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第5章「桜舞う中で」
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鈴が森の道中、小さなお寺があり、お七の馬は、その門前で足を止めた。
門前には、秋山小次郎と貞吉が待っていた。
小次郎は、検使役同心の蜂屋熊之助に頭を下げた。
熊之助は、「うむ」と頷いて、
「しばらく、ここにて休む」
と、引き廻しを休ませ、お七を馬から降ろさせた。
「では、お預かりします」
小次郎は、お七を受け取った。
「お七、来い」
お七は、黙って小次郎に続いた。
しばらく参道を歩いてゆくと、お七の目の前を白いものが舞った。
雪………………
お七は、えっと顔を上げた。
雪ではない。
薄桃色の花びら………………
青空に、桜の花びらが舞い散っている。
「今年は寒かったんで、遅咲きの桜も、いままで残っていてなぁ。今日ぐらいが、ちょうど見頃だろう」
小次郎は、振り返りもせずに言った。
寺の境内に、四方に枝を伸ばした一本の桜の木が堂々と佇んでいる。
その枝先は、日の光を受けて、薄桃色に輝いている。
大地は、桜の絨毯で覆われている。
時折吹く風が、枝の花びらを振り散し、大地の桜を巻き上げる。
お七は、何かに誘われるように、桜の根本へと歩き出した。
よろけながらも、桜の下に佇んだ。
それは、お七にとって、今年最初で、人生最後の桜だった。
貞吉は、男泣きに泣いた。
小次郎は、痛いぐらいに奥歯を噛み締め、握り拳に力を込めた。
温かい風が大地を這い、お七の足下を舐めていく。
桜が舞い上がる。
お七は、桜吹雪に包まれた。
頬に、熱いものが流れていく。
お七は、その桜の中に何を見たのだろうか?
いや、誰を見たのだろうか………………
―― 天和三(一六八三)年三月二十九日
八百屋お七は、火罪となった。
門前には、秋山小次郎と貞吉が待っていた。
小次郎は、検使役同心の蜂屋熊之助に頭を下げた。
熊之助は、「うむ」と頷いて、
「しばらく、ここにて休む」
と、引き廻しを休ませ、お七を馬から降ろさせた。
「では、お預かりします」
小次郎は、お七を受け取った。
「お七、来い」
お七は、黙って小次郎に続いた。
しばらく参道を歩いてゆくと、お七の目の前を白いものが舞った。
雪………………
お七は、えっと顔を上げた。
雪ではない。
薄桃色の花びら………………
青空に、桜の花びらが舞い散っている。
「今年は寒かったんで、遅咲きの桜も、いままで残っていてなぁ。今日ぐらいが、ちょうど見頃だろう」
小次郎は、振り返りもせずに言った。
寺の境内に、四方に枝を伸ばした一本の桜の木が堂々と佇んでいる。
その枝先は、日の光を受けて、薄桃色に輝いている。
大地は、桜の絨毯で覆われている。
時折吹く風が、枝の花びらを振り散し、大地の桜を巻き上げる。
お七は、何かに誘われるように、桜の根本へと歩き出した。
よろけながらも、桜の下に佇んだ。
それは、お七にとって、今年最初で、人生最後の桜だった。
貞吉は、男泣きに泣いた。
小次郎は、痛いぐらいに奥歯を噛み締め、握り拳に力を込めた。
温かい風が大地を這い、お七の足下を舐めていく。
桜が舞い上がる。
お七は、桜吹雪に包まれた。
頬に、熱いものが流れていく。
お七は、その桜の中に何を見たのだろうか?
いや、誰を見たのだろうか………………
―― 天和三(一六八三)年三月二十九日
八百屋お七は、火罪となった。
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