新田二五は何もしたくない

綿貫早記

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三章

episode 4 先生

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 *
 月日はあっという間に流れ、静子は本当に男の子を一人産んだ。
名前は、片桐風真ふうまと名付けられた。
 病室では、母の千代が「よく頑張ったね」と静子の手を握り、喜びを分かち合っていた。だが一方で、父の宗一郎は無言のまま、同じ病室の隅に立つ一郎を鋭く睨みつけていた。
 やがて宗一郎は、静子の隣で眠る生まれたばかりの赤ん坊を抱き上げ、こう言った――

「静子、片桐とは別れて家に帰ってきなさい。これからは久遠静子として生きていけ。そしてこの子は、久遠家の跡取りとして育てていく。久遠を俺の代で終わらせたくはない……いや、違う!終わらせるわけにはいかん!」

 静子は一郎の方を見た。
 しかし、一郎はただ俯いているだけで、もう何も言ってはくれないのだと思った。
 静子は悲しみを押し殺し、一言だけつぶやいた。

「……考えておきます」

 静子が風真を産んでから一週間後、宇佐美佳乃も通院していた街の病院まで間に合わず、双山村の産婦人科で赤ん坊を産んだ。
 それも、女の子と男の子――双子だった。
 先に産まれた女の子が凛子りんこ、後に産まれた男の子が祥太郎しょうたろうと名付けられた。

 双子を産んだ佳乃に、村は騒然となった。
 躑躅森 丞の「双子が生まれる」という予言が的中したのだ。
それだけではない。佳乃は嫌われるどころか、予言が当たったことで村中の注目を集め、祝福とお祝いを受けた。よりにもよって、双子を産んだのが――片桐の浮気相手、佳乃だったなんて。
 静子は、腹の底から悔しくて仕方がなかった。

(私が、片桐一郎の妻なのよ。私が別れない限り、一郎さんと佳乃が一緒になることなんてできるはずがない。――私は絶対に、一郎さんと別れるものですか!)

 それから数ヶ月後、躑躅森 丞は再び双山村を訪れた。
 村人たちは宗一郎の家に集まり「双子が生まれる」と予知した躑躅森に向って口々に言った。

「天上様の声を天下に告げるという力は本物なのだ」

 宗一郎は静かに頷き、躑躅森に向かって言った。

「約束は約束だ。だが、それだけではない。双双山は、かつて我々の先祖の故郷だった。あの山の湧水が誰かを救えるのなら、それを無視するわけにはいかない。我々が守ってきた山の恵みを、分かち合おう」

 宗一郎の言葉に、村人たちも深く頷いた。
 こうして、双双山の湧水は「輝水」として認められることとなった。

 そして、あれよあれよという間に、躑躅森は双双山の奥に「輝水天上天下宗教団体」という、横に長く伸びる、I字型の真っ白な建物を建てた。
 白い作務衣を着た人々が次々とその施設に現れ、躑躅森のことを「先生」と呼んだ。
 躑躅森は約束通り、輝水を双山村の飲み水や温泉水として提供した。
 やがて「双山村には苦しみを癒す輝水がある」と、噂がどこからともなく広まり、旅行者や観光客が訪れるようになった。
 何もなかった双山村は、まるで嘘のように潤い始め、この頃には宗一郎もすっかり躑躅森を信じ「あのお方」と呼ぶようになっていた。
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