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夢を諦めた青年 最終話
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気づいたら、涙が止まらなかった。
今までこんなに泣いたことはあっただろうか。
僕はずっと、“強がって”生きてきた。
落選しても落ち込まないふりをして、SNSで他の作家が賞を取っても、笑って祝って、失敗しても前を向いているふりをした。
本当は苦しくて、悔しくて、泣きたかった。でも、泣いたら負けだと思っていた。
「……僕は……まだ書いてもいいのでしょうか」
老人は迷いなく頷いた。
「もちろんです。あなたが望む限り、書き続けなさい。夢は形を変えても、あなたの中で生き続けます」
「……形を変えても」
その言葉が胸に響いた。
書籍化されることだけが“作家の夢”ではない。
賞を取ることだけが“成功”ではない。
物語が誰かに届き、誰かが救われる──
それこそが、本来の“書く理由”なのかもしれない。
僕の涙が止まった時、ワラが小さく「にゃあ」と鳴いた。
まるで「よかったね」と言っているようで、思わず笑ってしまった。
「ありがとう、ワラ」
ワラは尻尾を揺らしながらカウンターに戻っていった。
気づけば、外の雨音は消えていた。
店の窓を覗くと、通りの街灯が静かに光っている。
老人が傘を返しながら言った。
「外へ出ると、少し景色が違って見えるかもしれませんよ」
「景色……ですか?」
「ええ。失敗を抱えたまま見る世界と、失敗を未来の糧として見る世界は、まるで別物ですから」
僕は静かに頷き、深呼吸をした。
店の扉に手をかけると、老人が最後に言った。
「あなたがこれから見る未来は、まだ白紙です。あなた自身の言葉で書きなさい」
その声は、雨上がりの空気よりも澄んでいた。
扉を開けると、路地の霧が薄く晴れ、外は雨上がりの匂いが漂っていた。
雨粒がアスファルトで静かに蒸発し、街灯の下に淡い光が広がっている。
「……本当に、止んでる」
さっきまであれほど激しかった雨は、跡形もなく消えていた。
僕は吸い込むように空気を胸に入れた。
肩の重さが軽くなり、足取りが自然と前に向く。
振り返ってみると──
さっきまであったはずの古書店は、霧と共に姿を消していた。
「……え?」
木製の扉も、窓も、あの温かい光も、何も残っていない。
ただ、雨に濡れた街角があるだけだった。
だけど、不思議と驚きがなかった。
まるで最初から“そんな店だった”と知っていたような気さえした。
僕は空を見上げ、小さく笑った。
「……まだ書ける。いや、書きたい」
胸の奥で、何かがふっと灯った。
それは、ほんの小さな光だったけれど、確かに未来へとつながる温かさを持っていた。
帰り道は、いつもと違う風景に見えた。
街灯は光を柔らかく滲み、足音は雨粒を踏むたびに小さく弾む。
「未来の読者か……」
老人が見せてくれた幻影を思い出す。
カフェで読んでいた青年も、図書館の少女も、老夫婦も──全員、僕の物語で心を震わせていた。
本当にそんな未来が来るのかはわからない。だけど、あの光景は“嘘ではない”と感じた。
心のどこかが確かに熱くなっていた。
マンションへ続く道を歩きながら、僕はふと考えた。
──今度はどんな物語を書こう。
答えはまだない。でも、不思議と焦りはなかった。
“また書きたい”という気持ちが、久しぶりに胸の底から湧き上がっていた。
部屋に帰ると、机の上にはずっと放置していた原稿が開きっぱなしになっていた。
文字は乱れ、ストーリーも途中で止まっている。
これを書くたびに落選し、評価もされず、自分の才能のなさに打ちのめされた作品。
けれど今見ると──違って見えた。
「……君も、まだ終わってないんだよな」
独り言のように呟き、椅子に座る。
そして、数ヶ月ぶりにキーボードに指を置いた。
キーボードを弾く音。その小さな音だけが部屋中に響く。
始まりはたった一文字。でも、その一文字が、今の僕には大きな一歩だった。
──書ける。
──まだ書ける。
未来がどうなるなんてわからない。
だけど、“書いていたい”という気持ちが確かに戻ってきていた。
夜風が少し冷たくなってきた頃、僕はようやく手を止めた。
画面には、短いけど新しい一筋が書かれていた。
──雨は、終わりではなく始まりになる。
書いた瞬間、胸が熱くなった。
“あの店での出来事は夢だったのか?”
“本当にあんな店が存在したのか?”
