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chapter3__城、営業中
狂愛×もふもふ=闇の味!?(2)
しおりを挟む道の城の従業員(仮)になったミルコ。
髪を肩あたりで切り、髭を整えると、少々やつれてはいるがなかなか整った顔立ちが現れた。
(わあ、ちょっと翳のあるイケオジさまって感じ。……まだ29歳らしいけど)
慣れるまでは清掃やこまごました雑用など、裏方を任せることにした。
だいたいの仕事を一日で覚え、ざっくばらんな年下の同僚たちにも丁重に接するのを見て、ザラが感心する。
(物腰柔らかく仕事は丁寧。意外とテキパキ動いて無駄がないし、トイレ掃除も率先してやってくれる。いい人材を拾っちゃったかも)
(ただ……、)
「なーミルコ。なんでいつも手袋を外さないんだ?」
「あ……これは、決して人前で外してはならないと教えを受けまして……」
「宗教上の理由というものでしょうか。珍しい教義ですね」
「だからって飯の時までつけっぱなし? どんなマイナー教派だよ」
(ミステリアスというか。なんか謎めいてるのよね~)
年齢以外はほとんど語ろうとせず、素性を隠したがるそぶりも見受けられた。
そんな彼だが、奇妙なほど雄弁になる瞬間がある。
「イアンさん。朝食とてもおいしかったです。元気でハキハキしていて、でもどこか物憂げな……。隠れているようで隠れていないスパイスの使い方が新鮮でした」
「あ、はい。どうも……」
「イアンさん。昼食も趣きがありました。真面目で清楚な豆スープか、グイグイ押してくるベーコンと芋の炒めものか。男心をくすぐられますね」
「そ、そうですか……」
「イアンさん。素敵な夕食をありがとうございました。天真爛漫と思わせて、突然荒々しい一面を見せるイノシシ肉と皮つき野菜。ワイルドな魅力に翻弄されました。食材を無駄なく使う心意気にも胸が熱いです」
「は、はあ……」
(……なんでイアンにだけガン詰め???)
(ただ表現は独特だけど好意的な感想みたいだし。自己評価が低空飛行中のイアンを褒めてくれるのは、正直ありがたいよね)
(料理にひとかたならぬ興味があるのなら。いっそのこと……、)
「えっ……! わたしを厨房担当に……!?」
「はい。まずは見習いとして少しずつ、イアンに仕事を教わってください」
よかれと思っての配属を動揺で返され、小首を傾げる。
「? なにか問題でもありますか?」
「い、いえ……。ですがわたしがいては、イアンさんの邪魔になるのでは……」
「そんなことないです、厨房はいつも深刻な人手不足なので。それにあれだけ熱心な感想を言えるんだもの、ミルコさんには隠れた才能があるんじゃないかしら」
「……」
観念したように小さく息をつくと、
「わかりました。これも運命。複数回死ぬ気で取り組ませていただきます」
(ええぇ……なにこのプレッシャー)
ほの暗くも強い光をともした瞳を向けられ、ザラは思わずたじろいだ。
凹凹†凹凹
なにやら悲壮な決意をみなぎらせて厨房担当となったミルコ。
異変はその日の夜に訪れた。
「……っ!!!?」
「う、うまい!! 今までと味が全然違う!?」
「この豆の煮込みは一体!? 付け合わせの域を越えてるぞ!!?」
「まあ!! キャベツの酢漬けって、こんなに美味な食べ物でしたのね!!」
(??? お客様の反応がいつもと全然違う……!??)
メインホールの入口で様子をうかがうザラへ、給仕のエンドレが耳打ちする。
「ミルコさんの担当した添え物が、メインディッシュよりも大好評なんです」
(まじで!!?)
どうやら本当に才能を隠し持っていたらしい。
客の中にはミルコの総菜のおかわりを求め、さらには余った分を買い取りたいと言う者まで現れた。
(ことの真偽を確かめなきゃ。っていうかあたしも食べたい。いざ実食!)
忙しさが落ち着いた頃、ミルコに頼んで同じものを作らせ、皆を集めて試食会を開くと。一口で全員の感想が一致した。
「「「「「「うまい!!!」」」」」」
「嘘だろ!? むかし無茶して行った、王都の高級店よりうまいんだけど!!」
「どういうことでしょう……キャベツの酢漬けに感動して涙が止まらない……」
「この豆の煮込み、見た目はいつもと同じなのになんだこれ!? 神か!?」
「おいしいねえ~昇天しそう~~」
「素晴らしい。すぐにでも宮廷料理人になれる腕前だ……、ザラ、泣いているのか」
「ううっ……シャキシャキのキャベツが甘酸っぱくて涙が止まらない……」
あまりの美味しさにむせび泣く。ひとしきり美食に酔いしれたあと、我に返った。
(イアンはまだ厨房にいるのよね。ミルコさんと一緒に)
(当然、提供する前にミルコさんの作ったものを味見したはず。……あの騒ぎでは、お客様の反応にもきっと気付いたわ)
(大丈夫かな……)
ただでさえ自信喪失中なのだ。入ったばかりの新人が大絶賛されては、ますます気分が鬱屈するのではないか。
ひとまず様子を見に厨房へ向かう。中をこっそりのぞいたザラが心で呻いた。
(うわ~~~お通夜っ……!!)
予想した通り。厨房の片隅、椅子に深く座りこむイアンがじっと床を見つめていた。佇まいだけで精神的な落ち込みぶりが手に取るようにわかる。
(なんでそっちも!!?)
その反対側の壁際にもたれているミルコも、イアンに負けず劣らず暗い。俯いて表情はほとんどわからないが、全身から深く沈んだ空気を漂わせていた。
先輩を差し置き評価されて気まずい、といった種類の感情にも見えない。
彼は彼で、本気で落ち込んでいるようだ。
(いやなにこれ。もうどうしよう……)
二人の料理人が生みだした“常闇の厨房”を前に、ザラが遠い目で途方に暮れた。
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