205 / 378
第四章「白村江は朱に染まる」 前編
第10話
しおりを挟む
これに慌てた義慈王は、将軍堦伯を派遣、彼は五千の兵を率いて、黄山之原(中清南道論山郡連山)で新羅軍と激突した。
堦伯は、進撃する前に百済滅亡を悟ったのか、
『一国で、唐と新羅の大軍に当たるのである。この国の未来の先行きは分からない。仮に滅びて、妻子が敵の手に落ち、辱めを受けるよりは、堂々と死ぬほうがましであろう』
と、家族を殺害して、戦いに臨んだ。
七月九日、新羅軍は不撤退の覚悟の堦伯軍と四度交戦したが、その度に敗走した。
そして、五度目にしてようやく百済軍を破るのだが、その裏には二人の少年の死があった。
ひとり目の少年は、新羅軍の将軍欽純の息子盤屈である。
欽純は、五度目の戦さに臨み、盤屈に対し、
『臣は忠誠を尽くすもの、子は孝誠を尽くすものだ。いまここで、お前が命を投げ出して戦えば、忠孝の二つを全うすることができよう』
と、激をいれた。
盤屈もこれに、
『謹んで命に従います』
と答えて、戦場で華々しい最後を遂げたという。
もうひとりの少年は、新羅軍の左将軍品目の息子官状である。
品目は、官状を馬の前に立たせると、諸将に向かって
『我が息子は年十六なれど、甚だ勇敢だ。お前は、今日の戦さで、三軍の標的となるか?』
と訊いた。
息子も『はい』と答えて、敵陣に赴いくが、捉えられて堦伯の下に引き出される。
この時堦伯は、官状が年若いこととその勇敢さに免じて、そのまま返してやるが、官状は父に、
『敵陣に入りながらも、敵の首も、旗も奪えなかったのは、死を恐れたからではありません』
と、再び馬に乗って、敵陣深くまで斬り進んだ。
奮戦むなしく官状は再び捕らえられ、堦伯の前に引き出されるが、流石の堦伯も、今度ばかりは官状の首を刎ねるしかなかった。
堦伯は官状の首を馬に括りつけて、品目のところに返す。
これを見た品目は、息子の首を抱くと、
『息子の顔は、さながら生きているようだ。王のために死ねるとは、何と幸いであろうか』
と言って、新羅の兵を鼓舞させたのである。
官状の死に奮起した新羅兵の活躍は目覚しく、ついに堦伯は力尽き、百済軍は全滅した。
因みに堦伯は、捕縛された官状を見て、『新羅は、子どもまでこのように勇敢に戦うのだ、まして大人はどうであろう。新羅には敵わない』と嘆いたと伝えられている。
百済軍が、黄山之原で新羅軍に破れた同じ日に、伎伐浦(錦江)でも百済軍が唐軍に破れるとうい事態が発生した。
これにより、百済は西岸から唐軍、東道から新羅軍の進軍を許し、孤立無援の状態となる。
七月十二日、唐軍と新羅軍が合流し、処夫里之原に進軍して、王城を完全に包囲した。
この時になって初めて、義慈王は、
『悔しいことだ。興首の言葉を信じなかったために、こうなった』
と後悔したという。
七月十三日深夜、義慈王は左右の臣を率いて、熊津城に逃亡、残された義慈王の息子隆と家臣たちは城を出て降服した。
その五日後の七月十八日、熊津城に立て籠もっていた義慈王も太子孝と城を降り、唐・新羅軍に降服した。
―― ここに百済は滅亡する。
その後、義慈王は、太子孝・王子泰・隆・演及び大臣将軍など八十名の臣下と一万二千八百七名の百姓とともに唐に護送され、彼の地で客死する。
主を失った百済の地を、新しい主である唐軍がその占領下に置いた。
唐軍は、百済に熊津・馬韓・東明・金漣・徳安の五都督府を設置して、各州・県を支配下に入れた。
堦伯は、進撃する前に百済滅亡を悟ったのか、
『一国で、唐と新羅の大軍に当たるのである。この国の未来の先行きは分からない。仮に滅びて、妻子が敵の手に落ち、辱めを受けるよりは、堂々と死ぬほうがましであろう』
と、家族を殺害して、戦いに臨んだ。
七月九日、新羅軍は不撤退の覚悟の堦伯軍と四度交戦したが、その度に敗走した。
そして、五度目にしてようやく百済軍を破るのだが、その裏には二人の少年の死があった。
ひとり目の少年は、新羅軍の将軍欽純の息子盤屈である。
欽純は、五度目の戦さに臨み、盤屈に対し、
『臣は忠誠を尽くすもの、子は孝誠を尽くすものだ。いまここで、お前が命を投げ出して戦えば、忠孝の二つを全うすることができよう』
と、激をいれた。
盤屈もこれに、
『謹んで命に従います』
と答えて、戦場で華々しい最後を遂げたという。
もうひとりの少年は、新羅軍の左将軍品目の息子官状である。
品目は、官状を馬の前に立たせると、諸将に向かって
『我が息子は年十六なれど、甚だ勇敢だ。お前は、今日の戦さで、三軍の標的となるか?』
と訊いた。
息子も『はい』と答えて、敵陣に赴いくが、捉えられて堦伯の下に引き出される。
この時堦伯は、官状が年若いこととその勇敢さに免じて、そのまま返してやるが、官状は父に、
『敵陣に入りながらも、敵の首も、旗も奪えなかったのは、死を恐れたからではありません』
と、再び馬に乗って、敵陣深くまで斬り進んだ。
奮戦むなしく官状は再び捕らえられ、堦伯の前に引き出されるが、流石の堦伯も、今度ばかりは官状の首を刎ねるしかなかった。
堦伯は官状の首を馬に括りつけて、品目のところに返す。
これを見た品目は、息子の首を抱くと、
『息子の顔は、さながら生きているようだ。王のために死ねるとは、何と幸いであろうか』
と言って、新羅の兵を鼓舞させたのである。
官状の死に奮起した新羅兵の活躍は目覚しく、ついに堦伯は力尽き、百済軍は全滅した。
因みに堦伯は、捕縛された官状を見て、『新羅は、子どもまでこのように勇敢に戦うのだ、まして大人はどうであろう。新羅には敵わない』と嘆いたと伝えられている。
百済軍が、黄山之原で新羅軍に破れた同じ日に、伎伐浦(錦江)でも百済軍が唐軍に破れるとうい事態が発生した。
これにより、百済は西岸から唐軍、東道から新羅軍の進軍を許し、孤立無援の状態となる。
七月十二日、唐軍と新羅軍が合流し、処夫里之原に進軍して、王城を完全に包囲した。
この時になって初めて、義慈王は、
『悔しいことだ。興首の言葉を信じなかったために、こうなった』
と後悔したという。
七月十三日深夜、義慈王は左右の臣を率いて、熊津城に逃亡、残された義慈王の息子隆と家臣たちは城を出て降服した。
その五日後の七月十八日、熊津城に立て籠もっていた義慈王も太子孝と城を降り、唐・新羅軍に降服した。
―― ここに百済は滅亡する。
その後、義慈王は、太子孝・王子泰・隆・演及び大臣将軍など八十名の臣下と一万二千八百七名の百姓とともに唐に護送され、彼の地で客死する。
主を失った百済の地を、新しい主である唐軍がその占領下に置いた。
唐軍は、百済に熊津・馬韓・東明・金漣・徳安の五都督府を設置して、各州・県を支配下に入れた。
0
あなたにおすすめの小説
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
ファンタジー
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる