公爵家のワガママ義妹、【道の城】はじめました!

パルメットゑつ子

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chapter3__城、営業中

幸せの青い羊(2)

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「わ……わあ~いい子ですねえぇ~~。よーしよしよしよし」

(おお!? エンドレさんが動物を愛し、動物に愛されそうなムーブを!!)

 さっそく青い羊の捕獲を試みるエンドレ。ザラが期待のまなざしを向けた。
 固唾を呑んで見守るなか。羊へじりじりと距離を詰めていき、広げた両手の指先が青い羊毛に触れる。

 その瞬間。糸が切れた人形のように、エンドレが地面に倒れ込んだ。

「「エンドレ(さん)!!?」」
「メメ……」

 羊が突然意識を失ったエンドレを軽く一瞥して、視線を戻す。
 それからゆったりと歩きだした。まっすぐザラへ近付いてくる。

「メメ……ント……」
「……え……?」
「ザラ!!」
「メ……モリ」

 立ちすくむザラをかばうようにヘルムートが前に出る。
 奇妙な鳴き声をだして立ち止まり、羊が横長の瞳孔を怪しげに光らせた。
 気付いた時、ザラの意識は闇に呑まれていた。


   凹凹†凹凹


<……黒歴史を捧げよ……>
(黒歴史……いろいろあるなー)

 頭に直接響いてくる声に、ザラがぼんやり記憶をたぐり寄せる。

(孤児院にいた頃。「パンの中には神様がいる」という教えをガチで信じ、「せめて長く苦しませないように……」と一気に口に詰め込み&高速で咀嚼してました)

(貧民街生活の頃は。生きるために仕方なく、市場でコソコソ食べ物を盗んだり)

(公爵家に居候するようになってからは、眠っていた欲望に火がついちゃった、みたいな。ワガママ三昧に明け暮れまして今に至ります……)

 恥じ入りながら締めくくると不満げに、謎の声が低く呻いた。

<……足りぬ……もっと深く暗く、恥辱にまみれた記憶を捧げるのだ……>
<……魂の奥底、永遠に癒えることのないおりを……>

(ええ~~。前世の方も、いろいろあるっちゃあるけど)
(平凡な一般市民として生きて、早めに終了しちゃったし。語るほどのネタは……)
(……そういえば。あの時は恥ずかしかったな……)


「いつもこんな美味い夕飯を食べてるなんて、披露山が羨ましいよ」

 帰ろうとした彼女をテーブルから呼び止め、爽やかな笑顔で言う。
 制服は披露山の家の息子と同じ、有名私立のもの。仕事で遅くなる両親を待たず、披露山が遊びに来ていた友人を出来立ての夕飯に誘ったのだった。

「あ、ありがとう……ございます」
「渋谷の家にもハウスキーパーいるんだろ? 飯まずいの?」
「まずくはない。でもなんか、こういう温かみのある味じゃなくて」

(温かみのある味、なんてはじめて言われた)
(庶民的な味付けが珍しかっただけだろうけど……ちょっと嬉しい)

 そそくさと退室し、夜道を歩きながら。胸にじんわりとあたたかいものが広がる。

 それから渋谷が来る日は、一人分多く食事を用意した。
 必ず好意的な感想を言う彼の来訪を、彼女は楽しみにするようになった。
「あいつ最近、飯を目当てに来てるよなー」
 という披露山の呟きに、彼女は喜びを悟られないようにするので必死だった。

 ある時。今日は家族と外食をするから、と渋谷が食事を断った。
 内心がっかりしながら家事を終え、帰ろうとすると。
「いつも美味い物を食べさせてもらってるから。送っていくよ」
 そう言って彼を迎えに来た車へ、恐縮する彼女をなかば強引に乗せた。

 高級車の中で固くなる様子をみた渋谷が、学校や家族の話を面白おかしく話す。
 緊張のほぐれた彼女が笑顔をみせると、満足そうな微笑みを返した。

(渋谷君。いい人だな……)

 穏やかな空気に心をなごませる。
 だが自宅の前で車を降り、お礼を言いかけた時。ふわふわと上昇していた気分は地の底へ叩き落とされた。

「披露山さんのお友達さんですよねぇ? いつも姉がお世話になってますう」
(…………最悪)

 見慣れない高級車をいぶかしんでやってきた。
 というより、最近機嫌のいい姉に「何かある」と勘付いていたらしい。家の前につけた車を見たとたん、とびだしてきた妹がわざとらしく甲高い声で言う。

「家まで送ってくれるなんて、紳士ですねっ! お姉ちゃんが好きになっちゃうの、わかるなあ~」
「はあ!? ちょっと、何言って……!」
「こんなに素敵な人、誰だって好きになるでしょ? そんな過剰反応されたら相手の方が気まずくなるよぉ?」
「……っ」

 口ごもる姉を押しのけて車内をのぞき込むと、渋谷へぶしつけな視線を送る。

「お姉ちゃんってほんと面食い。てか金持ち大好きだよねー。披露山さんにフラれて間もないのに、もうその友達に手をつけるとか、えげつな~~……あっもしかして、二人同時に狙ってる!?」
「……いい加減にしなさい。渋谷君、ごめんなさい。この子の言うことは無視して。運転手さん、もう車を出してくださ……」
「待って」

 妹を押し戻し、車のドアを閉めようとする彼女を渋谷が止めた。やや身を乗りだすようにして、後ろの妹に冷ややかな視線を向ける。

「君の素敵なお姉さんのこと、僕も好きだよ。たぶん披露山も」
「偏ったものの見方や考え方をする癖がついていると、大人になった時に困るんじゃないかな。親しき仲にも礼儀あり。少しお姉さん離れをしてみたら」

 にっこり笑顔での言葉に。妹の顔がみるみる歪んでいく。
 悔しげに家へ戻っていくのを背中で見送って、彼女は自分の頬が濡れていることに気付いた。

「ごめん。余計なお節介だった?」
「……ううん。……ありがとう」

 それから少しの間。手を引かれて車のシートに戻り、黙って見守られながら、彼女は静かに涙を流した。

 後日、お礼の気持ちを込めて彼の好物ばかりを食卓に並べた。
 渋谷は披露山と一緒にあっという間に完食し、おかわりまでして彼女を驚かせ、「毎日食べたい」とはにかむように笑った。


(いきなり泣いて、びっくりさせたよね。運転手さんが気まずそうだった。あんなふうに妹に言い返してくれて嬉しかったけど、恥ずかしかったな……)

(それから披露山の家に次のハウスキーパーが来てお役御免になった後も、ときどき一緒に図書館で受験勉強をしたっけ)
(社会人になったら会う機会は減ってしまったけど。元気にしてるかな、渋谷君)

 黒歴史だとは思っていても、純粋に、前世の友人を懐かしく思い出していると。

<……ククク……>
<……黒歴史の要求に、愛されエピソードをぶん投げてくるとは……>
<……その甘ったるい記憶。絶望へと塗りかえてやろう……!!>

(今の話に甘ったるい部分あった?? 愛され要素どこ???)

 奇妙な笑い声が虚空に響く。
 前世も今世も、さまざまな理由はあれど。鈍感をつらぬくザラの意識は、さらなる深い闇の中へ沈んでいった。

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