桜はまだか?

hiro75

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第5章「桜舞う中で」

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 鈴が森の道中、小さなお寺があり、お七の馬は、その門前で足を止めた。

 門前には、秋山小次郎と貞吉が待っていた。

 小次郎は、検使役同心の蜂屋熊之助はちやくまのすけに頭を下げた。

 熊之助は、「うむ」と頷いて、

「しばらく、ここにて休む」

 と、引き廻しを休ませ、お七を馬から降ろさせた。

「では、お預かりします」

 小次郎は、お七を受け取った。

「お七、来い」

 お七は、黙って小次郎に続いた。

 しばらく参道を歩いてゆくと、お七の目の前を白いものが舞った。

 雪………………

 お七は、えっと顔を上げた。

 雪ではない。

 薄桃色の花びら………………

 青空に、桜の花びらが舞い散っている。

「今年は寒かったんで、遅咲きの桜も、いままで残っていてなぁ。今日ぐらいが、ちょうど見頃だろう」

 小次郎は、振り返りもせずに言った。

 寺の境内に、四方に枝を伸ばした一本の桜の木が堂々と佇んでいる。

 その枝先は、日の光を受けて、薄桃色に輝いている。

 大地は、桜の絨毯で覆われている。

 時折吹く風が、枝の花びらを振り散し、大地の桜を巻き上げる。

 お七は、何かに誘われるように、桜の根本へと歩き出した。

 よろけながらも、桜の下に佇んだ。

 それは、お七にとって、今年最初で、人生最後の桜だった。

 貞吉は、男泣きに泣いた。

 小次郎は、痛いぐらいに奥歯を噛み締め、握り拳に力を込めた。

 温かい風が大地を這い、お七の足下を舐めていく。

 桜が舞い上がる。

 お七は、桜吹雪に包まれた。

 頬に、熱いものが流れていく。

 お七は、その桜の中に何を見たのだろうか?

 いや、誰を見たのだろうか………………



 ―― 天和三(一六八三)年三月二十九日

    八百屋お七は、火罪となった。
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