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序章「悪夢の始まり」
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珍しく風のない夜であった。
おゆきは、はたと目を覚まし、耳を澄ました。
御店は、不気味なほどに静まり返っている。
昨夜まで、晩春とは思えないような冷たい風が江戸の町を吹き抜け、戸板の打ち震える音や、店中の柱の軋む音が響き渡っていた。
今夜は、馬鹿に静かである。
この世に、自分だけしか存在していないような恐ろしさだ。
隣を見た。
おなつがいる。
彼女は、まるで死んでいるかのように眠っている。
(ほんとに死んでるんじゃ……)
上体起こし、おなつの口元に耳をあてがった。
僅かだが、耳朶に熱い息が吹き込む。
(良かった、生きてる)
安心したら、急に小用を催した。
ぶるりと小さく身を震わせた。
(どうしよう……)
行こうか?
行くまいか?
厠は、裏庭の片隅。
普段でもひとりで行くのは怖い。
今夜のように静まり返っている夜は、なおのことだ。
あれほど寝る前に水物を取らないように気をつけているのに、今夜はどうしたことだろうか?
行こうか?
行くまいか?
おゆきは、うら若き乙女である。
男なら、戸を開けて庭に放尿もできるのだが、そういう訳にもいかない。
(いいや、我慢、我慢)
と、夜着に包まった。
が、このまま朝まで我慢する自信もない。
翌朝、起きたら夜着を濡らしているかもしれない。
十五になって、それは恥ずかしい。
(三吉にまで笑われたら)
三吉の、ぼーっとした顔を思い浮かべた。
流石にそれは悔しい。
ええいとばかりに夜着を跳ね飛ばした。
裏庭に出ると、闇夜が迫ってきた。
厠までは六尺程度。
それでも、おゆきには大冒険だ。
おゆきは、丹田にふっと力を入れると、大股で厠に駆け込み、さっとしゃがみ込んだ。
中から温かい液体がほとばしると、恐怖で凝り固まっていた体中の筋肉が解れ、体外に放出されていくような感覚に見舞われた。
と同時に、えも言われぬ快感が襲ってきた。
(なんで、あんなに悩んでたんだろう?)
先程のことが馬鹿らしくなってくる。
夜、厠に行くたびに、この騒ぎである。
(おなつちゃんみたいに、ぐっすり眠れたら)
大小入り混じった匂いの中で、おゆきはおなつの寝つきを羨ましく思った。
おゆきは、はたと目を覚まし、耳を澄ました。
御店は、不気味なほどに静まり返っている。
昨夜まで、晩春とは思えないような冷たい風が江戸の町を吹き抜け、戸板の打ち震える音や、店中の柱の軋む音が響き渡っていた。
今夜は、馬鹿に静かである。
この世に、自分だけしか存在していないような恐ろしさだ。
隣を見た。
おなつがいる。
彼女は、まるで死んでいるかのように眠っている。
(ほんとに死んでるんじゃ……)
上体起こし、おなつの口元に耳をあてがった。
僅かだが、耳朶に熱い息が吹き込む。
(良かった、生きてる)
安心したら、急に小用を催した。
ぶるりと小さく身を震わせた。
(どうしよう……)
行こうか?
行くまいか?
厠は、裏庭の片隅。
普段でもひとりで行くのは怖い。
今夜のように静まり返っている夜は、なおのことだ。
あれほど寝る前に水物を取らないように気をつけているのに、今夜はどうしたことだろうか?
行こうか?
行くまいか?
おゆきは、うら若き乙女である。
男なら、戸を開けて庭に放尿もできるのだが、そういう訳にもいかない。
(いいや、我慢、我慢)
と、夜着に包まった。
が、このまま朝まで我慢する自信もない。
翌朝、起きたら夜着を濡らしているかもしれない。
十五になって、それは恥ずかしい。
(三吉にまで笑われたら)
三吉の、ぼーっとした顔を思い浮かべた。
流石にそれは悔しい。
ええいとばかりに夜着を跳ね飛ばした。
裏庭に出ると、闇夜が迫ってきた。
厠までは六尺程度。
それでも、おゆきには大冒険だ。
おゆきは、丹田にふっと力を入れると、大股で厠に駆け込み、さっとしゃがみ込んだ。
中から温かい液体がほとばしると、恐怖で凝り固まっていた体中の筋肉が解れ、体外に放出されていくような感覚に見舞われた。
と同時に、えも言われぬ快感が襲ってきた。
(なんで、あんなに悩んでたんだろう?)
先程のことが馬鹿らしくなってくる。
夜、厠に行くたびに、この騒ぎである。
(おなつちゃんみたいに、ぐっすり眠れたら)
大小入り混じった匂いの中で、おゆきはおなつの寝つきを羨ましく思った。
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