32 / 45
三章
episode 3 優しい笑顔
しおりを挟む
*
躑躅森 丞と名乗ってその場を去っていく男の後姿を見ながら、村長の宗一郎と村人たちは思い出した。
双山村郷土資料館に写真と名前が載っていた、あの「躑躅森」の子孫ではないかと。
昔、双双山村では雨が何日も降り続き、躑躅森という男が「雨を止ませるには、双山の山頂近くにある“双双山村を守るとされる大岩”の前で祈ればよい」と言い、大岩へ向かった。そして天に向かって『天上様、どうかこの大雨を止ませてください』と祈った。
すると、たちまち雨が止んだ――そう語り継がれている。
そんな伝承を思い出した宗一郎と村人たちは「あの躑躅森 丞という男には、本当に力があるのではないか」とざわめき始めた。
それから一ヶ月が過ぎた頃、静子は一人で久遠家を訪れ、父の宗一郎と母の千代に妊娠を伝えた。その瞬間、宗一郎の脳裏に躑躅森の言葉がよぎり、勢いよく立ち上がると、静子の両肩をわしづかみにした。
「静子!双子か!?腹の子は双子なのか!?」
「ちょっと、あなた!静子が怯えています!肩から手を放してください!」
「うるさい!千代は黙ってろ!答えろ静子!」
静子は自分を落ち着かせるために深呼吸をし、静かに言った。
「……いいえ、双子ではありません」
すると宗一郎は、突然大声で笑い出した。
「わっはっはっはっはっはっは!!あの躑躅森という男、何が“未来を予知する力”だ!嘘ではないか!この村の伝説をどこから聞いたのか知らんが、躑躅森の子孫などと馬鹿なことを企みやがって!こんなすぐバレるような嘘を、よく平気でつけたな!」
娘の妊娠を喜ぶどころか、躑躅森のことばかりに気を取られている宗一郎を見て、千代はただ呆れるしかなかった。
その日の夕方、静子は片桐と暮らす家へと戻った。
妊娠を伝えると、一郎はどこか不安げな表情を浮かべ、素直に喜ぶことができなかった。突然、静子の前にひざまずき、深々と頭を下げて言った――
「静子!申し訳ない!!
実は……佳乃も、俺の子を身ごもってるんだ。
本当は、もう気づいていたんだろう?俺と佳乃の関係に。
静子は、俺の女房にするには勿体ないくらい、いい女だ。それに、久遠の娘で、この村の長の血筋だ。面倒を見てくれる男なんて、いくらでもいる。
だけど……佳乃は違う。
あいつは結婚もしてないし、そのうえ子供まで産まれたら、一生独り身になってしまう!こんな小さい村じゃ、噂なんてすぐに広まる。佳乃がどんな目に遭うか……俺には、想像がつくんだ!」
静子は黙ったままだった。
一郎は土下座のまま、額を畳に押しつけていたので、静子の様子が見えない。
恐る恐る声をかけてみる。
「し、静子……?」
「顔を……あげてください」
一郎はゆっくりと顔を上げ、静子の表情をうかがった。
そこには、いつもと変わらぬ、あの優しい笑顔があった。
「一郎さん、夕食は一郎さんが好きな魚の煮つけです。それに、ぬか漬けもそろそろ食べ頃ですね。あっ!そうそう、裏の畑で胡瓜が育ってましたよ。それもぬか漬けにしたら、きっと美味しいですよね」
「し、静…子? 俺と別れて」
「——別れませんよ!一郎さんが外で女性と浮気していることぐらい、こんな小さな村で隠せると本気で思ってます?さっきご自分でも言ってましたでしょ?“こんな小さい村だ、あっという間に話は広がる”って。
それに、父はあなたが不倫をしていることを知っています。最初から、だらしのないあなたのことが嫌いだった父は、私たちの結婚を反対していたので、あなたが不倫をしていると知っても、驚きもしなかったようです」
一郎は驚き、目を見開いた。
「じゃ、どうやって俺たちの結婚を認めてくれたんだ?」
「父が結婚を認めてくれないのなら、一郎さんとこの村を出て行くと私が言ったから……だけではなく、絶対に男の子を産むと約束したからです」
「はぁ? その言葉をお前の父親は信じたのか!?馬鹿馬鹿しい!」
「では、どうやってあの父を説得したらよかったんですか?……それに、このお腹の子、もしかすると男の子かもしれませんよ?」
静子は嬉しそうに、自分のお腹をさすった。
躑躅森 丞と名乗ってその場を去っていく男の後姿を見ながら、村長の宗一郎と村人たちは思い出した。
双山村郷土資料館に写真と名前が載っていた、あの「躑躅森」の子孫ではないかと。
昔、双双山村では雨が何日も降り続き、躑躅森という男が「雨を止ませるには、双山の山頂近くにある“双双山村を守るとされる大岩”の前で祈ればよい」と言い、大岩へ向かった。そして天に向かって『天上様、どうかこの大雨を止ませてください』と祈った。
すると、たちまち雨が止んだ――そう語り継がれている。
そんな伝承を思い出した宗一郎と村人たちは「あの躑躅森 丞という男には、本当に力があるのではないか」とざわめき始めた。
それから一ヶ月が過ぎた頃、静子は一人で久遠家を訪れ、父の宗一郎と母の千代に妊娠を伝えた。その瞬間、宗一郎の脳裏に躑躅森の言葉がよぎり、勢いよく立ち上がると、静子の両肩をわしづかみにした。
「静子!双子か!?腹の子は双子なのか!?」
「ちょっと、あなた!静子が怯えています!肩から手を放してください!」
「うるさい!千代は黙ってろ!答えろ静子!」
静子は自分を落ち着かせるために深呼吸をし、静かに言った。
「……いいえ、双子ではありません」
すると宗一郎は、突然大声で笑い出した。
「わっはっはっはっはっはっは!!あの躑躅森という男、何が“未来を予知する力”だ!嘘ではないか!この村の伝説をどこから聞いたのか知らんが、躑躅森の子孫などと馬鹿なことを企みやがって!こんなすぐバレるような嘘を、よく平気でつけたな!」
娘の妊娠を喜ぶどころか、躑躅森のことばかりに気を取られている宗一郎を見て、千代はただ呆れるしかなかった。
その日の夕方、静子は片桐と暮らす家へと戻った。
妊娠を伝えると、一郎はどこか不安げな表情を浮かべ、素直に喜ぶことができなかった。突然、静子の前にひざまずき、深々と頭を下げて言った――
「静子!申し訳ない!!