答えはどこにもない。
だけど、僕は知っている。
あの老人も、看板猫のワラも、古書の光景も──
全てが、僕の背中を押してくれた。
失敗は、終わりではなかった。むしろ“まだ進める”という証だった。
「よし……」
僕はそっと原稿を保存し、椅子の背もたれに身体を預けた。
天井を見上げると、まるで古書店の天井のランプが浮かんでいるように見えた。
そして、心の中で静かにつぶやいた。
「もう一度、書こう」
それは誰かに向けた宣言ではない。
自分自身に向けた、ささやかな誓いだった。
♢♢♢
翌日の朝、窓辺の空は淡い青色に染まりつつあった。
眠りにつく前、最後に机を見ると、古書店から持ち帰った傘が置かれている。
“雨の日にまたおいで”
老人はそう言った。
まるでその言葉が、傘の柄に刻まれているようだった。
これからまた落ち込む日もあるだろう。
書けなくなる日もあるだろう。
それでも──
あの店がどこかにあると思えば、きっと進める。
僕は布団に潜り込み、そっと目を閉じた。
未来はまだ見えない。
でも、今はそれでいい。
雨は止んだ。
そして、まだ見ぬ物語が、僕の中で静かに待っている。
今までこんなに泣いたことはあっただろうか。
僕はずっと、“強がって”生きてきた。
落選しても落ち込まないふりをして、SNSで他の作家が賞を取っても、笑って祝って、失敗しても前を向いているふりをした。
本当は苦しくて、悔しくて、泣きたかった。でも、泣いたら負けだと思っていた。
「……僕は……まだ書いてもいいのでしょうか」
老人は迷いなく頷いた。
「もちろんです。あなたが望む限り、書き続けなさい。夢は形を変えても、あなたの中で生き続けます」
「……形を変えても」
その言葉が胸に響いた。
書籍化されることだけが“作家の夢”ではない。
賞を取ることだけが“成功”ではない。
物語が誰かに届き、誰かが救われる──
それこそが、本来の“書く理由”なのかもしれない。
僕の涙が止まった時、ワラが小さく「にゃあ」と鳴いた。
まるで「よかったね」と言っているようで、思わず笑ってしまった。
「ありがとう、ワラ」
ワラは尻尾を揺らしながらカウンターに戻っていった。
気づけば、外の雨音は消えていた。
店の窓を覗くと、通りの街灯が静かに光っている。
老人が傘を返しながら言った。
「外へ出ると、少し景色が違って見えるかもしれませんよ」
「景色……ですか?」
「ええ。失敗を抱えたまま見る世界と、失敗を未来の糧として見る世界は、まるで別物ですから」
僕は静かに頷き、深呼吸をした。
店の扉に手をかけると、老人が最後に言った。
「あなたがこれから見る未来は、まだ白紙です。あなた自身の言葉で書きなさい」
その声は、雨上がりの空気よりも澄んでいた。
扉を開けると、路地の霧が薄く晴れ、外は雨上がりの匂いが漂っていた。
雨粒がアスファルトで静かに蒸発し、街灯の下に淡い光が広がっている。
「……本当に、止んでる」
さっきまであれほど激しかった雨は、跡形もなく消えていた。
僕は吸い込むように空気を胸に入れた。
肩の重さが軽くなり、足取りが自然と前に向く。
振り返ってみると──
さっきまであったはずの古書店は、霧と共に姿を消していた。
「……え?」
木製の扉も、窓も、あの温かい光も、何も残っていない。
ただ、雨に濡れた街角があるだけだった。
だけど、不思議と驚きがなかった。
まるで最初から“そんな店だった”と知っていたような気さえした。
僕は空を見上げ、小さく笑った。
「……まだ書ける。いや、書きたい」
胸の奥で、何かがふっと灯った。
それは、ほんの小さな光だったけれど、確かに未来へとつながる温かさを持っていた。
帰り道は、いつもと違う風景に見えた。
街灯は光を柔らかく滲み、足音は雨粒を踏むたびに小さく弾む。
「未来の読者か……」
老人が見せてくれた幻影を思い出す。
カフェで読んでいた青年も、図書館の少女も、老夫婦も──全員、僕の物語で心を震わせていた。
本当にそんな未来が来るのかはわからない。だけど、あの光景は“嘘ではない”と感じた。
心のどこかが確かに熱くなっていた。
マンションへ続く道を歩きながら、僕はふと考えた。
──今度はどんな物語を書こう。
答えはまだない。でも、不思議と焦りはなかった。
“また書きたい”という気持ちが、久しぶりに胸の底から湧き上がっていた。
部屋に帰ると、机の上にはずっと放置していた原稿が開きっぱなしになっていた。
文字は乱れ、ストーリーも途中で止まっている。
これを書くたびに落選し、評価もされず、自分の才能のなさに打ちのめされた作品。
けれど今見ると──違って見えた。
「……君も、まだ終わってないんだよな」
独り言のように呟き、椅子に座る。
そして、数ヶ月ぶりにキーボードに指を置いた。
キーボードを弾く音。その小さな音だけが部屋中に響く。
始まりはたった一文字。でも、その一文字が、今の僕には大きな一歩だった。
──書ける。
──まだ書ける。
未来がどうなるなんてわからない。
だけど、“書いていたい”という気持ちが確かに戻ってきていた。
夜風が少し冷たくなってきた頃、僕はようやく手を止めた。
画面には、短いけど新しい一筋が書かれていた。
──雨は、終わりではなく始まりになる。
書いた瞬間、胸が熱くなった。
“あの店での出来事は夢だったのか?”
“本当にあんな店が存在したのか?”
答えはどこにもない。
だけど、僕は知っている。
あの老人も、看板猫のワラも、古書の光景も──
全てが、僕の背中を押してくれた。
失敗は、終わりではなかった。むしろ“まだ進める”という証だった。
「よし……」
僕はそっと原稿を保存し、椅子の背もたれに身体を預けた。
天井を見上げると、まるで古書店の天井のランプが浮かんでいるように見えた。
そして、心の中で静かにつぶやいた。
「もう一度、書こう」
それは誰かに向けた宣言ではない。
自分自身に向けた、ささやかな誓いだった。
♢♢♢
翌日の朝、窓辺の空は淡い青色に染まりつつあった。
眠りにつく前、最後に机を見ると、古書店から持ち帰った傘が置かれている。
“雨の日にまたおいで”
老人はそう言った。
まるでその言葉が、傘の柄に刻まれているようだった。
これからまた落ち込む日もあるだろう。
書けなくなる日もあるだろう。
それでも──
あの店がどこかにあると思えば、きっと進める。
僕は布団に潜り込み、そっと目を閉じた。
未来はまだ見えない。
でも、今はそれでいい。
雨は止んだ。
そして、まだ見ぬ物語が、僕の中で静かに待っている。
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