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6章 始めるための終わり
511日目 マタアシタをサヨナラにするための彼女と彼女の想い
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12月2日 朝5時。
火火野「おっ、時間通りだな。」
雷華「もーのすごい、眠いですけどね。」
眠そうだが、いつもとは少し違う、メイクの雷華が時間丁度に現れる。
いつもはほとんど化粧なんてしていないように見える。
俺が鈍感だからか?
その俺でも分かる。
今日は、口紅を挿している。
…余り色は分からんが。
雷華「じゃ、出発しましょうか。」
火火野「本当に行くのか?」
雷華「えぇ。行きますとも。私も、半端な気持ちではありませんので。」
火火野「分かったよ。」
俺たちは、命のお墓がある霊園まで、数十キロの道のりをダッシュで走った。
俺たちのスピードなら、数十分で着く。
12月2日 朝5時30分 現着。
海が見渡せる高台にある霊園。
冬の澄んだ風が吹き抜ける。
太陽はまだ見当たらず、辺りは暗い。
雷華が何かに気づく。
雷華「…震えてますよ。」
火火野「えっ?」
自分でも気づかなかったが、膝が震えていた。
毎回そうだったのかな。
自分では…認めていないんだ。多分。
命の”死”を。
俺たちは命のお墓に向かうため、駐車場を通り過ぎる。
この時間にしては珍しく、車が数台止まっている。
??「火火野くん。」
突然、暗闇から声をかけられる。
人の気配にすら気づかないほど、精神が狂っているのか。
それよりも、この声…
火火野「…薄井さん…なんで…」
そこに居たのは、年を取ってはいるが、まぎれもなくあの時に見た薄井 巌さんだった。
??「やっと、お会いできましたね。」
火火野「…」
優美さん、その後に幸太くん?も居る。
すっかり大人になっている。
火火野「ご、ご無沙汰してます…」
言葉が上手く出てこない。
緊張…なのか。ごちゃごちゃの感情が押し寄せてくる。
スッ。
背中に温度を感じる。
振り返ると、雷華が手を当ててくれていた。
雷華「大丈夫。」
俺はこの、大丈夫の意味を後から知る。
幸太「あの時は、すいませんでした!」
突然、幸太くんが頭を盛大に下げた。
俺も、雷華も呆気にとられる。
幸太「俺…俺、あの時、火火野さんにひどい事言ってしまって…本当にすいませんでした。」
火火野「い…いや…多分、本当の事だし…」
幸太「いえ、姉ちゃんのことは、父も言ってましたが、本当に誰のせいでも無いんです。」
火火野「…いや…でも…」
幸太「本当なんです。…姉ちゃんはいつ、どうなってもおかしくなかったんです。あの日、たまたまそうなってしまったんです。俺は、何回も傍で見ていたから良く分かっているんです。」
俺は、何も言葉が出てこない。
雷華は、変わらず、背中に手を添えてくれている。
その手がなければ、俺は立っていられないだろう。
幸太くんは続ける。
幸太「俺ね。”家族”って大嫌いだったんですよ。ずっと、俺は放っておかれて。いつも命、命。いつでもどこでも姉ちゃんだけ。テストで100点を取った日、すごい嬉しくて母さんに駆け寄った時、ちょうど姉ちゃんが発作を起こしてね。母さんにそれどころじゃない!って怒られたんですよ。その時思いましたね、俺は家族なんて要らないってね。」
その顔は吹っ切れた感じで。
良い顔をしていた。
幸太「でもね。貴方と出会ってから、変わったんですよ。姉ちゃんは元より、家族みんなが。…言葉にするのは難しい…でも、本当の家族になったっていうのかな。姉ちゃんが笑うようになって。父さんも母さんも笑うようになって。俺も…。そして、姉ちゃんもなんか、いつ、し…すごい調子悪かったのに、すごい元気になって。このまま、ずっとこんな日が続くんだと思って…その矢先だったんです。あの事が起こったのは。…本当にすいません。いい訳にしかなりませんが、俺、子供だったんです。どうしようもない事なのに、貴方にぶつけてしまいました。」
火火野「いや、謝らない…」
幸太「いえ、謝ります。貴方のおかげで、俺、父親になれたんです。本当の家族を知れて、俺も父と母と姉ちゃんが居た家族を超える幸せな家族を作ろうと、本気で思えたから。俺、今幸せなんです。」
幸太くんは、本当に幸せそうだった。
周りがほの暗いのに、幸太くんは輝いて見えるほどに。
その幸太くんが、少し俯き拳を握る。
幸太「なのに…なのに、その幸せをくれた貴方が不幸じゃダメでしょうが!!」
火火野「幸太くん…」
優美さんがスッっと前に出てくる。
優美「火火野さん、あの時からずっと言えなかった、あの娘の言葉があります。」
火火野「…」
その言葉を聞くのは、ものすごい恐怖だった。
最期の…命の最期の想い。
優美「あの娘ね。私は今日死ねない。絶対に死ねない。って言ったんです。」
俺は、もう涙が出そうだった。
12月1日、俺の誕生日。
優美「私が愛している人の生まれた日が来る度に、泣いてしまう…そんな事には絶対にさせない!!って。…苦しかったでしょうに、本当に、あんなに…あんな事をずっと言っていた娘が必死で生きようと…そして、12時を越えた事を伝えた時、本当に安らかな表情で。息も絶え絶えに。日記を渡して欲しい。と、命は最期にそう言って旅立ちました。」
そして、日記を差し出した。
俺は、手が出なかった。
それを手にしてしまうと、何か全てを受け入れないといけない気がした。
巌「火火野君。もう、命を解放してあげてくれないか。」
火火野「え?」
唐突に発した巌の言葉を、俺は理解できなかった。
巌「15年だ。15年間、君は命を想い続け、縛られてきた。その想いは、命を逆に縛り付けている。そう思わんかね。」
火火野「お…俺は、あの日…命を連れまわしてしまった…”罪”があります。それは決して消えることはありません。」
巌「…確かに。あの時も言ったが、私も君とさえ出会わなければ、もしかしたら命は生きていたかもしれない。そう思ったこともある。今もそう思っているかもしれない。」
巌は自分に問いかけているようだった。
巌「でもね。幸太も言っていたように、君と出会って命は変わった。本当に生まれ変わった。そのおかげで、たった2か月、されど本当に幸せな家族になれた2か月だった。本当に…」
頬に涙が伝う。
優美さんも幸太くんも涙が流れているようだった。
俺は、まだ泣いていない。
泣けるわけがない。
俺の罪は涙で洗い流せるものでもないし、あの時に枯れてしまった。
雷華「日記を読みましょう。ね?」
背中の手に少し押されて、日記を手に取ってしまう。
優美「私たちも見ていません。でも、もし良かったら、少しみせてもらえるとありがたいです。」
その日記は、A4のノートだった。
たった、1冊しかない。
火火野「分かりました。」
そう言って、俺は、日記を開く。
薄暗いので車のヘッドライトで照らしながら。
最初の表紙の裏の白い部分に、震えるような筆圧で。
『はじめとさいごは家族とみてほしい』
と書いてあった。多分。最後の方は震えが大きくて少し読みずらかった。
多分、病院に運ばれる前に書いたんだろう。
俺は、最初のページをめくる。
女の子らしくない、シュッとした字が並んでいる。
綺麗で、読みやすい字だ。
『10月1日(火) 物凄いめんどくさかった奴と付き合うことにした。理由は2つ。死ぬ前に想いで作ってもいいかな。これは、どうでも良い方の理由。次が決定打だった理由。私の眼に写った空が青かっただって。生まれて初めてかもしれない、あんなに笑ったのは。だって、私の視えている世界はどうしようもないくらいの灰色なのにね。まぁ初めての彼氏。どんな奴かはこれからだ。よく考えたら名前以外何も知らないや。まぁ、悪い奴ではない…という勘は多分当たってるでしょ。その記念に書いたことない日記に挑戦しようと思う。3日坊主で終わるのが先か、もしくは。家族に紹介する日が来るのだろうか?まぁ、今のままだと無いな。』
これは、本当に命の日記なのだろうか。
無機質。
それ以外の言葉が見つからない。
俺の知っていた命はもっと…
いや、そうか。
ご家族の反応を見るに、命は”こう”いう感じだったんだ。
ずっと。
1ページ目には10月1日から10月4日までの日記が書いてあった。
その内容は、ほぼ1日と一緒で無機質にその日あった事が端的にまとめられているようだった。
そこを流し読み。
火火野「じゃ最後のページを開きます。」
ご家族が頷き、俺は最後のページをめくる。真っ白だ。
そこからページをめくっていく。
『11月30日(土) ついにアシタ!待ちに待った晃太の誕生日!!楽しみだーー!!晃太の運転でスノボ(ハート)運動したことほとんどない大丈夫かなぁ??ま、晃太が楽しんでくれるようにガンバろ♪晃太が好きそうなCD準備したし、運転中からテンション上がっちゃいそう↑↑スキー場行くまでに疲れ果てないようにしなきゃね×晃太は、私の誕生日お祝いしてくれるかな…私、、、そこまでちゃんと生きているかな。生きたい、生きたいよ。ずっと晃太と生きてたいよ。結婚して、子供を産んで、しわしわになってもずっと2人でニコニコしてたいよ。でも、多分、無理なんだと思う。あー元気に生まれたかったなぁ。でも、お父さんやお母さんにはすごい感謝をしてる。まぁ、最近なんだけどね。必死で私を育ててくれたから、今、こんなに幸せな時間を過ごすことが出来ている。本当に晃太と出会わなければどうなってたんだろ??晃太…晃太…晃太!!絶対に幸せになってほしい!!私はいつどうなるか分からない。でも、そのせいで晃太が不幸せになるのだけは、絶対にイヤ!!…本当は考えたくもないけど、私より良い女性と幸せになってほしい。そして、たまーに私のことも想い出してほしいかな。あーなんか死亡フラグを回収しちゃった気がするけど…もう寝よ。明日の為に!!…この時もう12時過ぎていることはナイショよ(ハート)』
このページには、所々濡れた跡が見受けられる。
多分、涙を流しながら書いたところがあるんだろう。
命…俺も、俺もそうだったんだ。
絶対に幸せになろうと、幸せにしてやると思ってたんだ。
俺の目からは大量の涙があふれだしていた。
優美「あんなに…ずっと死にたいと言っていたのに…生きたいって…本当に、元気に生んであげられなくてごめんなさい…」
幸太「ねぇちゃん…ぐすっ。ねぇちゃん…」
巌「…命…」
雷華の手が、ギュッと背中を握った。
雷華「すごい女性だったんですね。優しくて本当の強さを持ってて。」
命、命、命!
火火野「うぁああぁ…」
しばらく、皆、泣いていた。
どれくらい時間が経ったのか分からないが、辺りはすっかり明るくなっていた。
巌「火火野君、遅くなってしまったが本当にありがとう。君が居なければ、命は何も得ることなく人生を終えていただろう。間違いなく、君と出会ったことで、本当の幸せを感じることができたはずだ。」
火火野「俺もです。命から色んなものをもらいました。」
優美「…どうか、先に進んでください。すいません、お聞きそびれていましたが、そちらの女性は?」
雷華「私は、」
スッと手を出す。
火火野「大切にしたいと想っている女性です。」
雷華の顔が朱に染まる。
朱に?
幸太「姉ちゃんが願った様に幸せな家庭を築いてください!」
火火野「まだ、気が早いけどね。」
幸太「いやいや、火火野さんもう40近いんだから、早くしないと!」
火火野「あーーーー、あぁ。」
その後、命のお墓詣りをした。
『命、ごめんな。今まで。本当にありがとう。俺、進むよ。そして絶対に幸せになってやる。そして幸せにしてやる。これは、お前の為だけじゃないからな。ちゃんと分かってるからな。バイバイ。』
命『私の事もちゃんと思い出してよーバイバイ、サヨナラ、マ・タ・ネ。』
命の声がした聞こえた気がして、気持ちの良い風が、駆け抜けた。
火火野「雷華、帰ろう。」
雷華「…えぇ。」
ご家族に挨拶をして、帰路に就く。
俺は、雷華の手をぎゅっと握る。
雷華の顔がまた少し朱くなる。
雷華「私、負けないから…絶対、負けないよ。」
俺は、その決意を称えた顔を見て、少しにやけてしまった。
雷華「真剣よ!」
火火野「あぁ、分かってる。分かってるさ。」
2人で帰るときに見た、その朝焼けの美しい赤と青と白の戯れを、絶対に忘れることはない。
俺に彩が戻ってきた。
火火野「おっ、時間通りだな。」
雷華「もーのすごい、眠いですけどね。」
眠そうだが、いつもとは少し違う、メイクの雷華が時間丁度に現れる。
いつもはほとんど化粧なんてしていないように見える。
俺が鈍感だからか?
その俺でも分かる。
今日は、口紅を挿している。
…余り色は分からんが。
雷華「じゃ、出発しましょうか。」
火火野「本当に行くのか?」
雷華「えぇ。行きますとも。私も、半端な気持ちではありませんので。」
火火野「分かったよ。」
俺たちは、命のお墓がある霊園まで、数十キロの道のりをダッシュで走った。
俺たちのスピードなら、数十分で着く。
12月2日 朝5時30分 現着。
海が見渡せる高台にある霊園。
冬の澄んだ風が吹き抜ける。
太陽はまだ見当たらず、辺りは暗い。
雷華が何かに気づく。
雷華「…震えてますよ。」
火火野「えっ?」
自分でも気づかなかったが、膝が震えていた。
毎回そうだったのかな。
自分では…認めていないんだ。多分。
命の”死”を。
俺たちは命のお墓に向かうため、駐車場を通り過ぎる。
この時間にしては珍しく、車が数台止まっている。
??「火火野くん。」
突然、暗闇から声をかけられる。
人の気配にすら気づかないほど、精神が狂っているのか。
それよりも、この声…
火火野「…薄井さん…なんで…」
そこに居たのは、年を取ってはいるが、まぎれもなくあの時に見た薄井 巌さんだった。
??「やっと、お会いできましたね。」
火火野「…」
優美さん、その後に幸太くん?も居る。
すっかり大人になっている。
火火野「ご、ご無沙汰してます…」
言葉が上手く出てこない。
緊張…なのか。ごちゃごちゃの感情が押し寄せてくる。
スッ。
背中に温度を感じる。
振り返ると、雷華が手を当ててくれていた。
雷華「大丈夫。」
俺はこの、大丈夫の意味を後から知る。
幸太「あの時は、すいませんでした!」
突然、幸太くんが頭を盛大に下げた。
俺も、雷華も呆気にとられる。
幸太「俺…俺、あの時、火火野さんにひどい事言ってしまって…本当にすいませんでした。」
火火野「い…いや…多分、本当の事だし…」
幸太「いえ、姉ちゃんのことは、父も言ってましたが、本当に誰のせいでも無いんです。」
火火野「…いや…でも…」
幸太「本当なんです。…姉ちゃんはいつ、どうなってもおかしくなかったんです。あの日、たまたまそうなってしまったんです。俺は、何回も傍で見ていたから良く分かっているんです。」
俺は、何も言葉が出てこない。
雷華は、変わらず、背中に手を添えてくれている。
その手がなければ、俺は立っていられないだろう。
幸太くんは続ける。
幸太「俺ね。”家族”って大嫌いだったんですよ。ずっと、俺は放っておかれて。いつも命、命。いつでもどこでも姉ちゃんだけ。テストで100点を取った日、すごい嬉しくて母さんに駆け寄った時、ちょうど姉ちゃんが発作を起こしてね。母さんにそれどころじゃない!って怒られたんですよ。その時思いましたね、俺は家族なんて要らないってね。」
その顔は吹っ切れた感じで。
良い顔をしていた。
幸太「でもね。貴方と出会ってから、変わったんですよ。姉ちゃんは元より、家族みんなが。…言葉にするのは難しい…でも、本当の家族になったっていうのかな。姉ちゃんが笑うようになって。父さんも母さんも笑うようになって。俺も…。そして、姉ちゃんもなんか、いつ、し…すごい調子悪かったのに、すごい元気になって。このまま、ずっとこんな日が続くんだと思って…その矢先だったんです。あの事が起こったのは。…本当にすいません。いい訳にしかなりませんが、俺、子供だったんです。どうしようもない事なのに、貴方にぶつけてしまいました。」
火火野「いや、謝らない…」
幸太「いえ、謝ります。貴方のおかげで、俺、父親になれたんです。本当の家族を知れて、俺も父と母と姉ちゃんが居た家族を超える幸せな家族を作ろうと、本気で思えたから。俺、今幸せなんです。」
幸太くんは、本当に幸せそうだった。
周りがほの暗いのに、幸太くんは輝いて見えるほどに。
その幸太くんが、少し俯き拳を握る。
幸太「なのに…なのに、その幸せをくれた貴方が不幸じゃダメでしょうが!!」
