
立ちすくむザラをかばうようにヘルムートが前に出る。
奇妙な鳴き声をだして立ち止まり、羊が横長の瞳孔を怪しげに光らせた。
気付いた時、ザラの意識は闇に呑まれていた。
凹凹†凹凹
<……黒歴史を捧げよ……>
(黒歴史……いろいろあるなー)
頭に直接響いてくる声に、ザラがぼんやり記憶をたぐり寄せる。
(孤児院にいた頃。「パンの中には神様がいる」という教えをガチで信じ、「せめて長く苦しませないように……」と一気に口に詰め込み&高速で咀嚼してました)
(貧民街生活の頃は。生きるために仕方なく、市場でコソコソ食べ物を盗んだり)
(公爵家に居候するようになってからは、眠っていた欲望に火がついちゃった、みたいな。ワガママ三昧に明け暮れまして今に至ります……)
恥じ入りながら締めくくると不満げに、謎の声が低く呻いた。
<……足りぬ……もっと深く暗く、恥辱にまみれた記憶を捧げるのだ……>
<……魂の奥底、永遠に癒えることのない澱を……>
(ええ~~。前世の方も、いろいろあるっちゃあるけど)
(平凡な一般市民として生きて、早めに終了しちゃったし。語るほどのネタは……)
(……そういえば。あの時は恥ずかしかったな……)
「いつもこんな美味い夕飯を食べてるなんて、披露山が羨ましいよ」
帰ろうとした彼女をテーブルから呼び止め、爽やかな笑顔で言う。
制服は披露山の家の息子と同じ、有名私立のもの。仕事で遅くなる両親を待たず、披露山が遊びに来ていた友人を出来立ての夕飯に誘ったのだった。
「あ、ありがとう……ございます」
「渋谷の家にもハウスキーパーいるんだろ? 飯まずいの?」
「まずくはない。でもなんか、こういう温かみのある味じゃなくて」
(温かみのある味、なんてはじめて言われた)
(庶民的な味付けが珍しかっただけだろうけど……ちょっと嬉しい)
そそくさと退室し、夜道を歩きながら。胸にじんわりとあたたかいものが広がる。
それから渋谷が来る日は、一人分多く食事を用意した。
必ず好意的な感想を言う彼の来訪を、彼女は楽しみにするようになった。
「あいつ最近、飯を目当てに来てるよなー」
という披露山の呟きに、彼女は喜びを悟られないようにするので必死だった。
ある時。今日は家族と外食をするから、と渋谷が食事を断った。
内心がっかりしながら家事を終え、帰ろうとすると。
「いつも美味い物を食べさせてもらってるから。送っていくよ」
そう言って彼を迎えに来た車へ、恐縮する彼女をなかば強引に乗せた。
高級車の中で固くなる様子をみた渋谷が、学校や家族の話を面白おかしく話す。
緊張のほぐれた彼女が笑顔をみせると、満足そうな微笑みを返した。
(渋谷君。いい人だな……)
穏やかな空気に心をなごませる。
だが自宅の前で車を降り、お礼を言いかけた時。ふわふわと上昇していた気分は地の底へ叩き落とされた。
「披露山さんのお友達さんですよねぇ? いつも姉がお世話になってますう」
(…………最悪)
見慣れない高級車をいぶかしんでやってきた。
というより、最近機嫌のいい姉に「何かある」と勘付いていたらしい。家の前につけた車を見たとたん、とびだしてきた妹がわざとらしく甲高い声で言う。
「家まで送ってくれるなんて、紳士ですねっ! お姉ちゃんが好きになっちゃうの、わかるなあ~」
「はあ!? ちょっと、何言って……!」
「こんなに素敵な人、誰だって人として好きになるでしょ? そんな過剰反応されたら相手の方が気まずくなるよぉ?」
「……っ」
口ごもる姉を押しのけて車内をのぞき込むと、渋谷へぶしつけな視線を送る。
「お姉ちゃんってほんと面食い。てか金持ち大好きだよねー。披露山さんにフラれて間もないのに、もうその友達に手をつけるとか、えげつな~~……あっもしかして、二人同時に狙ってる!?」
「……いい加減にしなさい。渋谷君、ごめんなさい。この子の言うことは無視して。運転手さん、もう車を出してくださ……」
「待って」
妹を押し戻し、車のドアを閉めようとする彼女を渋谷が止めた。やや身を乗りだすようにして、後ろの妹に冷ややかな視線を向ける。
「君の素敵なお姉さんのこと、僕も人として好きだよ。たぶん披露山も」
「偏ったものの見方や考え方をする癖がついていると、大人になった時に困るんじゃないかな。親しき仲にも礼儀あり。少しお姉さん離れをしてみたら」
にっこり笑顔での言葉に。妹の顔がみるみる歪んでいく。
悔しげに家へ戻っていくのを背中で見送って、彼女は自分の頬が濡れていることに気付いた。
「ごめん。余計なお節介だった?」
「……ううん。……ありがとう」
それから少しの間。手を引かれて車のシートに戻り、黙って見守られながら、彼女は静かに涙を流した。
後日、お礼の気持ちを込めて彼の好物ばかりを食卓に並べた。
渋谷は披露山と一緒にあっという間に完食し、おかわりまでして彼女を驚かせ、「毎日食べたい」とはにかむように笑った。
(いきなり泣いて、びっくりさせたよね。運転手さんが気まずそうだった。あんなふうに妹に言い返してくれて嬉しかったけど、恥ずかしかったな……)
(それから披露山の家に次のハウスキーパーが来てお役御免になった後も、ときどき一緒に図書館で受験勉強をしたっけ)
(社会人になったら会う機会は減ってしまったけど。元気にしてるかな、渋谷君)
黒歴史だとは思っていても、純粋に、前世の友人を懐かしく思い出していると。
<……ククク……>
<……黒歴史の要求に、愛されエピソードをぶん投げてくるとは……>
<……その甘ったるい記憶。絶望へと塗りかえてやろう……!!>
(今の話に甘ったるい部分あった?? 愛され要素どこ???)
奇妙な笑い声が虚空に響く。
前世も今世も、さまざまな理由はあれど。鈍感をつらぬくザラの意識は、さらなる深い闇の中へ沈んでいった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜
るあか
ファンタジー
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。
家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる