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約束の卵
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しおりを挟む世界選手権翌日。テレビを付けても、新聞を開いても見出しは全て弁天親慶。世界選手権もエキシビションも全ての話題を独占していて…自分の名前が出るのはそれに対比した記事ばかりだと湊和は潔くテレビを消した。
完璧だった。
演技の構成も技術も表現力も…。
リンクに立つ直前にあんな演技を、あんな津波のような歓声を浴びせられたのは初めてだった湊和はそれまでの平常心はどこかへ消え失せ早鐘のように打ち鳴らし続ける心臓を落ち着かせることも出来ず、成功したジャンプは数える程…。シニアに上がって以降最悪の出来映えだと酷評された。
意地を見せられた気がした。
義経の隣にいるのはお前じゃなくて俺だと…。
陰鬱な気分のところにスマホが着信を告げ、画面には『古河義経』と表示されている。一瞬、心臓が大きく跳ねたが、平常心を取り戻し通話ボタンを押した。
「……もしもし?うん、分かった…今、行くね…」
『明日、湊和くんに話したいことがある』
エキシビションが終わった後、人気の少なくなったロッカー室で義経にそう告げられた湊和は無言のまま頷いた。
先程の電話は湊和が宿泊しているホテルに到着した事を報せる電話で、湊和は足取り重くロビーに降りていった。
帽子を目深に被り遠目ではなかなか義経だと認識しづらくはあったが湊和はすぐに気付き、真っ直ぐに義経に向かっていった。
「お待たせ、ヨシ」
貼り付けたような笑顔で義経に駆け寄ると義経は無言で頷いた。それから人目を避けるように二人は非常階段を少し登ったところで足を止めた。
「銀メダルおめでとう!」
「…ありがとう…」
思わぬ切り出し方に面を食らった義経は小さな声で返すと湊和は満足気に笑い、すぐに目を伏せる。
「…僕もね、スケート辞めようと思った事があるんだ。あの頃はなにもかも全てが上手くいかなくてさ…歯車がうまく噛み合わない感じ?それがずっと続いてて……でも、絶望してる僕にまたスケートをやろうと思わせたのはヨシだったんだ」
かっこ悪いよね、と情けなく眉尻を下げながら笑う湊和に義経は驚きながら勢いよく頭を振り躊躇しながらも口を開いた。
「…かっこ悪くなんてないよ。湊和くんはいつだって完璧で、みんなの憧れで目標だったから…そんな風に悩んでたなんて…ビックリした…」
「…義経はどうしてスケートを続けてるの?」
「え?…そ、れは…」
あの頃と同じ質問を投げかけると義経は目を泳がせ唇を噛み締めた。即答していたあの頃と同じ答えではない事は湊和にも容易に想像が出来た。
言い淀むその答えに辿りつき湊和は自嘲した。
「…チカ君と一緒だから?」
「っ……ちが…ぅ…」
溢れた否定にあわせて頭を振る義経だが、次の言葉を見つけられず俯いたまま固まってしまった。
勝ち目のない勝負だって事はずっと前から気付いてた…。
俯く義経に湊和は右手を差し出すと優しく微笑む。
「一緒にカナダに行ってくれるなら僕の手を取って?」
顔を上げた目の前の湊和はいつもの、義経が見慣れた『絶対王者・花巻湊和』そのもので、義経は同性ながら「かっこいい」と見惚れてしまう程だった。とてもあの日の湊和とは重ならない程、湊和は格好良く清々しいまでに爽やかな空気を纏っていた。
「湊和くん…オレ…」
「一緒にカナダに来てくれないなら二人の事、週刊紙に流しちゃおうかな…」
「え…」
思わぬ言葉に義経は弾かれたように顔を上げ、湊和はいつものイタズラな笑顔を向けていた。
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