火火野「幸太くん…」
優美さんがスッっと前に出てくる。
優美「火火野さん、あの時からずっと言えなかった、あの娘の言葉があります。」
火火野「…」
その言葉を聞くのは、ものすごい恐怖だった。
最期の…命の最期の想い。
優美「あの娘ね。私は今日死ねない。絶対に死ねない。って言ったんです。」
俺は、もう涙が出そうだった。
12月1日、俺の誕生日。
優美「私が愛している人の生まれた日が来る度に、泣いてしまう…そんな事には絶対にさせない!!って。…苦しかったでしょうに、本当に、あんなに…あんな事をずっと言っていた娘が必死で生きようと…そして、12時を越えた事を伝えた時、本当に安らかな表情で。息も絶え絶えに。日記を渡して欲しい。と、命は最期にそう言って旅立ちました。」
そして、日記を差し出した。
俺は、手が出なかった。
それを手にしてしまうと、何か全てを受け入れないといけない気がした。
巌「火火野君。もう、命を解放してあげてくれないか。」
火火野「え?」
唐突に発した巌の言葉を、俺は理解できなかった。
巌「15年だ。15年間、君は命を想い続け、縛られてきた。その想いは、命を逆に縛り付けている。そう思わんかね。」
火火野「お…俺は、あの日…命を連れまわしてしまった…”罪”があります。それは決して消えることはありません。」
巌「…確かに。あの時も言ったが、私も君とさえ出会わなければ、もしかしたら命は生きていたかもしれない。そう思ったこともある。今もそう思っているかもしれない。」
巌は自分に問いかけているようだった。
巌「でもね。幸太も言っていたように、君と出会って命は変わった。本当に生まれ変わった。そのおかげで、たった2か月、されど本当に幸せな家族になれた2か月だった。本当に…」
頬に涙が伝う。
優美さんも幸太くんも涙が流れているようだった。
俺は、まだ泣いていない。
泣けるわけがない。
俺の罪は涙で洗い流せるものでもないし、あの時に枯れてしまった。
雷華「日記を読みましょう。ね?」
背中の手に少し押されて、日記を手に取ってしまう。
優美「私たちも見ていません。でも、もし良かったら、少しみせてもらえるとありがたいです。」
その日記は、A4のノートだった。
たった、1冊しかない。
火火野「分かりました。」
そう言って、俺は、日記を開く。
薄暗いので車のヘッドライトで照らしながら。
最初の表紙の裏の白い部分に、震えるような筆圧で。
『はじめとさいごは家族とみてほしい』
と書いてあった。多分。最後の方は震えが大きくて少し読みずらかった。
多分、病院に運ばれる前に書いたんだろう。
俺は、最初のページをめくる。
女の子らしくない、シュッとした字が並んでいる。
綺麗で、読みやすい字だ。
『10月1日(火) 物凄いめんどくさかった奴と付き合うことにした。理由は2つ。死ぬ前に想いで作ってもいいかな。これは、どうでも良い方の理由。次が決定打だった理由。私の眼に写った空が青かっただって。生まれて初めてかもしれない、あんなに笑ったのは。だって、私の視えている世界はどうしようもないくらいの灰色なのにね。まぁ初めての彼氏。どんな奴かはこれからだ。よく考えたら名前以外何も知らないや。まぁ、悪い奴ではない…という勘は多分当たってるでしょ。その記念に書いたことない日記に挑戦しようと思う。3日坊主で終わるのが先か、もしくは。家族に紹介する日が来るのだろうか?まぁ、今のままだと無いな。』
これは、本当に命の日記なのだろうか。
無機質。
それ以外の言葉が見つからない。
俺の知っていた命はもっと…
いや、そうか。
ご家族の反応を見るに、命は”こう”いう感じだったんだ。
ずっと。
1ページ目には10月1日から10月4日までの日記が書いてあった。
その内容は、ほぼ1日と一緒で無機質にその日あった事が端的にまとめられているようだった。
