公爵家のワガママ義妹、【道の城】はじめました!

パルメットゑつ子

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chapter3__城、営業中

狂愛×もふもふ=闇の味!?(3)

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「ミルコさん。後のことはお任せしました」
(……!!)

 先に口火を切ったのはイアンだった。
 厨房をのぞくザラの胸に不安がにじむ。ミルコがゆっくり視線を上げた。

「どういう意味でしょうか」
「今この城に必要なのは俺ではなく、あなたの腕と才能だ。足を引っ張る無能は潔く去ろうと思います」
「イアンさんは無能ではない」
「……いいんです、とっくに自覚してますから。公爵家で下働きをしていた頃から、先輩たちにも才能ないって言われてました」

 うなだれたまま顔だけ上げて苦笑する。作業台を挟んで立つミルコが、真顔を崩さずイアンを見つめ返した。

(イアン……)
(「そんなことない」って、口で言うのは簡単だけど)
(イアンはまだ若い。もし本気で転職を考えているのなら、早い方がいいはずよね。こっちの都合で引き留めるべきじゃないのかも……)

「少し前まで、修行の旅に出るつもりでいたんですが。なんかもういいかなって」
「修行の旅……。そんなものは無意味だ」
「ですよねー。才能ない奴はどんなに頑張っても意味なんか……、」
「厳しい修行で得られたものは、追い求めても手に入らない実感だけ。金も、必死で集めた貴重なスパイスや調理道具も失い、残ったのは虚しい達観のみ……」
「もしかしてミルコさんの旅って、料理修行だったんですか」
(そうだったんだー)

 驚くイアン(とザラ)を無視して、声がさらに低く沈んでいく。

「達観がもたらすのはどうしようもない絶望――“わたしがどれだけ料理を愛しても、料理はわたしを愛してはくれない”という、絶望的で絶対的な真実……!!!」

「……あ、はい」
(……あ、はい)

 聴衆の困惑をやはり無視して、ミルコが手袋をはめた両手でガッと自分の顔を包んだ。その指先からのぞく両目に、狂気じみた光がともる。

「昔は純粋に信じていた。レシピや知識を増やし、技術を磨けば、いつか応えてくれると……。だがそんなの幻想だった。料理はただ、おいしくなるだけなんだ!!」
「お、おいしくなるだけじゃダメなんですか……」
「哀しいじゃないですか! 永遠に一方通行の片想い! 亜人のわたしだって、愛の対象に愛されてみたいんですよオオーー!!!」
(どうしようちょっとよくわからない……)

 常人には理解しがたい、倒錯的な感情をこじらせた嘆きにザラの困惑が深まる。
 ……が、イアンはなにか共鳴したらしい。瞳をうるませ大きく頷いた。

「片想いってツライですよね、わかります! 毎日思いますよ、ちくしょー俺も美形貴族に生まれたかったーって! そしたら少しは可能性あるかなって!」
「イアンさんの愛する方は美形貴族がお好みなんですか。でも相手が人類ならまだいいですよ……わたしなんてもう一体何に生まれ変わればいいのやら」
「いえいえ、失恋する恐怖と隣り合わせの日々もキツイです。その点ミルコさんは、フラれる心配だけはないじゃないですか。ある意味羨ましいです!」
「なるほど……そういう考え方もありましたか……」
「そうですよー!!」

(あれ?? ふつうの恋バナかな?? これが脳のバグってやつ……???)

「なんとなくわかりますねぇ。片想いならではの楽しさもありますが」
「オレは芸術に愛されてるからなっ★共感はできねえな~」
「なあ、さっきから何の話をしてるんだ??」
「愛とは……? 永遠の命題だね」
「総じて理解に苦しむ会話だが。ある一点については納得した」
「うわっ!? 皆いたの!?」

 いつの間にか壁で横一列に並んでいた五人にザラがようやく気付く。
 中の二人も気付いたようだ。静まる厨房へ、ヘルムートがスタスタと立ち入った。

「あなたは亜人だったのだな。実力に見合わない境遇を不自然に感じていた。旅をしているのは、それを理由に職場を解雇されたからか?」
「ええまぁ……、それもありますかね」
「亜人??」
「生まれつき、一般的な人とは異なる身体的特徴を持つ人々への呼称です」

 インパクトの強い料理愛にまぎれ、スルーされかけた言葉をヘルムートが拾い、エンドレが解説する。

「身体の一部に動物に似た特徴を持っていたり、中には魔法のような特殊能力を持つ方もいるようですね」
「へえ。ぱっと見、俺たちと何も変わらないみたいだが」
「人目にふれないよう、隠してますから……」
(わあ、けも耳!! ちょっとかわいい~)

 ミルコが髪をかき上げ、あっさり耳を見せる。ボリュームのある髪で隠されていた、毛皮をまとったそれはまるで犬の耳のようだった。先端が少し垂れている。

「ただ謎が多いせいか、『魔人の血を引く者の先祖返り』など真偽不明の俗説も蔓延しており……差別の対象になりやすいのです」

 気遣う複数の視線を受け、手袋も外し、ついでに服の両袖をまくる。
 皆が驚き目を丸くして、現れた両手を凝視した。

「いつも細心の注意を払ってはいるのですが。さすがに手袋をはめたまま調理をするのも無理がありますので。行く先々でわりとすぐバレてしまうんです」

 二の腕から手の甲あたりにかけ、耳と同じような毛皮で覆われている。
 露出した肌は顔や他の部分とは異なり、黒に近い褐色だった。指先へいくほど、漆黒といっていいくらい色が深くなる。爪もまるで狼のように鋭く尖っていた。

「だいたいどこの店でも、“こんな手で作った料理はおぞましくて客に出せない”と。即刻クビになってしまうんですよねぇ」

 どこかおっとりした口調で、ミルコが言葉にため息をまじらせた。

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