フラれ侍 定廻り同心と首打ち人の捕り物控

sanpo

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宝さがし2

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「意地っ張りの唐変木め。松の野郎、頑固者だとはわかっていたが、まさかこれほどだとは」
『息子の名はけっして出してくれるな』の一点張りの老親分を置いて通りへ戻った久馬と浅右衛門だった。
「なぁ、久さん、ここはひとまず親分の心意気を尊重しよう」
 浅右衛門が言った。
「親分があれほど嫌がるんなら、取り敢えず竹さんのことは俺たちだけで当たってみよう。いづれにせよ、奉行所は八人の行方の探索は続けるのだろう?」
 久馬はニヤリとした。
「そうだな、俺は松親分に『公には捜さない』と言っただけで『竹を捜さない』とは言ってないものな。それに、下宿で鉢合わせたということは、内心、松も気にして頻繁に確認に来てるって証拠だ。ったく」
 江戸っ子はひねくれ者の空元気。哀れでもあり可愛くもあった。
 と、ふいに足を止める久馬。その視線の先に緑ののぼりを背負い菓子桶を下げた二人連れの姿――
 ぼてふりの菓子屋ミドリ屋の兄妹である。
「おう! 相変わらず繁盛してるじゃないか」
「これは黒沼様、山田様。その節は大変お世話になりました」
 ミドリ屋は、元は佐藤姓を名乗る武士だった。家宝の名刀を巡って久馬と浅右衛門に力になってもらった過去がある。とはいえ――
「そんな古い話はいいってことよ。それより、どれも美味そうだな!」
 早速、菓子桶を覗き込んで久馬、
「よし、その笹で包んだ水饅頭と若鮎の形のヤツが涼しそうでいいや。帰り道にでも文字梅の家へ届けてくれないか、これはその勘定だ」
「ありがとうございます! フフ、お師匠さんは仕合わせ者ですね、黒沼様にこんなに想われて」
 妹みどりの言葉に真っ赤になる久馬。
「そ、そんなんじゃねぇよ。あいつ、今落ち込んでるから甘いもんでも食わせてちったぁシャンとさせてやろうと思ってさ。悪口の言い甲斐がなくってつまらねぇ」
「あら、そこがお優しいと言ってるんです」
 みどりは笑いを噛み殺した。
「確かにお届けいたします。そのお言葉と一緒に」
「いや、言葉はいらないから」
「そうだ、お師匠と言えば」
 ここで兄が首を傾げて言葉を挟む。
「弟さんの戯作者、朽木思惟竹さん……」
「戯作者じゃない、戯作者志望のキノコで充分、あいつがどうかしたかい?」
「いえ、大した話じゃないんですが、世の中には似たお人がいるもんだと思いましてね、なぁ、みどり」
「ええ、ほんと、驚きました。思惟竹さんにあんまりそっくりなんで、私、思わず声を掛けるところでした」
「竹さんに似た人を見た?」
 ズイッと前へ出る浅右衛門。その気迫に気圧けおされて慌てて娘は手を振った。
「あ、でも人違いでした。だってその方、きちんと髷を結って、大小二本差しのお武家様だったんです」
 久馬も身を乗り出す。
「そのキノコに似たお侍を見た場所は何処だい、憶えているなら、ぜひ、教えてくれ」
 妹に代わって兄が答えた。
「下谷の錬塀小路ねりべいこうじです。東側に大きな道場があるでしょう? そこに通う若侍達が私どもの菓子のお得意さんでして、よくあの界隈に立ち寄るんですが、昨日、その道ですれ違った三人組のひとりの顔立ちが思惟竹さんそっくりで吃驚したんですよ」
「ありがとうよ、ミドリ屋!」
 既に二人はきびすを返して歩き出している。
「練塀小路と言えば、浅さん?」
「うむ、中西道場だ。侍姿と言うことは竹さんとは別人だろうが、とにかく確かめるに越したことはない。行こう、久さん!」
 中西道場は小野派一刀流を修めた中西子定なかにしたねさだが開いた道場だ。元々は木刀の激しい型稽古が有名だったが、近年、竹刀も取り入れたことで門弟が増えた。間口六間、奥行十二間、破風造りの堂々たる玄関からも江戸随一の道場と称される。北辰一刀流の創始者千葉周作、新々刀の名工山浦真雄もここの門弟である。

 早速やって来た久馬と浅右衛門。運のいいことに、こちらへ歩いて来る三人連れの若侍、その中央にいるのが――
「キノコ? ありゃどう見てもキノコじゃねぇか!」
 ミドリ屋の兄妹が見間違うのも無理はない。若衆髷に羽織袴姿、腰には細身の大小を落とし差しにして、まさに旗本の子弟だ。とはいえ、その顏はキノコこと竹太郎に瓜二つ。思わず久馬は走り寄って声を掛けた。
「御免、そちらの真ん中の御方――」
 ここまで言った時、カチリ、
(鯉口を切る音?)
 刹那、浅右衛門が肩で久馬を弾き、開いた右偏身ひだりひとえみから鞘のまま左端の若侍の小手を打った。打つと言うより抑えた形。
「つ」
 柄を握ったまま膝を突く若侍。同時に、半歩前へ出たもう片側の一人を浅右衛門は睥睨する。
「貴殿もだ、ご注意あれ!」
 こちらの若侍も鍔の内側に左親指を挟んでいる。俗に言う隠し切り――鯉口切りの一種だ。これを見逃す浅右衛門ではない。
「天下の往来で、声を掛けただけの町方同心に鯉口を切るとはいかなる了見か? 正気の沙汰とは言い難し。理由を問う」
 流石に親指を外して若侍は問い返した。
「あなたは――あなたこそどなたですか?」
「公儀御様御用人おためしごようにん、山田浅右衛門と申す」
 久馬も姿勢を正して、
「ふう、浅さんのおかげで命拾いした――おっと、私は南町奉行の定廻り、黒沼久馬です。知人に似ていたのでいきなり声をかけた私も失礼でしたが、抜刀とは尋常ではありません」
「知人?」
「はい。数日前から消息を絶っているキノ……いや竹太郎、または朽木思惟竹とも名乗っている戯作者見習いの若者が、そちら、真ん中におられる御仁に瓜二つなのです。それで確認だけでもさせていただこうと思った次第」
 ここへ来て、その真ん中の若者、竹太郎似の人物が初めて口を開いた。
「お言葉通り常軌を逸した振る舞いでした。どうかお許しください」
 玲瓏と響く声、流れるような所作で頭を下げる。
「深くお詫び申し上げます。唯、どうか私どもの申し開きを聞いていただきたい。そうすれば我々のこのような振る舞いを多少なりともご理解いただけるのではないでしょうか」

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