そこを流し読み。
火火野「じゃ最後のページを開きます。」
ご家族が頷き、俺は最後のページをめくる。真っ白だ。
そこからページをめくっていく。
『11月30日(土) ついにアシタ!待ちに待った晃太の誕生日!!楽しみだーー!!晃太の運転でスノボ(ハート)運動したことほとんどない大丈夫かなぁ??ま、晃太が楽しんでくれるようにガンバろ♪晃太が好きそうなCD準備したし、運転中からテンション上がっちゃいそう↑↑スキー場行くまでに疲れ果てないようにしなきゃね×晃太は、私の誕生日お祝いしてくれるかな…私、、、そこまでちゃんと生きているかな。生きたい、生きたいよ。ずっと晃太と生きてたいよ。結婚して、子供を産んで、しわしわになってもずっと2人でニコニコしてたいよ。でも、多分、無理なんだと思う。あー元気に生まれたかったなぁ。でも、お父さんやお母さんにはすごい感謝をしてる。まぁ、最近なんだけどね。必死で私を育ててくれたから、今、こんなに幸せな時間を過ごすことが出来ている。本当に晃太と出会わなければどうなってたんだろ??晃太…晃太…晃太!!絶対に幸せになってほしい!!私はいつどうなるか分からない。でも、そのせいで晃太が不幸せになるのだけは、絶対にイヤ!!…本当は考えたくもないけど、私より良い女性と幸せになってほしい。そして、たまーに私のことも想い出してほしいかな。あーなんか死亡フラグを回収しちゃった気がするけど…もう寝よ。明日の為に!!…この時もう12時過ぎていることはナイショよ(ハート)』
このページには、所々濡れた跡が見受けられる。
多分、涙を流しながら書いたところがあるんだろう。
命…俺も、俺もそうだったんだ。
絶対に幸せになろうと、幸せにしてやると思ってたんだ。
俺の目からは大量の涙があふれだしていた。
優美「あんなに…ずっと死にたいと言っていたのに…生きたいって…本当に、元気に生んであげられなくてごめんなさい…」
幸太「ねぇちゃん…ぐすっ。ねぇちゃん…」
巌「…命…」
雷華の手が、ギュッと背中を握った。
雷華「すごい女性だったんですね。優しくて本当の強さを持ってて。」
命、命、命!
火火野「うぁああぁ…」
しばらく、皆、泣いていた。
どれくらい時間が経ったのか分からないが、辺りはすっかり明るくなっていた。
巌「火火野君、遅くなってしまったが本当にありがとう。君が居なければ、命は何も得ることなく人生を終えていただろう。間違いなく、君と出会ったことで、本当の幸せを感じることができたはずだ。」
火火野「俺もです。命から色んなものをもらいました。」
優美「…どうか、先に進んでください。すいません、お聞きそびれていましたが、そちらの女性は?」
雷華「私は、」
スッと手を出す。
火火野「大切にしたいと想っている女性です。」
雷華の顔が朱に染まる。
朱に?
幸太「姉ちゃんが願った様に幸せな家庭を築いてください!」
火火野「まだ、気が早いけどね。」
幸太「いやいや、火火野さんもう40近いんだから、早くしないと!」
火火野「あーーーー、あぁ。」
その後、命のお墓詣りをした。
『命、ごめんな。今まで。本当にありがとう。俺、進むよ。そして絶対に幸せになってやる。そして幸せにしてやる。これは、お前の為だけじゃないからな。ちゃんと分かってるからな。バイバイ。』
命『私の事もちゃんと思い出してよーバイバイ、サヨナラ、マ・タ・ネ。』
命の声がした聞こえた気がして、気持ちの良い風が、駆け抜けた。
火火野「雷華、帰ろう。」
雷華「…えぇ。」
ご家族に挨拶をして、帰路に就く。
俺は、雷華の手をぎゅっと握る。
雷華の顔がまた少し朱くなる。
雷華「私、負けないから…絶対、負けないよ。」
俺は、その決意を称えた顔を見て、少しにやけてしまった。
雷華「真剣よ!」
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