159 / 378
第三章「皇女たちの憂鬱」 中編
第11話
しおりを挟む
有間皇子が牟婁温湯へと旅立って一ヶ月、飛鳥に戻った間人皇女は、ずっと自室に籠もっていた。
もちろん、有間皇子に会えない辛さもあったが、それよりも重臣たちの冷ややかな視線が痛かった。
義理とはいえ、母子の関係を犯したので当然ではあるのだが、それでも支えてくれる人のいない彼女には辛かった。
そして、男たちの視線よりも、女たちの好奇心の眼差しが、彼女には応えた ―― まるで、自分を奇妙な生き物でも見ているみたいに………………
それでも、有間皇子が帰って来るまで………………と我慢した。
その有間皇子が飛鳥に戻って来たのが、九月に入ってからのことである。
彼は飛鳥に帰京すると、すぐさま後飛鳥岡本宮に参上し、宝大王に間人皇女との一件を詫びた。
「若さゆえの過ちもあるでしょう。でも、あなたは軽大王の皇子なのですから、よくよく考えて行動しないと」
宝大王は有間皇子を嗜めた。
「もちろんです。私は、なぜあんなことをしてしまったのかと、いまでも分かりません。私は、何かに憑かれていたのでしょう。しかし、牟婁の湯を浴びましたら、それも綺麗に落ちたようです」
「ほう、牟婁の湯ですか?」
「ええ、あそこの湯には、邪気を払う力があるようです」
「邪気ですか……」
宝大王には、蘇我蝦夷の顔を浮かんだ。
―― もしかしたら、私の邪気も払えるかもしれない………………
宝大王と有間皇子の会話を人伝に聞いた間人皇女は、それを訝った。
―― 有間皇子は、大王になるための策を考え付いたので帰って来たのでないの?
私との関係を、大王に謝るためだけに帰って来たの?
私との関係は、悪い気のせいだったというの?
私は捨てられたの?
間人皇女は、いますぐにでも有間皇子のもとへ行き、事の真相を確かめたかった。
だが、彼女は思い止まった。
―― そうじゃないわ!
有間皇子が、私を捨てるなんて有り得ない!
そうだ!
きっと演技をしているのよ!
大王になるための策が見つかったのね!
だから、表向きは私との縁が切れたように見せて、大王に相応しい人間だということを、群臣に知らしめているのよ!
そうに違いないわ!
そうよ!
そう………………思いたい………………
彼女は、有間皇子を信じ、軽率な行動を取らないように自分に言い聞かせた。
だが、女は自分の思いだけでは不安になる。
間人皇女は、有間皇子に会いたかった。
一度会って、有間皇子から二人の未来のためにしばらく会うのは止そうと言って欲しかった。
有間皇子のその一言があれば、全てを乗り切れると思っていた。
会えなくとも、せめて手紙だけでも………………
それが、女の気持ちである。
もちろん、有間皇子に会えない辛さもあったが、それよりも重臣たちの冷ややかな視線が痛かった。
義理とはいえ、母子の関係を犯したので当然ではあるのだが、それでも支えてくれる人のいない彼女には辛かった。
そして、男たちの視線よりも、女たちの好奇心の眼差しが、彼女には応えた ―― まるで、自分を奇妙な生き物でも見ているみたいに………………
それでも、有間皇子が帰って来るまで………………と我慢した。
その有間皇子が飛鳥に戻って来たのが、九月に入ってからのことである。
彼は飛鳥に帰京すると、すぐさま後飛鳥岡本宮に参上し、宝大王に間人皇女との一件を詫びた。
「若さゆえの過ちもあるでしょう。でも、あなたは軽大王の皇子なのですから、よくよく考えて行動しないと」
宝大王は有間皇子を嗜めた。
「もちろんです。私は、なぜあんなことをしてしまったのかと、いまでも分かりません。私は、何かに憑かれていたのでしょう。しかし、牟婁の湯を浴びましたら、それも綺麗に落ちたようです」
「ほう、牟婁の湯ですか?」
「ええ、あそこの湯には、邪気を払う力があるようです」
「邪気ですか……」
宝大王には、蘇我蝦夷の顔を浮かんだ。
―― もしかしたら、私の邪気も払えるかもしれない………………
宝大王と有間皇子の会話を人伝に聞いた間人皇女は、それを訝った。
―― 有間皇子は、大王になるための策を考え付いたので帰って来たのでないの?
私との関係を、大王に謝るためだけに帰って来たの?
私との関係は、悪い気のせいだったというの?
私は捨てられたの?
間人皇女は、いますぐにでも有間皇子のもとへ行き、事の真相を確かめたかった。
だが、彼女は思い止まった。
―― そうじゃないわ!
有間皇子が、私を捨てるなんて有り得ない!
そうだ!
きっと演技をしているのよ!
大王になるための策が見つかったのね!
だから、表向きは私との縁が切れたように見せて、大王に相応しい人間だということを、群臣に知らしめているのよ!
そうに違いないわ!
そうよ!
そう………………思いたい………………
彼女は、有間皇子を信じ、軽率な行動を取らないように自分に言い聞かせた。
だが、女は自分の思いだけでは不安になる。
間人皇女は、有間皇子に会いたかった。
一度会って、有間皇子から二人の未来のためにしばらく会うのは止そうと言って欲しかった。
有間皇子のその一言があれば、全てを乗り切れると思っていた。
会えなくとも、せめて手紙だけでも………………
それが、女の気持ちである。
0
あなたにおすすめの小説
Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡
弘生
現代文学
なんだか優しいお話が書きたくなって、連載始めました。
保護猫「ジン」が、時間と空間を超えて見守り語り続けた「柊家」の人々。
「ジン」が天に昇ってから何度も季節は巡り、やがて25年目に奇跡が起こる。けれど、これは奇跡というよりも、「ジン」へのご褒美かもしれない。
征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~
蒼 飛雲
歴史・時代
ワシントン軍縮条約、さらにそれに続くロンドン軍縮条約によって帝国海軍は米英に対して砲戦力ならびに水雷戦力において、決定的とも言える劣勢に立たされてしまう。
その差を補うため、帝国海軍は航空戦力にその活路を見出す。
そして、昭和一六年一二月八日。
日本は米英蘭に対して宣戦を布告。
未曾有の国難を救うべく、帝国海軍の艨艟たちは抜錨。
多数の艦上機を搭載した新鋭空母群もまた、強大な敵に立ち向かっていく。
『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと - 〇
設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡
やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡
――――― まただ、胸が締め付けられるような・・
そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ―――――
ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。
絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、
遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、
わたしにだけ意地悪で・・なのに、
気がつけば、一番近くにいたYO。
幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい
◇ ◇ ◇ ◇
💛画像はAI生成画像 自作
異世界で農業を -異世界編-
半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。
そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる