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第5章「桜舞う中で」
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しばらく、男二人は黙って酒を飲み、残りの男は蕎麦掻を食し、女は黙ってその様子を見守っていた。
やがて、沈黙に耐えられなくなった貞吉が口を開いた。
「神谷様、お七は本当に死罪になるんですかい?」
蕎麦掻を口に放り込んで、
「それは、御奉行がお決めになることだ」
と、源太郎は至極もっともなことを言った。
「そりゃそうですがね、ですが、まだがきですぜ。たかだが小火程度で、死罪はねぇでしょう。そりゃあんまりですぜ。お七が首切りなんざになったら、町人たちは黙っちゃいませんぜ」
「おい、貞吉、よさねぇか。神谷様も、お辛い立場なんだ」
小次郎は咎めるが、鼻の頭まで真っ赤にした貞吉の舌は止まらなかった。
「いや、旦那には悪いですが、今日という今日は言わせてもらいますぜ」
小次郎は、源太郎に頭を下げた。
「申し訳ありません。今日は酒が入っておりますので」
「いや、よい、貞吉の気持ち、分からんでもない」
源太郎は、手を左右に振る。
「大体なんですか、御番所の上の連中は、皆、お七を殺そうとしていやがるそうじゃないですかい。特に、あの、なんだ、そう、澤田だ、澤田とかいう与力ですよ。あいつは酷でぇやつだ。死罪じゃ物足りないから、お七を火炙りにしろって、御奉行に言ったそうじゃねぇですかい。全く、人の心ってやつを持ってませんぜ」
もっともだ、と心の中では思いながらも、小次郎は、
「おい、いい加減にしねぇか」
と、止める格好だけはした。
「いや、止めませんぜ。あいつは、親の心ってやつが分かっちゃいねぇ。人の親なら、娘を火炙りにしろなんて死んでも言えるこっちゃねぇですぜ」
「あら、澤田様って、独り者じゃなかったかしら、ねえ、神谷様」
酔った貞吉を面白そうに見ていたおかつが、合の手を入れた。
「けっ、なんでぇ、だから親の気持ちなんて分かんねぇのよ」
黙って蕎麦掻を突いていた源太郎だったが、ふと顔を上げ、
「そうでもないぞ」
と、静かに言った。
「あら、奥様がいらっしゃいましたかしら?」
おかつは、小首を傾げる。
「うむ、わしも、澤田様は独り者と思っておったが、妻子がおられるらしい。いや、おられた……と言ったほうが正しいかな」
小次郎は、片口に伸ばした手を引っ込めた。
「おられた?」
「うむ、関谷様に聞いた話だ。ご新造と波江殿という六つになる娘さんがいたそうだ。これが、十年前のちょうど今ごろ、火事に巻き込まれてな。当時、澤田様は出仕してお留守、ご新造と娘さんはそのまま……、火付けだったそうだ。捕まったやつは、むしゃくしゃしから火を付けたんだと……」
小次郎は、盆の窪に手をやった。
貞吉は、酔いが醒めたように神妙な面持ちをしている。
「だから、どんな理由があっても火付けを許さない……というのが澤田様のお考えだ。そういう親も、いるというわけだ」
源太郎の言葉が切れると、貞吉は狂ったように泣き出した。
「くそっ、くそっ、俺は馬鹿だ! 大馬鹿野郎だ! 人でなしは、おれっちのほうだ。くそっ、くそっ、おい、おかつさん、酒だ、酒持ってきてくれよ!」
「ちょいと、いくらなんでも飲みすぎだよ」
「これが飲まずにいられるかって」
おかつは、小次郎を見た。
小次郎が頼むと頷くと、さっと奥に入っていった。
やがて、沈黙に耐えられなくなった貞吉が口を開いた。
「神谷様、お七は本当に死罪になるんですかい?」
蕎麦掻を口に放り込んで、
「それは、御奉行がお決めになることだ」
と、源太郎は至極もっともなことを言った。
「そりゃそうですがね、ですが、まだがきですぜ。たかだが小火程度で、死罪はねぇでしょう。そりゃあんまりですぜ。お七が首切りなんざになったら、町人たちは黙っちゃいませんぜ」
「おい、貞吉、よさねぇか。神谷様も、お辛い立場なんだ」
小次郎は咎めるが、鼻の頭まで真っ赤にした貞吉の舌は止まらなかった。
「いや、旦那には悪いですが、今日という今日は言わせてもらいますぜ」
小次郎は、源太郎に頭を下げた。
「申し訳ありません。今日は酒が入っておりますので」
「いや、よい、貞吉の気持ち、分からんでもない」
源太郎は、手を左右に振る。
「大体なんですか、御番所の上の連中は、皆、お七を殺そうとしていやがるそうじゃないですかい。特に、あの、なんだ、そう、澤田だ、澤田とかいう与力ですよ。あいつは酷でぇやつだ。死罪じゃ物足りないから、お七を火炙りにしろって、御奉行に言ったそうじゃねぇですかい。全く、人の心ってやつを持ってませんぜ」
もっともだ、と心の中では思いながらも、小次郎は、
「おい、いい加減にしねぇか」
と、止める格好だけはした。
「いや、止めませんぜ。あいつは、親の心ってやつが分かっちゃいねぇ。人の親なら、娘を火炙りにしろなんて死んでも言えるこっちゃねぇですぜ」
「あら、澤田様って、独り者じゃなかったかしら、ねえ、神谷様」
酔った貞吉を面白そうに見ていたおかつが、合の手を入れた。
「けっ、なんでぇ、だから親の気持ちなんて分かんねぇのよ」
黙って蕎麦掻を突いていた源太郎だったが、ふと顔を上げ、
「そうでもないぞ」
と、静かに言った。
「あら、奥様がいらっしゃいましたかしら?」
おかつは、小首を傾げる。
「うむ、わしも、澤田様は独り者と思っておったが、妻子がおられるらしい。いや、おられた……と言ったほうが正しいかな」
小次郎は、片口に伸ばした手を引っ込めた。
「おられた?」
「うむ、関谷様に聞いた話だ。ご新造と波江殿という六つになる娘さんがいたそうだ。これが、十年前のちょうど今ごろ、火事に巻き込まれてな。当時、澤田様は出仕してお留守、ご新造と娘さんはそのまま……、火付けだったそうだ。捕まったやつは、むしゃくしゃしから火を付けたんだと……」
小次郎は、盆の窪に手をやった。
貞吉は、酔いが醒めたように神妙な面持ちをしている。
「だから、どんな理由があっても火付けを許さない……というのが澤田様のお考えだ。そういう親も、いるというわけだ」
源太郎の言葉が切れると、貞吉は狂ったように泣き出した。
「くそっ、くそっ、俺は馬鹿だ! 大馬鹿野郎だ! 人でなしは、おれっちのほうだ。くそっ、くそっ、おい、おかつさん、酒だ、酒持ってきてくれよ!」
「ちょいと、いくらなんでも飲みすぎだよ」
「これが飲まずにいられるかって」
おかつは、小次郎を見た。
小次郎が頼むと頷くと、さっと奥に入っていった。
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