桜はまだか?

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第三章「焼き味噌団子」

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 小僧の後姿を見ながら、貞吉が訊いてきた。

「旦那、もしかしたら、その生田って侍が、お七を唆して火を付けさせたんじゃねえんですかい?」

「それで?」

「へっ?」

「お七が火付けをして、その生田って侍がどう得をするんでぃ?」

 貞吉は首を捻る。

 老婆と小僧の話では、お七が生田庄之助のために団子を買いに来たということが分かった。

 しかし、それだけだ。

 お七と庄之助が恋仲だったのかもしれないし、あるいは、お七の片思いだったのかもしれない。

 はたまた、単に庄之助に団子を買って来て欲しいと頼まれただけかもしれない。

 それと火付けを結びつけるには、余りにも証拠がなさすぎるし、早急すぎる。

 が、この庄之助が、お七の火付けに何らかかかわっているのではないかと小次郎も思う。

 それは、長年定廻りを勤めてきた小次郎の勘だ。

「もう一度、おゆきに話を訊く必要がありそうだな」

 おゆきが簡単に話すだろうか。

 この前のときも、随分嫌そうに話していた。

「どうしやすか? おゆきを締め上げて、吐かしますか?」

「いや、どうかな? 締め上げても、逆に口を閉ざすかもしれねぇ。お七を見てみろ、いまどきの娘っ子は、何を考えてるのか分からねぇ」

「全くでやんすね」

「さて、どうしたものか……」

 男二人が、茶屋の前で難しい顔をして団子を食っている姿は、何とも滑稽だ。

 それを見た岡っ引きの栄助が、苦笑いしながら近寄ってきた。

「旦那、こちらでしたか」

「おう、何が悲しくて、むさい男と団子を食ってるよ。栄助、お前もどうだ?」

「いえ、あっしは甘い物は苦手で。それより、その様子だと収穫はなしってところですか?」

「いや、そうでもない」

 小次郎は、老婆と小僧から聞いたことを話してやった。

「じゃあ、その生田って侍が怪しいと?」

「勘だがな。で、そっちはどうでぃ?」

「へえ、相変わらず近所からは、お七に関しての重要な話は何も出てきません。ですが、こっちのほうは分かりましたぜ」

 栄助は、火打袋を取り出した。

「どこの店の物か分かった?」

「へえ、火口屋を捜しても分からねえはずです」

 小次郎は、やはりかと呟いた。

 御府内に、丸に〝豊〟の火口屋はなかった。

 となると、誰かが特別に作らせたものではないかと小次郎は考えた。

 栄助は、火口屋を一軒一軒丹念に回った。

「四十軒目で当たりましたよ」

 まさに執念である。

「このご時勢です。火付改に知れるのが怖くて、なかなか口を開きませんでしたがね」

 自分のところの商品で火付けをされたと分かれば、なお警戒する。

 栄助は、そこを脅し賺して、主人の口を割らせたようだ。

「ご苦労だったな。それで?」

「丸に〝豊〟は、小石川にある煙管屋、豊川屋のものです。豊川屋が昨年の大晦日に、ご贔屓客に配るとかで、火口屋の村元屋に依頼したそうです。」

「それで、村元屋は何と?」

「へえ、百袋ばかり作ったそうです」

「そうか、それが分かれば、あとは豊川屋で配った客を当ればいい」

「豊川屋のほうには、手下を見張りに付けてますので」

 相変わらず気が利く男だ。

 小次郎は、「よし、ならば」と勢いよく立ち上がり、老婆に銭を放り投げた。

「だんな、どちらに?」

 貞吉は、口をもぐもぐさせながら訊いた。

「馬鹿たれが、豊川屋のところに決まってるだろうが」

「合点で」

 貞吉は、まだ残っていた団子を全部口の中に放り込んだ。

 頬が、ぱんぱんに張っている。

 小次郎は、呆れながら言った。

「おめえはいいよ。豊川屋のほうは、栄助とあたる。おめえは、おゆきのほうだ」

「へ、へい」

 貞吉の口から、ぼろぼろと団子が落ちる。

「いいか、締め上げるなんてことはするなよ。おめえは短気だからいけねえ。折角開いた口も、閉じちまう」

「へえ、合点だ」

 貞吉は、焼き味噌だらけになった口を拭うこともせず、駆けて行った。

「相変わらず、気が利かねえな。あいつは」

 小次郎の小言に、栄助が苦笑した。
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