新田二五は何もしたくない

綿貫早記

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二章

episode 14 あのお方

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「し、知らないでこの双山村に来たんですか!?」
「ええ、昨日三人で双山村に来たばかりなので…何か知っている事があるのなら教えていただけませんか?」

 役場の男は星野の顔を見つめ、静かに語りはじめた。

「……双山村の奥から橋を渡った先の双双山に、輝水天上天下という宗教団体の施設があります。そこには不思議な力を持つ、いわゆると呼ばれているお方がいます。その教祖様には霊能力があり、天からのお告げの声を聞き、それを天下の庶民に伝えるのです。そして、そのお告げを受けて、普通の水や温泉の湯を“輝水”と呼ばれる特別な水に変えてしまうことができるんです。最初は、この双山村の人たちもその力を信じていなかったようですが……ある出来事があったみたいで……」
「ある出来事?」

 星野は眉をひそめて不思議そうに役場の男を見つめると、役場の男は頷く。

「はい。その“ある出来事”で、双山村の村長や村人たちがその輝水の水を飲んだところ、様々な苦しみから解放され、たちまち幸せな感情が押し寄せてきたらしいんです。
それからは、悩める人たちや、いろいろな事情で苦しむ人たち……たとえば、家出をして行き場を失くした人や、家庭の事情で帰る場所を失くした人たち、その他にもいろいろな事情を抱えた者たち――そんな、心に傷を抱えた人々を、他の村や町から静かに連れてきて、輝水天上天下の宗教施設での力を込めた輝水の水を飲ませ、苦しみから解放して助けている……そういう宗教団体なのです」

 信じられないといったような顔で、星野は引きつった笑みを浮かべた。

「そして、この双山村に一緒について来てくれた俺の妻も……輝水の水を飲み、輝水天上天下の宗教施設に行ったっきり、戻って来ませんでした。どちらかと言うと俺の妻は現実主義者です。でもそんな妻が戻って来ないのは、の本物の力を知ったからに違いないと思います。俺が妻の苦しみをもっと早くに気づいてあげられていれば、妻はあんな所に行かなかったかもしれないのに……」

 星野は昨夜、露天風呂で会った男性に言われた言葉を思いだす。

「双山村の山間に架かる吊り橋は、渡らないほうがいいですよ。向こう側に行けば大事な人が消えてしまう」

 星野は心の中で思った。
 だから俺に、「あなたも探しているんですか?」と言ってきたんだな――。
 あの露天風呂で会った男性の大事な人が、輝水天上天下に連れていかれたのか、それとも自分から行ってしまったのかは分からんが。

 役場の男は悲しげな表情でつぶやいた。

「もしかしたら俺が原因で……の“力”を求めるほど、妻は苦しんでいたのかもしれない」

 その声には、かすかな震えが混じっていた。
 すると、星野はぐっと役場の男の肩に手を置いた。

「しっかりしてください!その“力”っていうのを、本当に役場のあなたは信じているんですか!?この世に、そんな力を持った人間がいるわけがない!あなたの奥さんが戻れない理由が、他にあるのかもしれないでしょう!?」

「理由?理由って、いったい何なんですか?」 
「それは、まだ俺にも分かりません。でも、これから橋を渡って双双山に向かおうとしていたんです。あなたの話を聞いて、もしかしたら――俺の探している人も、輝水天上天下の宗教施設にいるのかもしれないと思いました」
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