天に召されよ!

湖ノ上茶屋

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7・決意表明!

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 帰りの会が終わると、マコトは逃げるように児童玄関へ向かい、靴を履き替え、飛び出した。緊張続きの学校を離れられることが嬉しくて、家路を急ぐ足がどうしても弾む。

「あいつ、今日おかしくね?」

 誰かのそんな呟きは、駆けるマコトの耳には入らない。



「ただいまーっ!」

 元気いっぱいに玄関ドアを開ける。誰がいるわけでもない空間から、「おかえり」の声は聞こえないけれど、頭の中にはどこか気だるい『おかえり~』が響いていた。

「母さんのパート、今日は何時までだったっけ? ま、いつもと一緒かな」
『パートしてるのかい。あの子が? 迷惑かけてないでしょうね』

 バチン!

『なんで叩くのよ』
「出てきていいって言ってない!」
『家なんだからいいでしょう? 許してくれないなら、学校でも出るから!』

 なんだよ、その子ども以下の思考!

「ああ、分かった! でも、出てくる前に確認してくれるとありがたいんだけど」
『ああ、確認すればいいのね。いま、ちょっといいかしら?』
「乗っ取らないで確認しろって言ってんの!」

 ――……ちぇ。

 ちぇ、じゃねぇよ!

 イライラしたマコトは、何よりも先に宿題を終わらせてしまうことにした。なにか集中できることをすれば、このイライラを振り払うことができると思ったからだ。ランドセルを開き、教科書とノート、筆箱を取り出す。宿題の内容を確認して、いざ、問題を解き始める。すると、汗がじゅわ……。まただ。今はテスト中じゃないっていうのに、なんで?

 ――マコちゃん、そこ、違うわ。

 まただ! 出た! 悪魔のささやき!

「うるさい!」
『うるさいとは何よ!』
「勝手に出てくんな」
『ちょっと失礼するわよ』
「もう! 宿題をする自由すらないのかよ! 出て行け! 出て行けぇーっ!」

 怒りが頂点に達したマコトは、自分の頬をバチン、バチンと幾度も叩き始めた。

「どうして分かってくれないんだよ! どうして! どうして!」

 バチン、バチン、バチン!

 すると突然、アヤコが存在を隠した。思考を、時に神経を侵食してきたアヤコのことを、心なのか頭なのか、どこかでは常に認識できていたはずなのに。

「……あれ? ま、いっか。ああ、痛ぁ。とりあえずオレ、宿題やるからさ。終わるまで口出ししないでよ? 絶対!」

 返答はない。



 その日、タカコはなかなか帰ってこなかった。いつも帰ってくる時間を過ぎた頃、胸騒ぎを覚えたマコトは、スマートフォンに手を伸ばした。

「あれ……けっこう前だ」

 宿題に集中しすぎていたのかもしれない。タカコからメッセージを受信していたことに気づいていなかった。急ぎ、メッセージを開いて読む。そこには、

[お父さんと一緒に帰ります。晩御飯のおかず、何か買って帰るね。]

 と、書いてあった。

 ――いいかい?
 ――なに?
 ――あのぅ……。それ、見てもいい?

「……は?」

 ――いや、そのぅ……。前にね、タカコにわたしの携帯を使わせてあげてたことがあるんだけど。

「うん」

 ――その時、タカコがしてたメールのやり取り、全部読んだのよ。

「はい?」

 ――それで、すっごく怒られちゃって。だから、人の携帯見るのトラウマなのよね……。

 待て、待て待て待て! それ、トラウマになるの、母さんのほうじゃない?

 ――だから、あんまり見たくないんだけど。大事な連絡なんでしょ? 見ていい?

 バチン!

「見ていいわけがあるか! ボケーっ‼」

 ――ひどい! わたし、マコちゃんをそんな子に育てた覚え、ないわ!

「いつばあちゃんに育てられたよ? 生きて会った回数を片手で数えられるっつうのに!」

 ――えーん! わたし、タカコの教育、間違ったんだわぁ。

 本当か? こんな子どもみたいな親のもとでよくあんなまともな親が育ったと思うけど。と、考えながらマコトは、心の奥がムズムズしているのを感じ取っていた。なんでだろう? 母であるタカコのことを評価しようとしたから? それがどこか恥ずかしいから?

 ――もう知らない! マコちゃんのテスト、見てあげないから!

 それ、脅しになってないから!

「ありがとう。助かる」

 ――えーん! えーん!

 本当に、子ども以下!



 頭の中に、自分を超える大根役者の泣き声が響いている。こうもウソっぽいと、泣き声を聞いても少しも可哀そうとか、慰めてあげようとは思わない。リビングのソファーにごろんと寝転がり、脱力しながら、呆れをたっぷり込めたため息をついていると、

「ただいまー」

 玄関から、トオルの声がした。マコトは体勢そのまま、廊下の方を見た。

「た、ただいま」

 おびえた様子のタカコが、トオルを盾にしながらリビングへと入ってきた。

「ああ、母さん」
「マ、マコト。あのさ、そのぅ……」
『ちょっと! あんた、パート先で迷惑かけてないでしょうね⁉ っていうか、マコちゃんの教育、どうなってんのよ! 小学六年生なのに反抗期じゃない! って、ああ! お惣菜買ってきて! ちゃんとお料理しなさいよ! マコちゃんの体に悪いじゃない!』

 バチン!

「母さん、ごめん」
「ううん。マコトが謝ることじゃないよ」
『ちょっと!』

 バチン!

「母さん、大変だったでしょ?」
「えっと? なんの話?」
「この悪魔が、昔、母さんのメール全部見たって」
「あ、ああ……」
「あのさ、母さん。オレは、母さんのことが大事だ」

 嘘じゃない。だから、言葉にするとなんだか気恥ずかしい。動揺を隠すように、マコトは言葉を重ねる。

「だから、オレ……母さんのために、この悪魔を成仏させようと思うよ」
「マ、マコトぉ」
『マ、マコちゃんっ⁉』

 バチン!


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