あるとれいと~絶対回避能力があるのに色々トラブルに巻き込まれちゃう男のお話~

上田るぅ

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お城奪還編

第56話 ひとめぼれ

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 アストリナ貴族の引き渡しまで、残り六日。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 昨夜までの天候が嘘のように、空には太陽が燦々と輝いている。

 葉についた朝露や水溜りの水を含んだ、少しだけ湿った空気。

 鳥の鳴き声や風と共に感じられるその湿った空気が、今日は暑くなりそうだと皆に予感させた。

「アルぅぅ? 起きてるーー? ディンゴさんが来てるけどぉぉ」

 アルの部屋の外で大きな声を上げるレイ。

 布団の中に居たアルは、その声を聞いてハッとしたように起き上がる。

「あぁ。 今行く。 ……ふぁあぁぁ」

 グーーッと体を伸ばし大あくびをしたアルは、ゆっくりと立ち上がり着替えを済ませる。

 そして机の上にあった竹簡を懐にしまうと、眠そうな表情のまま居間へと向かっていった。

「おはよーーっ。 あれ? レイとオッサンだけ?」

 居間のテーブルでは茶を啜るディンゴとレイの姿があった。

「うん。 何かほらっ…… ディンゴさんがリナちゃんとか苦手って言うし……」

 気不味そうな表情で言うレイの言葉を聞いたアルは、呆れた顔でディンゴを見つめる。

「いやぁ…… 何だか、すいやせんねぇ……」

 レイ同様に気不味そうな表情で、頭を掻くディンゴの近くにアルが腰掛けた。

「まぁ良いけどさ…… それで、調べておいてくれたかな?」

「えぇ。 調べておきやしたぜ! 大体、ゼニールの所の兵の数は……」

 そう話しながらディンゴは懐から一枚の布を取り出した。

 そしてそれをアルの目の前に広げると、一つ一つ説明していく。

「およそ三百って所ですかね! んで、国境の警備に割かれてるのが半数って所でしょうかね」

「うぅーーん。 って事は半分は城に居るって訳か……」

 アルは腕を組みながら思案するように、眉間にシワを寄せていた。

「いや、城には五十人程度って所かと。 国境だけじゃなく近辺の警備もしてるようですぜ?」

(五十人か…… 思ったより少ないけど…… でもまだ多いな……)

 押し黙ったまま思案を続けるアルに、ディンゴが声をかける。

「それで今日はその…… バレリア様は?」

「えっ? お姉ちゃんなら」

「レイ! ちょっと俺にもお茶を頼む」

 レイがバレリアの不在を口にしそうになり、アルは慌てて目配せする。

 その目配せに気付いたレイは、少し焦ったような表情でいそいそと台所へ向かっていった。

「バレリアは今、ちょっとね。 ところでオッサンにはもうひと、いや二働きして貰いたいんだけど」

 苦笑いを浮かべたアルは申し訳無さそうに、ディンゴへと話しかける。

 そのアルの様子を見て、少しだけ懐疑的な表情に変わるディンゴ。

「まだ何かあるんですかい? そりゃバレリア様に言われれば……」

(やっぱそうだよなぁ…… まぁ、バレリアに言われたって事にすりゃ大丈夫だろ……)

