期限付きの猫

結城 鈴

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 翌日。昼を過ぎたころ、中庭に飾りつけを手伝ってくれる男性陣が十名ほど集まった。その中には佐川もいる。何か話したそうにしているのがわかるが、作業が先だ。マンションの地下にある倉庫から、様々な形に作られた電飾を運び出す。台車に乗せられて中庭にやってきたそれを、孝利の指示で配置していく。子供向け、と言われたエリアには、小ぶりなサイズのトナカイやサンタクロースが並んでいた。それを、孝利が繋いでいく。華やかなLEDの飾りは、輝度も高い。テストに電源を入れるたび、わぁっと歓声が上がる。孝利も楽しそうだった。たまには、仕事じゃない仕事も、精神衛生上いいのかもしれなかった。
全ての作業を終えると、もう日が傾き始めていた。寒い。
冷え込みに、コートの前を合わせ、ポケットに入れたカイロで手を温めていると、佐川がやってきた。
「佐川さん。お疲れ様です。」
「お疲れー。だめだ。北倉さんガードが固くて近づけない。
この後みんなで、風呂とかサウナとか行くんだけど、どう?
北倉さんにも伝えておいてよ。点灯式は七時だから、少し時間があるでしょう?」
「あーいいですね。寒くてもう動けません。」
伝えてきます、と孝利のもとに走る。孝利は、年配のすこし偉そうな雰囲気の人と話していた。近づくと、気付いて紹介してくれる。
「健斗。こちら、自治会長の沢田さん。沢田さん、うちの猫のトリマーをしてくれてる環君です。」
健斗、と呼ばれてドキリとした。人前でタマ、なんて呼ぶわけにいかないだろうけれど。それにしても、アンのトリマーとして紹介されるとは思わなかったから驚いた。対外的に、ハウスキーパーもはばかられるのだろうか。よくわからない。
ペコ、と頭を下げて、環健斗です、と挨拶した。沢田です、と返されて、もう一度頭を下げる。
「何か用事だった?」
「あ、このあとみんなでお風呂入るみたいなんだけど、どうかなって。」
「あぁ、北村さんも来ますか?」
沢田がにこにこと誘い文句を言う。が、孝利は家で済ませますから、と断った。行けば佐川がいることは分かり切っているのだろう。伝えるだけ伝えたのだから、自分の任務は終わりだ。振り返ると、佐川が事の次第を伺っていた。
「孝利さん、家で入るって。」
「わかってた。毎年そうなんだよ。気にしないで。」
そうなのか。でも、ちょっと淋しそうだな。
手を振って去って行く佐川を見送って、風呂の支度をするために、一足先に帰ることにした。
「孝利さん、じゃぁ、お風呂の支度しておきますから。」
「あぁ。頼むね。ありがとう。」
軽く手を振って、その場から離れる。佐川の後を追う形で、エレベーターホールへと向かった。

 家に入ると、アンがおやつ、とやってきて、しかしどうしようか悩む。食べ過ぎだと思うのだ。脛に額をぶつけてくるアンはとても可愛いが・・・。
「少しならいいかな?」
アンの餌箱から、チュールを取り出すと、嬉しそうにジャンプしてくる。
「あん。犬じゃないんだからさ。あ、ちょっと待って、お風呂のスイッチ押してからね。」
何のために帰ってきたのか。お風呂場に行って、蓋を閉め、栓をしてスイッチを押す。お風呂の栓をしたかどうかのメッセージが流れ、給湯が始まる。それを見届けて、リビングへと戻った。アンが待ちきれない!と、とびかかってくる。
「わっ。まってまって!今あげるから!」
パッケージをはさみで切って、スティックタイプのウェットフードをアンに与える。嬉しそうにぺろぺろ食べる様子も、可愛いのだが。
「アン、絶対お前食べ過ぎ。」
そこに、孝利が帰ってきた。
「あ、お帰りなさい。」
「ただいま。点灯式、予定通り七時だって。」
「湯冷めしないといいですね。カイロ、まだあったかいです?」
孝利の背中には、張るタイプのカイロが貼り付けてある。
「うん。貼り換えて使うよ。これ十時間とかもつやつでしょう?」
「そうです。」
「ありがとう。仕事中も重宝しそう。冷えは良くないから。」
そう言って、コートをソファーに投げる。受け取って、玄関に掛けに行った。孝利は意外と無造作だ。仕立てのいいコートが皴になるといけないので、見かけたらハンガーにかけるようにはしているが。服にも頓着しない。こだわって着ているのは、お揃いで買ったパジャマくらいだろう。
困った人だ・・・。
そんなことを思っていると、キッチンから風呂が沸いたことを知らせる、軽快なメロディーが流れた。
「あ、丁度良かった。お風呂沸きましたよ。」
「一緒に入ろう?この間のあれ、良かったな。ラベンダーのバスオイル。」
「僕も好きです。
じゃぁ、支度してきますね。」
バスローブを取りに、ランドリールームへ向かう。バスタオルと、ローブは、いつもふかふかだ。
脱衣所に向かうと、孝利はもう脱ぎ始めていた。
均整の取れた綺麗な体。男らしい筋肉の付き具合。これでなんで佐川は孝利をネコだと思うのか。ありえない。確かに、佐川の方が身長では勝っていると思うが・・・。
「どうしたの?」
「いい体してるなぁって。・・・うらやましい。」
「タマだって、細いけどきれいな体してるなって思うよ?」
「僕だって、男らしい体が良かったんですよ。」
気持ちはわからないでもないけど、と孝利はクスクス笑って、風呂場へと消えていった。
もそもそと、服を脱ぎ、バスケットに入れる。換気扇を止めて、風呂場に入った。棚から、バスオイルの瓶を取る。湯船に数滴たらすと、いい香りが広がった。
「いいね。どこで買ったの?」
「駅地下の、ケーキ屋さんの向かいの雑貨屋さんで。」
「あぁ、あそこか。他にもあった?」
あったようにも思うが、忘れてしまった。
「今度一緒に行きますか?」
「うん。この季節は、柑橘系もいいよね。」
ですね。と頷いて、バスタブに入る。孝利の長い脚に、自分の細くて白い脚が絡まる。すり、とすり合わされて、官能が沸き起こる。
「あ、だめ。立っちゃいそう。」
「いいじゃない?」
「駄目ですってば。他の人はともかく、佐川さんには何してたか絶対バレますよ。」
タマは顔に出るからなぁと、またクスクス笑われた。
 
