新田二五は何もしたくない

綿貫早記

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二章

episode 17 知られたくない何か

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 *
 古い木製吊り橋が見えてくると、星野はアクセルを緩め、橋の手前で車を停めた。

「車で行くのはここまでだな。あとは歩きで行こう」
「僕は行きたくない」
「二五はまだ誘ってないし、別に来なくていい。それに、お前って確か、高いところ苦手だったよな?」

 本当は行きたくないが、星野の言い方が妙に癪に障った。
 星野はルームミラー越しに、後部座席の日向を見て訊いた。

「日向ちゃんはどうする?」
「もちろん!怖いけど、ここまで来たんだし、私も星野さんと一緒に行きます!」

 星野は日向に頷くと、助手席の新田に顔を向けた。

「じゃあ、怖がりさんは車の中で留守番しててくれ」
「ちょっと待て!僕一人で留守番するのか!?この車の中で!?」

 新田はシートに身を沈めて、周囲を見回した。

「他に誰がいる?お前しかいないだろう」

 新田は珍しく舌打ちをした。

「…じゃ僕も行くよ」

 新田はしぶしぶとシートベルトを外しながら、ため息をついた。
 三人は車を降り、橋の前まで歩いて行った。

「結構古い吊り橋だな!!」

 星野の声が山に響くと、しばらくして「吊り橋だな…な…な…」とやまびこが返ってきた。

「よし!じゃあ先に俺が渡るから、ここで待ってろ」

 見た目こそ古い木製の吊り橋だったが、意外に足元がしっかりして、星野はあっという間に渡って行った。

「日向ちゃん!この吊り橋、見た目ほど怖くないぞ。渡ってきて大丈夫だ!あっ、それと二五!無理するなよ。高いの苦手なら、車に戻っていいからな!」
「僕だって、こんな吊り橋くらい、余裕だよ!」

 しかし新田の言葉とは裏腹に、足は一歩も前に進んでいない。
 しばらく沈黙したあと、新田はゆっくりと後ろに立つ日向に振り返った。

「石川さん、先どうぞ」
「え?急にですか?」
「ふと思ったんだけど、もし僕に何かあったら、新しい漫画の企画、誰が引き継ぐのかな?」
「……突然、何の話ですか?それに先生の言い方、なんか脅しっぽいですよ?先生が先に行ってください!」

 新田は大きくため息をついた。

「あのさ、僕は二十七歳、君は二十五歳。つまり僕のほうが年上なわけ。年上の言うことは聞くもんでしょ?」

「はぁ!?大人になって一歳や二歳の差なんて、気にします!?」

 日向は心の中で(器の小さい男……)とつぶやいた。

「おい!なにそこでゴタゴタしてんだ!」

 星野が吊り橋の向こうから二人に声を張り上げる。

「すみません!今行きます!」

 日向は新田を置いて、さっさと吊り橋を渡り始めた。
 すると、服の裾が後ろから引っ張られる感覚がする。
 バッと振り向くと、新田が日向の服をつかんで、一緒について来ていた。
 呆れた日向は、小さくため息をつきながら、ぼそっとつぶやく。

「……本当、怖がり」

「お、お待たせしました…‥星野さん」

 ただ吊り橋を渡っただけなのに、日向の顔にはどっと疲れがにじんでいた。


「おい新田、日向ちゃんの後ついてくるってどういう事だよ?昔、柔道やってた頃のこと思い出せ!」
「僕は怖がりではない!年上として、石川さんにいろいろ勉強をさせてあげているんだ!」

 その言葉に、日向の中で何かがぷつんと切れた。“先生はこういう人間なんだ”と自分に言い聞かせようとしたが、怒りの感情がどうしても抑えきれなかった。

「先生が“年上として”って言うなら、年上の先生が私の服の裾を掴みますか!?逆ですよね!?年下の私が先生の服の裾を掴むほうでしょう!!?」

 怒りがヒートアップした日向は、もう言葉を止められなかった。

「僕が君の服の裾を掴んでいたのは、危ないと思ったからだよ!そんな僕の優しさが、分からないかな!?」
「吊り橋を渡る前からゴチャゴチャ私に言ってたくせに、どこが優しさですか!?星野さんみたいに先に渡って、“大丈夫だ”って言ってくれるのが優しさじゃないんですか!?先生のは……あれのどこが優しさになると思ってるんですか!?」

 新田は、言ってしまった自分の言葉を思い返し、だんだんと沈んだ表情になっていった。

「それに!」
「ま、まだあるの?」
「はい!まだあります!私は、年上とか年下とか関係なく――私の腕くらい、引っ張って連れて行ってほしかったんです!」

 新田は、日向の言葉の意味を考えてるのか、じっと彼女を見つめた。
 そして、ぽつりと一言。

「……どういう意味?」

 日向は、深いため息をついた。

「もういいです。先生って、恋愛漫画描けませんね」
「僕はミステリーとホラー……それと、言い忘れてたけど、恋愛も描きたくないんだ」

 星野は呆れたように眉をひそめ、新田に向かって言った。

「ミステリーとホラーの次は恋愛か……描けないものが増えたな。困ったもんだ」


 **
 山道を歩いて行くと、途中で道が二手に分かれていた。
 左の道には、古い汚れた木製の看板が、斜めに倒れかけたまま立っている。
 日向はその看板に近づき、薄く消えかけた文字をじっと見つめた。
 文字を、ひとつずつ口にした。

「双双……山村……」

 日向の後ろに立っていた星野も、看板を見てつぶやいた。

「左の道に進めば、双双山村があった場所か……」

 日向は振り返り、星野に尋ねた。

「星野さん、どうします?看板には左の道が双双山村って書いてありますけど……右に行けば、輝水天上天下の宗教施設なんでしょうか?右に行きますか?」

 星野は顎に手を当て、しばらく考え込んでいた。
 すると、新田が急に口を開いた。

「ちょっと、休まないか?」

「どうした新田、疲れたか?」
「いや、疲れたわけじゃなくて…急に思い出したんだよ。さっき琴子さんに会ったとき、隣を歩いていた旅館のスタッフ――宇佐美を見て『動画の人!』って石川さんが言ってたことをさ」
「ああ、そうだな!俺も気になってたんだ!」

 星野と新田は、同時に日向の顔を見た。
 日向は、夜中に起きた出来事をふたりに話した。
 夜中に目が覚めて、お風呂に行こうとしたこと。
 外に出て、裏口の方で琴子と宇佐美が「片桐」という名前を口にしていたこと――。
 話し終えると、日向は携帯を取り出し、録画していた動画をふたりに見せた。

「ここに映ってる男性って、旅館にいたスタッフの人で……さっき琴子さんと一緒にいた人ですよね?」
「ああ!俺たちの部屋に来てた、宇佐美とかっていう男だ!でも、なんで俺たちの泊まる旅館を琴子さんが知ってたんだ?」
「さぁ~?はっきりと話し声が聞こえてきたわけじゃないですし……でも、私たちを追って来たのなら、旅館の中に入ってきてますよね?」
「ん~…どうだろうな。『片桐』って名前を口にしたってことは、片桐風子のことで何かを知っていて、それを隠したいのかもしれない。それか、俺たちに知られたくない何かがあるのかも。だから、姿を見せずにコソコソしてたのかもしれないな」

新田は星野の顔を見て、ぽつりとつぶやいた。

「……知られたくない何か、か」

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