法隆寺燃ゆ

hiro75

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第二章「槻の木の下で」 中編

第8話

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「時に、中臣連、鹿島はどうであった? 面白かったか?」

 事の仔細が終わると、話はがらりと変わって、鎌子の鹿島での生活のこととなった。

 その頃には、三人の前に酒の支度ができていた。

「はい……、いえ、特に面白いほどのものはありませんでした」

「そうか、東国には、いい女はいなかったのか?」

「えっ、いや……、私は、そちらの方はとんと……」

「嘘を申せ、難波津には、馴染みの女がいたそうじゃないか」

 そう言えば、もう数年も会っていない。

「いえ、いえ、ご冗談を」

 鎌子は平伏した。

「そう言えば、中臣殿は未だおひとりですか?」

 麻呂が、二人の間に割って入った。

 以前、麻呂の娘の遠智娘と縁談話もあったのだが、彼女は、いまでは鎌子の目の前に座す御仁の妻である。

 麻呂は、それを申し訳なく思っているようだ。

「いえ、妻はひとり」

 鎌子は、車持国子君くるまもちのくにこのきみの娘与志古娘よしこのいらつめを妻に迎えていた。

「なんだ、まだ妻は一ひとりなのか? お前ぐらいの家柄なら、妻が何人いても問題はないだろう」

「はっ、まあ……」

 葛城皇子は、鎌子と遠智娘の経緯を知っているのだろうか?

「失礼いたします」

 その時、鎌子の耳に聞き覚えのある声が聞こえ、戸が静かに開いた。

 遠智娘だ!

 あの頃と変わらず美しい。

 いや、ますます美しくなっている。

 人妻とは、こんなに美しいものか………………

 鎌子は、高値の花を、なお諦め切れなかった。

 遠智娘は顔を上げた。

 その瞬間、鎌子とまともに目がぶつかった。

 彼女も、何事か思ったらしい。

 その美しい眉が、僅かに動いたのを鎌子は見過さなかった。

「遠智か、何のようだ?」

 葛城皇子は、ぶっきらぼうに訊いた。

「はい、夜のお支度ができましたが……」

 遠智娘の声は小さい。

 鎌子に聞かれまいとしている。

「分かった、いま行く」

 葛城皇子はそう言うと、立ち上がった。

「どうだ、中臣連、蘇我倉殿の娘の遠智だ、美しいだろ」

「はい、まことに」

 鎌子は、まともに遠智娘の顔を見ることができない。

 遠智娘も俯いている。

「では、行くか」

 葛城皇子は遠智娘を促し、部屋を出ようとした。

「そうだ、中臣連。お前に、安見兒やすみこをやろう。遠智に比べると劣るが、これもなかなかの女だぞ」

「はあ? はあ……」

 葛城皇子は、そのまま出て行った。

 遠智娘と目があった。

 しかし、気付いた彼女は目を伏せて、葛城皇子の後に付いて行った。

 その後、部屋に残された鎌子と麻呂は、黙って酒を飲み続けた。
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