新田二五は何もしたくない

綿貫早記

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一章

episode 6 あの事

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 翌日FAXで送られてきた住所の近くまで車を走らせてきた。
 坂を上り端の方まで行くとポツンと二階建てのアパートが見えてきた。
 アパートの前で車を停車しハザードを点滅させて車内から外を見た。

「Iアパート…築三十年ってとこくらいか~?結構古いアパートだな…ここに片桐がいるのか?」

 周りは殆ど人も歩いていなければ何も建っていない。
 あるとすれば公園と老人ホームの施設だけだった。
 星野は一度坂を下りてこの辺りの聞き込みをすることにした。
 暫く車を走らせていると、小さな商店街があった。
 するとこの辺に住んでいるのか、明らかに噂話が好きそうな女達六人が、商店街の入口付近で立ち話をしている。
 Iアパートが建つ辺りの事を、何か知っているかもしれないと探偵の勘が働いた。
 星野はその女達に話を訊くため、車を近くの道路脇に停車し運転席から降りた。

「あの~皆さんでお話し中すみません。知り合いの家に遊びに来たんですが道に迷ってしまって」

 星野は探偵と名乗らず女達に近づいた。
 するとその六人の中でもボス的存在の女は目を光らせて言ってきた。

「あら!誰!?誰!?この辺ってどこ!?どこら辺に住んでる人!?どこから道に迷ったの!?」

 息をするのも忘れ間断なく喋る女だ。

「いや、えっと‥その」

 星野はあまりの勢いに驚く。
 すると髪の短い眼鏡をかけた女が、よく喋る女に向って言った。

「いやいや橘さん、そんなにぐいぐい訊いたら可哀そうよ!驚いちゃいますって!」

 その言葉に周りにいる四人の女達も大きく頷く。
 よく喋る女は橘と呼ばれた。
 橘は髪の短い眼鏡をかけた女を見て仏頂面で言った。

「あらあらごめんなさ~い!ぐいぐい訊いちゃって!私ってばすぐ困った方の力になろうとしちゃうのよね!でも田中さんが私に向ってそういう言い方をするなら、もう誰かの力になる事をやめるわ!パン屋の田中さん!ご主人がやっているあの潰れそうなタナカパンを、大学の理事長の私の父に態々お願いして、大学にパンを卸してるけどそれもやめきゃ!それに浜辺さんのお子さんだって―—」
「ごめんなさい橘さん!そんなつもりで言ったわけじゃないの!本当にごめんなさい!」

 パン屋の田中と呼ばれた女は頭を下げた。
 橘以外そこにいる女達全員がオロオロしながら謝っている。
 すると橘は何もなかったかのように笑顔になった。

「やめてよ~謝らないで、まるで私が苛めてるみたいに見えちゃうじゃない」

(女ってこえー)

 星野は苦笑いをした。

「あの~なんかすみません俺が道に迷ったせいで」
「いいのよ気にしないで!ところでその知り合いの方ってどの辺りに住んでいるかわかるかしら?」

 星野はズボンの後ろポケットから折りたたんで入れていたメモの紙を取り出し橘に見せた。

「この住所なんですけど、わかりますか?」
「ここならこの目の前の道をずっと真っ直ぐ行って、分かれ道が見えてくるから、坂道の方を上って‥…あら?この住所ってIアパートじゃない!?」

 そう言った橘は険しい顔になった。

「そうです、Iアパートです」
「あなた片桐さんとお知り合いなの?」

 Iアパートと知ってなぜ片桐だけの名前がすぐ出たのか星野は不思議に思った。

「片桐を知ってるんですか?」
「知ってるって言うか、があってから皆あのアパートから出て行っちゃったのよ?だから誰もいないはず」

()

 突然パン屋の田中が大きな声で言った。

「あっ!もしかしてこの人、この前橘さんが電話したって言う週刊誌の記者の人なんじゃない!?」

 橘も思い出したように大きく頷くと自慢げに言った。

「そうだわ!あの時電話した週刊誌の記者の人の声にそっくりだわ!最初から私達に近づいて来た時の雰囲気が記者の人にしか見えなかったもの!」

(週刊誌の記者!?)

 でもここは話を合わせた方が何か情報が聞けると思い、女達が言っている記者のふりをする事にした。

「やっぱバレましたか?」
「ほら!やっぱり!確かお名前は、たに、たに、谷崎さん!」
「そうですそうです!谷崎です!すみません今日名刺持ってくるの忘れてしまったもので」
「いいの名刺なんて!そんなことより皆さん私ってなんでも当てちゃうのよね~!?勘が鋭いっていうのかしら!」

 パン屋の田中も他四人の女達も「凄い橘さん!」と言って拍手をした。
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