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三章
episode 6 ごめんね
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月日は流れ、琴子は四歳になった。
もともと佳乃は、子どもがそれほど好きではなかった。最近では、毎日騒がしくまとわりつく琴子が、正直、煩わしく感じられることもある。佳乃にとっては、一郎さえいれば、他に何もいらなかった。
けれど、一郎が輝水天上天下の幹部になってから、二人で会う時間はどんどん減っていった。気づけば、離れたくないと願っていたのは、佳乃のほうだった。
ある日、佳乃は一郎に言った。
「二人でこの村を出て、私が前に住んでた街で暮らさない?」
佳乃は、一郎も同じ気持ちでいてくれていると信じていた。
けれど、返ってきたのは、思いもよらない言葉だった。
「悪いが俺は、この輝水天上天下からも、双山村からも出て行く勇気がない。それに……やっぱり離婚はできない。静子のことも、風真や風子のことも、どうしても気になってしまう。すまない、佳乃。全部、俺が悪いんだ……」
その瞬間、佳乃は悟った。
彼の心には、もう自分はいないのだと。
そう気づいたとき、佳乃はただ黙って、うつむくことしかできなかった。
それからしばらくして、佳乃は一人で双山村を出ることを決めた。
双山村を出て行く前の日の夜、佳乃は、もう一度だけ琴子の寝顔を見た。
琴子は小さく寝息を立てていた。そして布団の端をぎゅっと握りしめているその仕草は、まだ母の温もりを求めているように見えた。
「ごめんね」
佳乃は小さくつぶやいた。
「ママは、ママにはなれなかった」
翌日の朝、佳乃は琴子の手を握りしめながら、輝水天上天下宗教団体へと向かった。玄関先で信者の一人に「躑躅森教祖に会わせてほしい」と伝えると、やがて中から、躑躅森教祖とその側近がやってきた。
「これはこれは、神の子をお生みになった佳乃さん。朝から慌ててどうなされましたか?」
「私には……子供を育てることができないです。だからこの双山村から私は出て行きます。双子もそちらにお渡ししたので、この子も……琴子も一緒に育ててください。どうか、お願いします」
すると、側近が一歩前に出て佳乃に詰め寄った。
「勝手なことを言うな!」
躑躅森は側近に向って「おやめなさい、子どもが見てますよ」と言った。
佳乃の後ろに隠れていた琴子が、不安そうな顔でこちらを見つめていた。
「佳乃さんとは私がお話します。琴子さんを施設の中に連れて行ってあげなさい」
側近は一瞬ためらったが、小さく「……はい」と答えた。
側近が琴子の手を無理やり掴むと、琴子は目を見開き、怖がって必死に抵抗した。
佳乃は琴子の顔を見ないように目をそらした。
すると玄関奥で様子をうかがっていた祥太郎が、突然走り出した。側近の背後に回り込むと、勢いよく両手で突き飛ばす。バランスを崩した側近が琴子の手を離した瞬間、祥太郎は琴子の腕をつかみ、そのまま施設の外へと駆け出した。「……面倒な子だ」と側近はボソッとつぶやいた。
佳乃は振り返り急いで後を追いかけようとしたが、躑躅森が佳乃を止めた。
「追いかける必要はありません。神の子は……凛子さんでも、構わないのですから」
「そう……最初から誰でも良かったのね。私も、あの子たちも、最初からただの道具だったものね」
佳乃はかすかに笑った。
その後、佳乃は一人で双山村を出て行った。躑躅森教祖はその日のうちに信者たちや双山村の村人たちにこう告げた。
「天上様から天下にお告げです。これからは神の子は凛子様一人だけだと仰っています」
その言葉を受け、輝水天上天下宗教団体の信者たちはもちろん、双山村の誰一人として祥太郎を探そうとはしなかった。
