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6・厄介な、悪魔のささやき
しおりを挟む「それじゃあ、おばあちゃん。さっきの約束、守ってくれます?」
先生が、引き出しの中に隠していたらしい羊羹をマコトに(いや、アヤコに)差し出しながら言った。
『勝手に出てこないってやつ?』
「そうです、そうです! せめてね、学校の中だけで構いませんから」
「学校の中だけじゃ困るんですけど?」
『えぇ……』
「それじゃあ、自由がないわよねぇ」
『そうよ、窮屈よ』
いや、オレは自由を奪われているっていうのに、他人の自由は確保しないといけないのかよ……。なるほど、母娘の間にいざこざが起きた原因はコレか?
「まぁ、そういうわけで。お願いしますね、おばあちゃん。いや、アヤちゃん」
『もう、仕方ないわねぇ。リエちゃんがそこまで言うなら、約束するわ』
「ありがとう、アヤちゃん」
『ううん、いいのよ』
だから! 全然良くない!
勝手に出てこないという約束がようやくできたと胸をなでおろしたとき、一時間目の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。さっさと約束してほしいと思っていた。けれど、冷静になってみると二時間目まで粘ってくれてもよかった。だって、テストだから。
「はぁ……」
ため息をつきながら、教室の扉をガラガラと開く。すると――教室中の視線が、マコトへ向いた。まるで、大人気の芸能人が突撃訪問したかのような注目度だ。
「……え?」
「まったく! マコちゃんにむかってバカとはなんなのよ!」
教室の隅から、朝一番の大事件を再現する声がした。それは、ただバカにして嗤うためのネタとして吐き出された、悪意に満ちた声だった。
「マコトぉ。落ち着いたか?」
ミツキが苦笑いしながら問いかけてきた。
「ああ、まぁ、うん」
「俺の汚ねぇやつでよければ、一時間目のノート、貸してやるよ」
「ありがとう。今借りてもいい?」
「別に、いいけど。次はテストだぞ? 平気なのか?」
ミツキがぐしゃぐしゃのノートを差し出しながら言った。
「まぁ、テストよりも平気じゃないことがあるからな」
ミツキはぺこぺこと頭を下げてから、両手を顔の前で合わせて、何かを祈りだした。こいつはみんなみたいにバカにする、というより、オレのことを可哀そうだと思っているんだろうな。可哀そうだと思われることも、うれしいことではない。けれど、バカにするやつと比べたら、バカにしないやつのほうがずっといいし、ずっと大事にしたいと思う。
「ミツキ、これからも友だちでいてくれよ……」
ぐしゃぐしゃのノートをぎゅっと抱きしめて言った。
ミツキはうんうんと頷きながら、マコトの肩にぽん、と優しく手をのせた。
テストは嫌だけれど、教室に戻ってから最初の授業がテストであったことは、マコトにとっては良いことだった。テストならひたすらに紙と向き合って鉛筆を走らせればいいだけだから楽だった。とはいえ、時々ふっと乗っ取られたような感覚がして、そのたびじゅわ、と汗をかいている。
――あ、あのぅ。マコちゃん、今いいかい?
――テスト中。黙ってて。
――でも……そこの問題、間違ってるわよ?
――はい?
アヤコはマコトの答案を見ながら、マコトのケアレスミスに気づいて、いてもたってもいられなくなったようだった。あそこが間違っている、ここはこういうことだ、と、マコトにひたすら指示を出す。じゅわ、じゅわ、じゅわ。汗が幾度も噴き出してくる。
マコトは、テストがゼロ点だって別に構わないと思っていた。いや、ゼロ点を取りたくないとは思うけれど、カンニングしてまで取りたいとは思っていなかった。
それなのに――なんなんだ? この、悪魔のささやきによる強制カンニングは⁉
声を出せばまたいじられる。だから、頭の中の会話を絶対に口から漏らさないように、ぎりぎりと奥歯を噛んで、ギューッと唇に力を入れて閉じた。
キーンコーンカーンコーン♪
「それでは、答案用紙を回収します」
――あ、そこが!
「マコト?」
――もう時間だから!
――でもぉ……。
「マコト?」
「なにっ!」
「ひぇっ!」
答案を前に送るために、後ろの子が声をかけてくれていたみたいだ。けれど、マコトはアヤコに話しかけられたせいで、そのことに気づくのが遅れた。強い口調で「なにっ!」と言われた相手の子は、お化けでも見たかのように怯えた顔をしている。
「あ、ごめん」
「ごめん。なんか、めっちゃ集中していたみたいだね。百点狙ってたりするの?」
答案を前へ送りながら、返答を考える。
――もちろん百点だわ。わたしが教えてやったんだからねぇ。
「うるさい」
「……え?」
「ああ、ごめんごめん! 百点は無理かな。でも、うん。取れたらいいよね。取れたら。あは、あはははは」
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