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4・出てくるなって言ったじゃん⁉
しおりを挟む「今晩、家族会議を行う。父さんが帰ってくるまで絶対寝るな」
「了解」
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
『行ってらっしゃ~い』
トオルは眉間にしわを寄せながら、玄関扉を開けた。外へ出ると、いつもなら家の中を見ないけれど、今日は閉まっていく扉の隙間から、見えなくなるまでマコトを見ていた。
「はぁ~」
「マコト。のんびりしてると遅刻するよ」
「母さんもね」
「ねぇ、マコト」
「なーに?」
「学校、大丈夫そう?」
マコトには、短い言葉に込められたメッセージがよく分かった。
タカコは今、学校の中でアヤコが顔を出すかもしれないことを心配しているのだ。
「まぁ、大丈夫でしょ。一応、話は通じるみたいだから」
『そりゃあ、同じ言葉を使う、血がつながった人間ですから~』
バチン!
「人間じゃなくて、成仏しそびれた元人間だろうが!」
タカコは苦く笑いながら、キッチンへと向かって歩き出した。とぼとぼとした足取りからは、元気のかけらも感じられない。自分の存在が、タカコのストレスの元凶になってしまっている。マコトは早く家を出ようと、急いで準備をし始めた。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「ああ、うん」
いつもだったら〝気をつけてね〟は、車とか、通学路上に現れる危険に対するものだ。けれど今日は、車よりもばあちゃんに気をつけろ、と言われた気がする。
マコトは歩きながら、アヤコに何度も言い聞かせる。
――絶対、勝手に出てきちゃだめだからね。
――まぁ、うん。頑張るわ。
――頑張る、じゃなくて、絶対に約束を守るの。子孫の恥は先祖の恥で、つまりはばあちゃんの恥なんだからね。
――はーい。
まったく、どっちが先祖でどっちが子孫なのやら。
「マコトぉ。お前、なんで今日はバカみたいに難しい顔をして歩いてたんだ?」
六年二組の教室に着くなり、ミツキが不思議そうに問いかけてきた。
「え、そんなにバカみたいな顔してた?」
「いや、ちょっとニュアンス違うな。バカみたいに難しい、であって、バカでは――」
『まったく! マコちゃんにむかってバカとはなんなのよ!』
瞬間、教室中の空気が凍りついた。
「マコト?」
「あ、ああああああ!」
椅子がガララン、と大きな音を響かせて倒れた。
椅子を起こす余裕なんてかけらもないマコトは、あてもなく廊下を駆けだした。
「コラ! 廊下を走るんじゃない!」
「あああああ!」
「コラー!」
先生に注意されても、止まれなかった。
ばあちゃんのせいで、オレの人生、終わったかもしれない!
マコトは階段の陰に蹲り、震えた。恥をかいたこと、約束を破られたこと、どんな顔をして教室へ戻ればいいのか分からないこと。たくさんのことが頭の中をグルグル巡る。
悩み事に集中出来たらいいのに、『マコちゃんの同級生は失礼ね。こんな学校辞めちゃいなさい。もっといい学校に転校できるように、タカコに話してあげるから!』など、マシンガンかのようにとめどなく大量の言葉をかけられて、思考はいっそうに乱される。
「うぅ……」
「あ、見つけた」
呆れたような、けれど優しい声がした。だんだんと、足音が近づいてくる。
「おーい。マコト。どうしたんだよ。なんかあったか?」
「ミツキぃ……」
「泣くなよ。男だろ」
『そうよ! 男の子ってものはね――』
バチン!
「マ、マコト?」
「ミツキぃ、オレ、ばあちゃんに体を乗っ取られるようになったみたいなんだよぅ」
「へぇ……。はぁ⁉」
いくら親友でも、こんなこと信じてくれないよね?
ミツキには、マコトが嘘をついていないだろうことは分かった。それは、普段、マコトが嘘をつくときは、もっと嘘っぽいからだ。こんなに大真面目に嘘をつかれた経験はないし、これまで幾度か経験してきた学芸会では、学年一の大根役者っぷりだった。あの演技下手が、どこかのおばちゃんのようなしゃべり方を表情込みで完璧にこなすなんて、それこそ夏に雪が降るようにおかしい。
つまりは、マコトは真実を語っていると、ミツキは確信した。
……はずなのだけれど。体を乗っ取られる? そんなおかしな話、ある?
「とりあえず、保健室行って休まねぇ? お前、ちょっと落ちついた方がいいよ」
「うぅ……」
「連れて行ってやっから。ほれ」
ミツキはマコトの腕を引くと、自分の肩に回した。そうして、その手をぎゅっと握りながら、もう片方の手でマコトの脇腹を支えた。
『こりゃぁ、はたから見たら喧嘩に負けた仲間を連れ帰る画だわな』
「あああああ!」
バチン!
そのあと、脇腹に添えられていた手が、放っておくとビンタしてしまう手を握りしめるようになったことは、言うまでもないだろう。
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