公爵家のワガママ義妹、【道の城】はじめました!

パルメットゑつ子

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chapter3__城、営業中

幸せの青い羊(4)

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「? お客様はほとんどいないはずなのに。賑やかね」
「メインホールに人が集まっているようだな」
「食事は営業時間外のはずですが。持ち込みのアフタヌーンティーでしょうか」

 城館へ入ったザラたちは、奇妙な騒がしさに顔を見合わせた。
 ひとまず喧騒のもとへ向かってみたところ。

「キャメチル!! こんなところで何をしているんだ!!」

 メインホールのドアをそっと開けた瞬間、怒声がとんできた。
 チルウールが中央の席に陣取った中年女性の片腕を掴んでいる。
 女が鬱陶しげにその手を振り払い、手酌でワインを注ぐと一気に飲み干した。

「なによぉ。この城へ行くって、兄さんが手紙で報せてくれたんでしょ~。面白そうだから、私も来ちゃった♪」
「来ちゃったじゃない! お前は医者から酒を止められているだろう!」
(あの人が病気の妹さん? なんか想像していたより元気そうね)

「そういうことでしたら、こちらはお下げしますね☆」
「やーん、あと一杯だけ!」
「ご病気に障りますよ……☆」
「やだやだぁ~~」
「君、早くそれを妹の視界から消してくれ!」
「はーい」

 手足をばたつかせて駄々をこねる女、キャメチルからワインボトルとグラスをとり上げたダリルが、入口まで来るとザラに耳打ちする。

「あのオバサン。少し前にやって来てから、ずっとあの調子なんだよ」
「困ったもんだな」
 傍の壁際で兄妹を見守っていたユージンもため息を吐く。

 訪問そうそう、「お酒持ってきて!」と言って飲んだくれているらしい。
 アシュレイに懐いている伝書鳩を使って森へ報せ、ユージンとチルウールは早めに引き返してきたそうだ。やはり青い羊は見つかっていない。

「ほんとに病気かってくらい元気だし。さっさとお引き取り願った方がよくね?」
「主治医も心配しているでしょうしね……」
「アルベルゾ村の医者では手に余る病気かもしれない。その方が無難だろう」

 皆の意見に頷いて、ザラが兄妹のテーブルへ近付く。

「キャメチル様。申し訳ございませんが、当城の医療体制は万全とは言い難く……。夜になる前にお戻りいただくのが安全かと存じます」
「平気平気。こんな美男子だらけのお城で養生したら、病気もよくなるわ~」
「ですが万が一、夜の間に容態が急変したら……」
「うっさいわねぇ。心配しなくても、アタシの病気は……」
「キャメチル!!」

 兄の険しい顔をひと睨みすると、妹がふんっと鼻から息を吐く。

「青い羊は探してやるから。今すぐ帰るんだ」
「もういいわ。どうせアタシの妄想だって、信じてないんでしょ。今日はここで朝まで飲むってきめたのよ~!」

「……キャメチル様。ご闘病の辛さ、少しくらいなら想像できます。ですがどんなに元気な人でも、まだやりたいことが沢山あっても、突然命を失うことはあるんです。どうかお身体を大事になさってください」

 ザラの静かな言葉に一瞬ひるんで、キャメチルがくしゃりと顔を歪ませた。

「なによ……若くて可愛いあんたに、アタシの気持ちはわかんないわ!」
「夫に裏切られた悔しさ。お酒で紛らわせているうちに、いろんなことが悪化して、何もかも失って。気付けば皺だけ増えた中年女よ!」
「……本当はわかってるの。幸せの青い羊なんか、どこにもいないって……」


 ――少々ろれつの回っていない、身の上話が始まった――


 貧しくも仲のよい家に生まれたキャメチル。
 一時は食うに困るほどの極貧生活だったが、家族が力を合わせて乗りきった。

 そうして父と兄の仕事を手伝っているうち、婚期を逃してしまった彼女にある日、大商人の息子との縁談が舞い込んだ。
 相手は初婚ではなく、歳もやや離れていたが。優しい彼に彼女は愛情を感じた。