 少し渋るような様子のディンゴを見たアルは、懐から竹簡を取り出す。

 そしてそれをディンゴの前に広げてみせた。

「これは何ですかい?」

「良いから読んでみてって」

 表情を変えないディンゴにアルは、竹簡を読むように促していた。

 その竹簡には少し癖のある文字で、こう書かれている。

「えーっとなになに。 れいちゃんへ。 いいこにしててね。 だいすき、れいちゃん……」

 ディンゴはしかめっ面に変わり、解読するように字を読んでいく。

「そっちじゃなくて下下。 ちゃんと書いてるだろ?」

「下ですかい? えーーっと…… あるへ。 あとはよろしく ばれりあ……」

「なっ? 一応、俺が任されてるってのは、分かっただろ?」

 アルは少し後ろめたさを感じつつも、ディンゴの目を見て話しかける。

「確かに。 この癖のある丸っこい字はバレリア様の字で間違いねぇ。 って事は旦那が?」

「あぁ。 とりあえず仕上げまでは、俺の言う通りにしてくれるかな?」

 アルの言葉を聞いたディンゴは、納得したような表情に変わり頷いていた。

「はいっ、アル。 あっ、ディンゴさんも、お茶のおかわり要ります?」

「あっ、いえ、お構いなく。 大丈夫でさぁ」

 遠慮するディンゴを他所に、アルは茶を一口飲むとレイの方へ視線を送る。

「アズサは? まだ寝てるのかな?」

「うん。 何か用だった?」

「あぁ。 とりあえず、起こしてきてよ。 あとリナとシナモンも居間に来るようにって」

「えっ? あっ、うん」

 アルの言葉を聞いたレイはいそいそと、部屋に戻っていった。

「まぁオッサンは幼女苦手みたいだけど…… ちょっとだけ我慢してよ」

「まぁ…… そりゃ構いませんがね」

 少し嫌そうな表情のまま茶を飲むディンゴを宥めるように、アルは苦笑いを浮かべ声をかけていた。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 数分後、リナとシナモンが居間へとやってきた。

 以前、ディンゴに恫喝された経験を持つシナモンは、リナの影に隠れるように座っている。

(やっぱ警戒してるか…… まぁリナは…… あんまり気にして無さそうだな)

 無言のまま無表情で居るリナに視線を向けつつ、アルはアズサが起きてくるのを待っていた。

「ほらっ、ちゃんと着替えて。 あぁぁん…… ちゃんとしてよぉアズサさん」

「ふぁぁぁ…… まぁまぁレイちゃ。 大丈夫だってば」

 少し困った表情のレイに連れられて、寝間着姿で頭がボサボサのままのアズサが居間へとやってきた。

 アズサのその姿を見たディンゴは、先程までの不機嫌そうな表情が一変しハッとした表情に変わる。

「きっ………… 綺麗だ…………」

 雷に打たれたような衝撃が体に走ったディンゴは、真顔で目を見開き静かに呟いていた。

 その言葉を聞いたアル、そしてシナモンとリナが少し驚いたような表情でディンゴに注目する。

「おはよーーアルルン! あっ、リナちんにシナモッちゃんもおはよぉぉ」

 眠そうな表情で笑顔を向けるアズサ。

「そのシナモッちゃんっていうの…… 辞めてほしいのですが……」

 シナモンはその言葉を聞いて、少し不満そうな様子を見せていた。

「旦那っ。 あのお嬢さんは誰です?」

「えっ? あっ、あぁ」

 ディンゴはアルに顔を近づけると、アズサに視線を送りながらヒソヒソと訪ねている。

 その二人の様子を見ていたアズサが疑問を浮かべた表情で、テーブルを挟んでディンゴの向かいにちょこんと座った。

「んーー? 誰、このオジサン」

 首を傾げながら尋ねるアズサに、ディンゴは襟を正し正対する。

 そして若干キメ顔になったディンゴが、ニコッと笑顔をアズサに向け言葉をかけた。

「あっし、いや。 僕はディンゴって言います。 綺麗なお嬢さん」

 そして小声で「フッ」と笑い、少しキザな表情に変わっていた。

「ふーーん。 あっ、レイちゃ。 ボクもお茶欲しいなぁ」

「へっ? あっ、うん。 今持ってくるね」

「あっ、私も手伝うですよ。 リナ様もお茶飲むですよね?」

「……ぬるめで」

 アズサを除く皆がディンゴの様子に呆気にとられていたが、気を取り直したように動き出す。

 一方のディンゴはアズサに相手にされず、少し悲しそうな表情を浮かべていた。

(なっ…… 何か気の毒だな…… まぁ、そっちの方が好都合か……)

 アルは少し呆れた表情のまま、皆が揃うのを改めて待つ事にした。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 居間のテーブルには人数分のお茶が並べられ、それぞれが向かい合うように座っている。