一方、祥太郎は凛子を輝水天上天下の施設に置いてきてしまったことが心配で仕方がなかった。けれど、まだ子供の自分にはどうすることもできない。泣きじゃくる琴子の手を引きながら、祥太郎は母の佳乃がかつて双山村で暮らしていた家を目指した。幼い頃、凛子と一緒に何度か訪れたことのあるその古びた家しか、祥太郎には思い当たる場所がなかった。
月日は流れ、琴子は四歳になった。
もともと佳乃は、子どもがそれほど好きではなかった。最近では、毎日騒がしくまとわりつく琴子が、正直、煩わしく感じられることもある。佳乃にとっては、一郎さえいれば、他に何もいらなかった。
けれど、一郎が輝水天上天下の幹部になってから、二人で会う時間はどんどん減っていった。気づけば、離れたくないと願っていたのは、佳乃のほうだった。
ある日、佳乃は一郎に言った。
「二人でこの村を出て、私が前に住んでた街で暮らさない?」
佳乃は、一郎も同じ気持ちでいてくれていると信じていた。
けれど、返ってきたのは、思いもよらない言葉だった。
「悪いが俺は、この輝水天上天下からも、双山村からも出て行く勇気がない。それに……やっぱり離婚はできない。静子のことも、風真や風子のことも、どうしても気になってしまう。すまない、佳乃。全部、俺が悪いんだ……」
その瞬間、佳乃は悟った。
彼の心には、もう自分はいないのだと。
そう気づいたとき、佳乃はただ黙って、うつむくことしかできなかった。
それからしばらくして、佳乃は一人で双山村を出ることを決めた。
双山村を出て行く前の日の夜、佳乃は、もう一度だけ琴子の寝顔を見た。
琴子は小さく寝息を立てていた。そして布団の端をぎゅっと握りしめているその仕草は、まだ母の温もりを求めているように見えた。
「ごめんね」
佳乃は小さくつぶやいた。
「ママは、ママにはなれなかった」
翌日の朝、佳乃は琴子の手を握りしめながら、輝水天上天下宗教団体へと向かった。玄関先で信者の一人に「躑躅森教祖に会わせてほしい」と伝えると、やがて中から、躑躅森教祖とその側近がやってきた。
「これはこれは、神の子をお生みになった佳乃さん。朝から慌ててどうなされましたか?」
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すると、側近が一歩前に出て佳乃に詰め寄った。
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側近は一瞬ためらったが、小さく「……はい」と答えた。
側近が琴子の手を無理やり掴むと、琴子は目を見開き、怖がって必死に抵抗した。
佳乃は琴子の顔を見ないように目をそらした。
すると玄関奥で様子をうかがっていた祥太郎が、突然走り出した。側近の背後に回り込むと、勢いよく両手で突き飛ばす。バランスを崩した側近が琴子の手を離した瞬間、祥太郎は琴子の腕をつかみ、そのまま施設の外へと駆け出した。「……面倒な子だ」と側近はボソッとつぶやいた。
佳乃は振り返り急いで後を追いかけようとしたが、躑躅森が佳乃を止めた。
「追いかける必要はありません。神の子は……凛子さんでも、構わないのですから」
「そう……最初から誰でも良かったのね。私も、あの子たちも、最初からただの道具だったものね」
佳乃はかすかに笑った。
その後、佳乃は一人で双山村を出て行った。躑躅森教祖はその日のうちに信者たちや双山村の村人たちにこう告げた。
「天上様から天下にお告げです。これからは神の子は凛子様一人だけだと仰っています」
その言葉を受け、輝水天上天下宗教団体の信者たちはもちろん、双山村の誰一人として祥太郎を探そうとはしなかった。
一方、祥太郎は凛子を輝水天上天下の施設に置いてきてしまったことが心配で仕方がなかった。けれど、まだ子供の自分にはどうすることもできない。泣きじゃくる琴子の手を引きながら、祥太郎は母の佳乃がかつて双山村で暮らしていた家を目指した。幼い頃、凛子と一緒に何度か訪れたことのあるその古びた家しか、祥太郎には思い当たる場所がなかった。
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