 しかし順調な結婚生活が2年ほど過ぎた頃……。
 彼女は留守がちな夫の浮気を怪しむようになった。自然と口論も増える。

「くだらない詮索はやめろ。君は私の言う通りの仕事をしていればいいんだ」

 どこか歯車の齟齬を感じるなか。あるとき夫の前妻が現れた。

「夫と再婚したいの。そろそろあなたの方から身を引いていただけますか」
「はあっ!? なんて図々しい!」
「わからない方ね。我が家は大店。事業が好調になった今、あなたは用済みなのよ」

 謎めいた言葉を信じたわけではないが。夫への不信感はつのるばかり。
 彼女は夫のまわりを調べ回った。しかし決定的な証拠を掴むことはできないまま。
 日に日に飲酒量だけが増えた。言いつけられた仕事も放りだすようになり……。

「君との結婚生活は破綻した。離婚してもらう」

 出会った頃の面影などない、冷酷な宣告を受け。キャメチルは実家に戻った。
 離婚して間もなく、彼が前妻と再婚したと知った。

 それからは家族の制止を無視して酒に溺れる日々を送り――現在に至る。


(つまり病気って、アルコール依存からのメンタル系……)

「恥ずかしい話をお聞かせして申し訳ない」
 妹のすすり泣きが響くホールで、チルウールが身を縮めるようにして呟く。

 皆が返す言葉に詰まる。その沈鬱な空気を、冷静な声が破った。

「元夫から言いつけられた仕事とは?」
「え? ……帳簿の管理とかだけど……」

 やっと涙が落ち着いてきたキャメチルの返事に、ヘルムートが思案げに腕組みしたあと、ぽつりとこぼした。

「前妻の家と共謀した収支のごまかし。税金逃れの疑惑も濃厚だな」
「「へっ??」」
「……あー、いわゆる粉飾決算というやつですか」

 唖然とする兄妹へエンドレが補足する。

「あくまで憶測ですが。例えば前妻の実家と商品を売買したように粉飾し、その架空取引によって、実際よりも業績をよく見せようとした疑いがあります」
「ユリディス教会が“貧困家庭”と認めた者には、様々な税金が免除されることがあるのです。過去の一時とはいえ、あなた方のお家がその対象だったのを都合よく利用した可能性も高いですね」

「元夫があなたに管理させていたのは、おそらく裏帳簿。役人が監査に来た際にバレないよう。もしバレた時は、あなた一人に罪をかぶせようとでも思ったか。もちろんあくまで悪い憶測ではありますが……」

 キャメチルの顔にはじめは憤怒。それが落ち着くと、目の奥に強い炎がともった。

「だがどれだけ怪しかろうと、証拠もなく数年前の容疑を暴くのは容易ではない」
「……いいえ。アタシの手元に裏帳簿が残っているわ」
「キャメチル、本当か!?」
「正確には写しだけどね。浮気の証拠を探していた時、そっくりそのまま書き写したのよ。他にもいろいろ、見つけた資料を片っ端から」

 ヘルムートが感心したように頷いてみせる。

「証拠品としてはやや弱いが。それをもとに専門機関が調査し、監査を行えば、効力のある物証も掴めるかもしれない。元夫たちの詐欺行為を立証できる可能性がある」
「もちろん相手は必死に隠蔽しようとするでしょう。それに裁判沙汰となれば、結構な資金が必要になります」

 妹と一度顔を見合わせてから、チルウールが強い瞳で口を開いた。

「……もしそれが事実であれば。妹を騙して人生をめちゃくちゃにした責任を取らせることができるのなら、金なんて惜しくはない。両親も同じ気持ちのはずだ」
「兄さん……!!」
「よろしければ、これをどうぞ」

 かたく手を握り合う兄妹へ、ひょこっと現れたアシュレイが小さな置物を渡した。

「まぁかわいい! 青い羊の、木彫りの人形ね」
「城に残されていた、過去の職人の作品です」
「これは縁起がいい。ありがたくいただきます」

「……『幸せの青い羊たち』は、うちの城にいたみたいね」

 家族の絆を結び直した二人の馬車を見送ってから。
 ザラがヘルムート、エンドレ、アシュレイを順番に見て嬉しそうに締めくくる。

「しかしあんな置物、どこで見つけたんだ?」
「牢獄のすみっこに落ちていたんだよ」
「「「「「…………」」」」」
「大丈夫。赤黒い……汚れは、しっかり拭いて落としたから」
(((((赤黒い……汚れがあったんだ……)))))

 話は聞かなかったことにして。一同は兄妹の成功を祈ると仕事に戻っていった。

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