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5・保健室でお茶会を
しおりを挟む「先生! マコトの気が狂いましたー」
保健室の入り口で、ミツキが叫んだ。
「おはよう。気が狂ったって、どういうこと? いったい、何があったの?」
先生は、眼鏡をくぃ、と動かしながら、マコトの頭の先から足の先までをじっと見た。
「なんか分かんないんですけど、マコトが言うには、体を乗っ取られるらしいです」
「乗っ取られる……? まぁ、とりあえず、保健室で預かるわ。連れてきてくれてありがとう。ミツキは教室に戻って」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ミツキが生まれてこの方一番丁寧であると思われる、九十度のお辞儀を決めた。マコトはその様をにじむ視界の向こうに見ながら、いっそうに自分の未来を悲観した。
「まぁまぁ、とりあえず座って。寝転がりたかったら寝ちゃってもいいし」
促され、ベッドに腰かける。先生は何も重大なことは発生していないと思っているかのように、平然と歩き、ポットに手をかけた。急須に茶葉を、いち、にい、さん。それからお湯をジャー、ジャー、ジャー。お盆の上には、湯呑を三つ。……三つ?
「それで、ええっと。体を乗っ取られるようになっちゃったんだっけ?」
「……はい。ばあちゃんに」
「おばあちゃんか。なら平気ね。それで、それは、いつから?」
「全然平気じゃないですよ。勝手に出てくるようになったのは、昨日の放課後からです」
先生は眉間にしわを寄せて、唇をほんのり尖らせて、うんうんと頷きながら、
「ごく最近ね」と、呟いた。
それから、マコトにお茶を注ぎ入れた湯呑を二つ差し出した。……二つ?
「先生、ええっと?」
「おばあちゃんの分。いやぁ、お茶しかないから、若い子だったらどうしようかと思った」
「は?」
「マコトのおばあちゃーん。私と一緒にお茶しません?」
先生も気が狂っているのかもしれない。いいや、もしかしたら全世界的に気狂い病がはやっているのかもしれない。そうであってほしい。それで、ミツキが病に蝕まれていないおかしなヤツである方が、自分の精神衛生は保たれる。と、マコトは疫病神に祈った。
『あら~。お茶するの好きよ~』
バチン!
祈るために顔の前に両手を持ってきていたから、これまで以上にスムーズに、かつこれまでとは違って両頬を同時にビンタできた。
『うぎゃっ』
「こらこら、叩かない。あなたも痛いでしょ? ほら、お茶でも飲んで、一息つきましょ」
どうも、自分に向けられた心配は半分らしい。膨らむ悲しさが、マコトにほんの少しの冷静さをくれた。両手に湯呑を持ち、
「いただきます」
「召し上がれ」
頭を下げて、右のお茶をちびりと飲む。熱い。
『いただきましょうねぇ』
左の手が勝手に動き出した。湯呑が口元へ近づいていく。
『あら、いいお茶』
熱い、気がした。けれど、同じように淹れたお茶であるはずなのに、さっきとは喉で感じた傷みが違う。ということは?
感覚も乗っ取られている? ……気持ちわるっ!
「おばあちゃんは、成仏できてないんです?」
『そうなのよ』
「それは、なんでなんです? 心当たりとか、あります?」
『ああ、うん……』
アヤコの歯切れが急に悪くなった。なるほど、この世にしがみつきたくなるくらいの心残りがあるんだな。
ということは、だ。もしかしたら、叩き出す必要なんてないのかもしれない。もしかしたら、この世にしがみつきたくなっている、その心残りを解消してあげれば、自分の体から勝手に出て行ってくれるのかもしれない。
マコトは一筋の希望を見つけ、微笑んだ。右の湯呑を口に近づけ、ごくりと飲む。
「あっつ!」
「あら、そんなに一気に飲むものじゃないわよ~」
『そうよねぇ。まったく、若い子はなんでもかんでもビールみたいに飲むから』
「ふふふ。緑茶は日本酒のように飲まないとね」
まったく。お酒を飲めない子どもに対して、お酒を例に語るなよ! さっぱり分からないっつーの!
「それで? その心当たりってなんなんです? お茶友に教えてくれません?」
先生が顔の前で両手を合わせて、てへっと笑った。
『うーん。お茶友には言ってもいいけど。マコちゃんに聞かれたくないわぁ』
「いや、人に憑いておいてよく言うわ。オレはばあちゃんに憑かれたくないって思うのに、勝手に憑かれてるんだけど? 心当たりあるならさっさと言えし」
『やだ~。口悪い~』
「最近の子はこんなもんですよ」
『ええ、そうなの?』
「そうそう!」
先生はいったいどっちの味方なんだろう。たぶん、いや、明らかに――ばあちゃんだな。
「それで? 生きているときに何かあったの?」
『まぁ、ね。……娘と、上手くいかなくてね』
「娘さん? っていうのは、マコトからすると?」
『お母さんね』
母さんと上手くいってないっていう自覚、あったんだ。そのくせ絡みに来るってことは、仲良くできなかったことがよっぽど心残りだったってことなのかなぁ。
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