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宝さがし3
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「先刻のご無礼、お許しください」
三人組の若侍と久馬と浅右衛門は近くの寺の境内にいる。
深い事情がある、と三人の中の一人、竹太郎似の若者がここへ誘ったのだ。
どうやら、この人物が主導的立場にあるらしい。
しかし、近くで見れば見るほど竹太郎にそっくりだった。色白の美形、背の高さや華奢な体つきもよく似ている。違うとしたら声だけだ。若侍はよく澄んだ凛とした声で口調も品格がある。ベランメェのガサツな竹太郎とは大違い。それ故、久馬も浅右衛門も今では別人とわかっている。
「私は、名を向井安宅と申します。こちらは私の友人の」
「大庭十郎でござる」
大庭は真っ先に鯉口を切った男だ。小柄で童顔。チゴユリを思わせる楚々とした風貌でとても刀を振り回すようには見えない。
「私は篠田俊介です」
三人目の男は長身痩躯、浅黒く精悍な面貌。憂いを湛えた瞳を伏せ、寄り添うように安宅の傍に立っている。
向井安宅は唇を一文字に結んで蒼天を仰いだ。やがて、決心したように話し始めた。
「実は今回の件には非常に込み入った事情があるのです。何処から話し始めればいいか……二人がいきなり鯉口を切ったのも、私が、あなた方がお捜しの朽木思惟竹殿に似ているのも、元を正せば全て一つに繋がるのです」
若侍安宅の言葉に久馬は仰天した。
「なに? と言うことは、やはり竹太郎を知っているんですね?」
ひとつ頷いて安宅、
「十日ほど前、道場通いの道で私は小石に包んだ奇妙な文を投げつけられました。そこには稚拙な文字でこう記されていました。
《おまえの父親の盗んだ品を即刻返せ。返さなければおまえの命はない》
下らない悪戯と思ったものの、一応、窃盗の件を父に尋ねてみると一笑に付すと思った父は首肯して言うではありませんか。
――その通り、我が家には私が若い頃、一目見て魅了され、どうしても欲しくなって盗み取った宝物がある。現在も屋敷内に隠してあるがな。
どのようなものかを問う私に、
――それは言えぬ。まぁ、待っていよ。どうせ私が死んだらその時は屋敷ごと跡取りのおまえのものになるのだから。
――今、それが欲しいと言ったなら?
――ならば盗み取ればよい。私も己が欲しいと思ったから自分のものにしたのだ。我が子ならそうすればいい。そのくらいできよう?」
「そんな、無茶苦茶な!」
思わず叫んだ同心に若侍は真顔で首を振った。
「いえ、父の言い分には一理あります。それが我らの血なれば」
「し、しかし、何から何まであまりにも破天荒だ。若い時盗みを働いたと言うあなたのお父上も、盗み返そうなんぞと思うあなたご自身も」
狐に抓まれたような顏の久馬の横で腑に落ちた、とばかり頷く浅右衛門。
「あなたのお名前――向井殿と申されましたな。ひょっとしてあなたは船出頭・向井将監様の御嫡子か?」
「いかにも、そうです」
船出頭とは幕府の船舶の管理と海上運輸を担う重職で、若年寄に属す格付けである。中でも向井家は船出頭筆頭で御召御船役最上位、唯一世襲が許されている。その先祖は武田系水軍で武田氏滅亡後家康に仕えた。つまり、向井家は海賊から成ったお家柄なのである。
浅右衛門は大きく息を吐いた。
「なるほど、〝一族の血〟とはよく言ったものだ。この話、全て有り得るぞ、久さん」
「我が家のことをご存知なら話がしやすい。父は今、いつものことながら上様の命で他郷していて屋敷にはいません。それで私は父の不在の間に、かつて父が盗んだという宝を見つけ出そうと思い立ちました。父の言った通り〝盗み取って〟やろうと」
向井安宅はうっすらと微笑んだ。
「勿論、私の命を奪うと書かれた脅しの文は父には見せていません。また、我が命の代価に宝を脅迫者に渡そうとも思いません。ただ私は自分の命と引き換えにされた宝とやらをこの目で見てみたいのです。一体、それがどんなものなのか。言うまでもなく自分の命は自分で守る覚悟です。そんな私に力を貸そうと護衛を買って出てくれたのが今ここにいる二人なのです」
改めて安宅は両脇を固める若者に目をやった。