実は……佳乃も、俺の子を身ごもってるんだ。
本当は、もう気づいていたんだろう?俺と佳乃の関係に。
静子は、俺の女房にするには勿体ないくらい、いい女だ。それに、久遠の娘で、この村の長の血筋だ。面倒を見てくれる男なんて、いくらでもいる。
だけど……佳乃は違う。
あいつは結婚もしてないし、そのうえ子供まで産まれたら、一生独り身になってしまう!こんな小さい村じゃ、噂なんてすぐに広まる。佳乃がどんな目に遭うか……俺には、想像がつくんだ!」
静子は黙ったままだった。
一郎は土下座のまま、額を畳に押しつけていたので、静子の様子が見えない。
恐る恐る声をかけてみる。
「し、静子……?」
「顔を……あげてください」
一郎はゆっくりと顔を上げ、静子の表情をうかがった。
そこには、いつもと変わらぬ、あの優しい笑顔があった。
「一郎さん、夕食は一郎さんが好きな魚の煮つけです。それに、ぬか漬けもそろそろ食べ頃ですね。あっ!そうそう、裏の畑で胡瓜が育ってましたよ。それもぬか漬けにしたら、きっと美味しいですよね」
「し、静…子? 俺と別れて」
「——別れませんよ!一郎さんが外で女性と浮気していることぐらい、こんな小さな村で隠せると本気で思ってます?さっきご自分でも言ってましたでしょ?“こんな小さい村だ、あっという間に話は広がる”って。
それに、父はあなたが不倫をしていることを知っています。最初から、だらしのないあなたのことが嫌いだった父は、私たちの結婚を反対していたので、あなたが不倫をしていると知っても、驚きもしなかったようです」
一郎は驚き、目を見開いた。
「じゃ、どうやって俺たちの結婚を認めてくれたんだ?」
「父が結婚を認めてくれないのなら、一郎さんとこの村を出て行くと私が言ったから……だけではなく、絶対に男の子を産むと約束したからです」
「はぁ? その言葉をお前の父親は信じたのか!?馬鹿馬鹿しい!」
「では、どうやってあの父を説得したらよかったんですか?……それに、このお腹の子、もしかすると男の子かもしれませんよ?」
静子は嬉しそうに、自分のお腹をさすった。
2
あなたにおすすめの小説
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
嘘コクのゆくえ
キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。
生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。
そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。
アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで……
次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは……
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。
作者は元サヤハピエン主義を掲げております。
アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
(完結)姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……
泉花ゆき
恋愛
蘭珠(ランジュ)が名門である凌家の嫡男、涼珩(リャンハン)に嫁いで一年ほど経ったころ。
一向に後継ぎが出来ないことに業を煮やした夫の母親は、どこからか第二夫人として一人の女性を屋敷へ連れてくる。
やがてその女が「子が出来た」と告げると、姑も夫も大喜び。
蘭珠の実家が商いで傾いたことを口実に、彼女には離縁が言い渡される。
……けれど、蘭珠は知っていた。
夫の涼珩が、「男女が同じ寝台で眠るだけで子ができる」と本気で信じているほど無知だということを。
どんなトラブルが待っているか分からないし、離縁は望むところ。
嫁ぐ時に用意した大量の持参金は、もちろん引き上げさせていただきます。
※ゆるゆる設定です
※以前上げていた作の設定、展開を改稿しています
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~
希猫 ゆうみ
恋愛
ダウエル伯爵家の令嬢レイチェルはコルボーン伯爵家の令息マシューに婚約の延期を言い渡される。
離婚した幼馴染、ブロードベント伯爵家の出戻り令嬢ハリエットの傍に居てあげたいらしい。
反発したレイチェルはその場で婚約を破棄された。
しかも「解放してあげるよ」と何故か上から目線で……
傷付き怒り狂ったレイチェルだったが、評判を聞きつけたメラン伯爵夫人グレース妃から侍女としてのスカウトが舞い込んだ。
メラン伯爵、それは王弟クリストファー殿下である。
伯爵家と言えど王族、格が違う。つまりは王弟妃の侍女だ。
新しい求婚を待つより名誉ある職を選んだレイチェル。
しかし順風満帆な人生を歩み出したレイチェルのもとに『幼馴染思いの優しい(笑止)』マシューが復縁を希望してきて……
【誤字修正のお知らせ】
変換ミスにより重大な誤字がありましたので以下の通り修正いたしました。
ご報告いただきました読者様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
「(誤)主席」→「(正)首席」
婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる