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約束の卵
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しおりを挟むその笑顔に、今の言葉が本気なのか冗談なのか悩んだ義経だったが、答えは一つだと気付くと両手を握り締めた。
「………流していいよ」
「え?」
「それで湊和くんの気が済むなら、それでいいよ…」
湊和にとっては思いもしない言葉だった。義経が、嘘でもスケートを捨てるなんてことを思いもしなかったからだ。
『チカ君と一緒だから?』
冗談めいた先程の言葉がブーメランのように湊和の胸に突き刺さる。
「そんな簡単に捨てられるの…?スケートよりもチカ君が大事なの…?」
吐き捨てるように呟いた言葉に義経は眉尻を下げて、泣き出しそうなのか笑っているのか不可思議な表情で湊和を見つめる。
「…ヨシと一緒なら…僕もスケートを捨てられるって言っても…?」
勝ち目のない勝負だって事は分かってる。でも…悪足掻きしないときっと後悔する…。
少しでも義経の心を動かしたいのに……。
「……僕じゃ…ダメなんだね…」
観念したように呟いた言葉は力なく地面へと落ちていったような気がした。
言葉にしなくても目は口ほどにものをいうって本当だね。目の前にいるはずなのに、ヨシの目には僕なんか映ってないや…。
差し出した手を下ろすと湊和は笑った。
相変わらず真っ直ぐで、相変わらず純粋で…僕が憧れた頃のままのヨシだ。
「…まったく、本当にヨシはかっこいいんだから!」
負け惜しみだと笑う湊和の瞳からは涙が零れ、義経の頬に手を添えると額を合わせ瞼を閉じた。突然の行動にされるがままの義経だが、抵抗すべきではないと感じ同じく瞼を閉じた。
「大好きだよ…今までも、これからも……きっと、ヨシ以上に好きになれる人なんて一生いないと思う……だから」
「っ…」
肩を抱かれ引き寄せられた体はぶつかるように二人の距離を無くし、肩に回された湊和の両腕に触れると圧し殺したはずの嗚咽が聞こえた気がした。
「幸せに、なってよ……諦めた事が正解だって思えるくらい…幸せになって…」
悲痛なエールは鋭いまま義経の胸に刺さり見えないだろうとは思ったが律儀に頷き、尚も震える背中を擦りその嗚咽が止まるまで義経はそのまま、ただ湊和の言葉を反芻していた。自分のためにスケートをやめるとまで言った湊和の言葉を…。
…そう言って欲しい相手は…湊和くんじゃなかった…。
ゆらゆらと、不安定に揺れる炎はどうしたらいいんだろうと義経は困惑する。
この胸を焼き付くす程の炎なんて消す以外にオレには選択肢はないのに…。
end
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