 ディンゴの向かいにはアズサが、レイの向かいにはリナとシナモンが。

 そして上座に座るアルが茶を啜りながら、皆の顔を見回していく。

「さて、そんじゃ今日やって欲しい事なんだけど……」

 そう言うとアルはシナモンへ声をかけた。

「ゼニールって奴を恨んでる他国の奴って、結構居るのか?」

「居るなんてもんじゃ無いのですよ! 他国だけじゃなく、ハイランドにも大勢居ると思うです」

 シナモンの話を聞いたアルは腕を組み、眉間に少しシワを寄せていた。

(ハイランド国内でってなると後々やっかいだよな……)

 考えが纏まったようにアルは、改めてシナモンへと問いかける。

「出来ればそのゼニールって奴が奴隷として扱った事がある、潰れた国ってのが分かるとありがたいんだけど…… 分かるか?」

 シナモンはその問いかけに少し考えるような仕草をみせたが、直ぐにハッと思い出したように答える。

「分かるですよ! 確かシグニア国という所が敗戦した時に、奴隷として扱ったはずなのですよ」

「それはあっしも知ってやすぜ? 連中の生き残りであれば、恨んでてもおかしくはねぇ」

 ディンゴも同調するようにアルに視線を向けていた。

「よし。 んじゃアズサ」

「ほぇ?」

「そんでリナ」

「…………」

 アルは二人に声をかけた後に、ディンゴへ視線を送る。

「オッサンは…… 改めて聞くけど、強いんだよね?」

 その言葉を聞いたディンゴはチラッとアズサに視線を送ると、勝ち誇ったように返答する。

「馬鹿言っちゃいけねぇ旦那。 あっしは元聖バレリア騎士団の親衛隊隊長ですぜ?」

「聖バレリア騎士団に親衛隊なんて、無かったはずなのですよ……」

 呆れたように呟くシナモンに、ディンゴは鋭い視線を送る。

「ひっ……」

 その視線に気付いたシナモンは、リナの影に隠れるように視線から逃れていた。

(やれやれ…… まぁ、元騎士団って位だから、多少は強いだろ……)

 少し呆れた表情でディンゴとシナモンの様子を伺っていたアルは、気を取り直して話を続ける。

「三人にはそのシグニア国の残党のフリをして、ゼニールの私兵を襲って貰いたいんだけど…… 出来るかな?」

 アルの言葉を聞いたリナは、無言のまま小さく頷いている。

「もちろんですぜ? あっし一人でも充分でさぁ」

 アズサの手前、少し強気に出るディンゴ。

 そんな二人とは対象的に、アズサは首を傾げながらアルに返答する。

「ボクも平気だけど…… 襲うって何人くらい? あんまり多いと嫌だなぁ……」

 少し自信なさげに話すアズサに、ディンゴが笑顔を向けていた。

「大丈夫ですぜお嬢さん。 あっしが何があってもお嬢さんをお守りしやすんで」

 そう言葉をかけ白い歯を見せるディンゴを気にする素振りも見せず、アズサはアルに視線を送る。

「とりあえず、数人怪我をさせる位で良いんだけど。 その代わり確かめて欲しい事があってさ」

「なっ、何でやす? 確かめて欲しい事ってのは」

 アズサに無視をされて少し傷ついていたディンゴだが、気を取り直してアルに問いかける。

 その問いかけに対しアルは、覗き込むように皆に視線を送り

「あぁ。 襲った時に兵士が救援を呼ぶか。 救援が来るまでどれ位かかるか」

 そして湯呑に入った茶を口に含み、ゆっくりと飲み込み言葉を続ける。

「一番大事なのは、救援を呼ぶ為に、何を使うかって所だな」

「何を使う…… ってぇのは?」

 疑問を浮かべた表情で問うディンゴに、アルは少し申し訳無さそうな表情で答える。

「とりあえず…… 多少煽ってでも、相手に救援を呼ばせる状況にしてくれるかな?」

「ボクには、さっぱり分かんないけど…… とりあえず襲えば良いんだよね?」

「あぁ。 出来るか?」

 アルがアズサに問いかけると、ディンゴが自信満々の笑顔で

「あっしに任せておいてくださいや」

 チラチラとアズサに視線を送りながら答えるディンゴ。

 その懲りない様子に、アズサを除いた皆が呆れた表情を浮かべていた。
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