 点灯式には、マンションの住人がたくさん集まってきた。平日の夜七時。主婦は手が離せない時間だろうに、子供の手を引いてやってきている。その子供たちには、ラッピングされたお菓子が配られ、嬉しそうにその時を待っている。自治会長が短い挨拶を終え、孝利が今年も準備をしたのだと紹介される。それが済むと、設営に手を貸した住人が前に並び、小さな女の子と男の子の二人が、ボタンを押した。拍手と共に、明かりがともる。小さな公園が、キラキラと輝いて、キレイだと思うと同時に、これを作るのに頑張ったのだと思うと、少し誇らしい気持ちになった。少し高くなったところにいる孝利とは対照的に、自分は、末席にいた。その隣に、気を使ってか佐川が並んでいる。もっと、前に出ろ、と肘でつつかれるが、自分はここでいい、と動かなかった。そんな様子を、孝利がチラチラと見ている。これは帰ったらお仕置きされるやつだ。げんなりしながら、キラキラのトナカイを見やった。
「きれいでしたね!」
興奮気味に、帰ってきた玄関口で、孝利に告げる。
「うん。なかなかよくできたと思う。」
コートをハンガーにかけながら、孝利を抱きしめたい気持ちで一杯になっていた。
「あぁいうの、恋人と手をつないで見に行ってみたいです。」
「あそこじゃ無理だなぁ。旅行先とかでないと。さすがに、住人にバイだとバレるのはつらい。」
「あはは。そうでした。・・・家の中ならいいですか?ぎゅうしたいです。」
「興奮しすぎ。」
言いながら、孝利は額にキスをすると、ぎゅうっと抱きしめてくれた。その背に腕を回す。
振りほどかれない安心感。
孝利も、きっと同じ気持ちでいてくれると信じられる。
キス、したい。されたい。
思っていると、孝利が唇にくれた。
「すごい。なんでしてほしいってわかったんですか?」
「物欲しそうに唇見てたから。」
孝利が笑う。
「タマは本当にわかりやすい。かわいい。」
その返事に、思わずぷーっとふくれてしまう。
「タマいくつだっけ?可愛いけど、ふくれていいのは十代までだな。」
「二十五です!」
もう!
「それより、シャワー浴びますか?」
「今日はいいよ。面倒だから、このまま着替えて寝てしまおう。・・・俺の部屋、来る?」
「・・・何かします?」
「しない。さすがにその元気はない。」
ならお邪魔しようかな。
「設営結構力仕事でしたもんね。」
「一個一個が結構重かったからね。・・・普段はもっと、楽なんだけどね。」
段取りが大変なだけで、と孝利が苦笑する。その顔が、割と好きだった。たとえるなら、困った大型の犬。
「あぁ。早く抱きたいな。」
「孝利さんだって、興奮してるんじゃないですか・・・。」
「するさ。俺の仕事を見てもらえたんだから。」
そういう方向でか。なるほど。確かにかっこよかった。
もう一度、背中に回した手に力を込める。
「おつかれさまです。」
「ありがとう。」
孝利の手が、少し下がって腰を撫で始める。腰骨をくすぐられて、ひゃんと変な声が出た。
「今日はしないって・・・。」
「んー気が変わりそう・・・。」
「今からアレするの嫌です。」
浣腸は、時間のある時にしたい。でないと、キレイにする自信がない。
いつまでも抱き合ってるからいけないんだ。
そっと、孝利を押しのけて、隙間を作る。
「まだ風邪治ってないけど、もう一回いい?そしたら大人しく寝るから。」
キスを要求されて、目を閉じる。少し背伸びをすると、唇に、触れるだけのキスをくれた。角度を変えて、何度か触れ合う。最期に、名残惜し気に舐められた。
「さて、着替えて寝ようか。」
うん、と頷いたものの、鼓動が早くてクラクラする。
慣れてる・・・んだろうなぁ。
少し、もやもやした気持ちになって、パジャマを取りに自室に戻った。
 「そういえばさ。」
と、孝利のベッドの上に上がるなり、切り出された。
「君は何で、いつも佐川さんと一緒にいるのかな?」
「違いますって。佐川さんが、僕のところに来るんです。」
やっぱりか。と思いながら、甘んじて受け止める。
孝利のやきもち。
大人気ない、とも思うが、わからないでもない。もし自分が、孝利の立場だったら、やっぱりいやだと思うから。
「お仕置きします?」
「・・・後でまとめてする。今日はしない。」
風邪を早く治して、週末にする。孝利はそう宣言すると、ばふっと羽毛布団を直した。二人、密着するだけでも温かい。
「僕はこうしてるだけでも、十分気持ちいいです。」
「俺も。おやすみタマ。」
おやすみなさいと返して、目を閉じた。
目を閉じると、さっき見たキラキラの世界が瞼の裏によみがえる。トナカイやサンタクロースはもちろん、なぜか白熊やペンギンもいて、楽しかった。
今日はいい夢が見られそうだと思った。
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