「大庭殿はこの春に江戸へやって来た薩摩藩士です」
「最近、中西道場の門弟になりました。示現流の免状を持っております」
再度頭を下げる大庭。久馬は身震いしてそっと喉元を摩った。
(ブルル、抜刀していたらどうなっていたことやら……)
「こちら、篠田は私の乳兄弟です」
「それは言い過ぎです、安宅様」
篠田が慌てて訂正した。
「私の母は安宅様の乳母でした。その後、長らく女中頭としてお仕えしたのですが、今は病で里に下がっています」
「篠田には用人補佐として仕えてもらっております。母子ともども我が向井家には無くてはならない存在です」
「勿体ないお言葉、痛み入ります」
「えーと、それで、この話の何処にキノコ、うんにゃ、朽木思惟竹が出て来るんだ? サッパリ筋が読めないのだが……」
「そうでした」
安宅は話を本筋へ戻した。
「五日前の夜でした。若い頃父が盗んだという宝物を盗み返してやろうと決心した私がこの二人と居酒屋で今後の策を練っていた時、偶然同じ店に居合わせたのが思惟竹殿でした。姉上と喧嘩をしたそうで酔っぱらって気勢を上げているその顔が自分とそっくりで驚きました」
のみならず――
「お近づきになった思惟竹殿は、自分は戯作者だから、その種の宝さがしはお手の物。ここは一つ〝とりかえばや物語〟と洒落てみようではないかと言うので、お知恵を授かったのです」
要するに、瓜二つの自分が安宅に成り代わって自邸に潜入し邸内の探索をしようと申し出たらしい。
「向井の若様、まんまと口車に乗せられましたね? その男、朽木思惟竹にそんな能力はありません」
ことキノコに関しては容赦がない久馬。だが、竹太郎の居場所は判明した。一件落着である。
「五日間も霞のごとく消え失せていた理由も大いに納得しました。これで、行方を案じている家族を安心させてやれます。いやぁ、良かった、良かった」
「しかし、ずっとこのまま入れ代わっているわけにはいかないでしょう? 向井殿、いつまでこんな真似をお続けになるつもりですか?」
正鵠を射た浅右衛門の問いに安宅は困ったように長い睫毛を伏せる。
「仰る通りです。ですが、その、まだ肝心の盗品の在処がわからないのです。それで、今暫くこの状態を続ける他ないと考えております」
「閃いた!」
大声を上げたのは久馬だ。
「向井の若様、名案があります。どう売り込んだのかは知りませんが正直言って思惟竹に宝の在処を探し出す才はありません。実際にそれが出来るのはここにいる山田浅右衛門と私だけだ。嘘じゃありません。私たちは二人して数々の難題を解決して来ました。そこで、どうです」
黒紋付き巻き羽織の胸をググッと反らせて定廻り同心は申し出た。
「この宝さがしの件、私たちに任せる気はありませんか? こちらとしても思惟竹の帰宅を老親や大年増の姉が首を長くして待ってるので、一刻も早くケリを付けたいんです」
三人組の若侍と久馬と浅右衛門は近くの寺の境内にいる。
深い事情がある、と三人の中の一人、竹太郎似の若者がここへ誘ったのだ。
どうやら、この人物が主導的立場にあるらしい。
しかし、近くで見れば見るほど竹太郎にそっくりだった。色白の美形、背の高さや華奢な体つきもよく似ている。違うとしたら声だけだ。若侍はよく澄んだ凛とした声で口調も品格がある。ベランメェのガサツな竹太郎とは大違い。それ故、久馬も浅右衛門も今では別人とわかっている。
「私は、名を向井安宅と申します。こちらは私の友人の」
「大庭十郎でござる」
大庭は真っ先に鯉口を切った男だ。小柄で童顔。チゴユリを思わせる楚々とした風貌でとても刀を振り回すようには見えない。
「私は篠田俊介です」
三人目の男は長身痩躯、浅黒く精悍な面貌。憂いを湛えた瞳を伏せ、寄り添うように安宅の傍に立っている。
向井安宅は唇を一文字に結んで蒼天を仰いだ。やがて、決心したように話し始めた。
「実は今回の件には非常に込み入った事情があるのです。何処から話し始めればいいか……二人がいきなり鯉口を切ったのも、私が、あなた方がお捜しの朽木思惟竹殿に似ているのも、元を正せば全て一つに繋がるのです」
若侍安宅の言葉に久馬は仰天した。
「なに? と言うことは、やはり竹太郎を知っているんですね?」
ひとつ頷いて安宅、
「十日ほど前、道場通いの道で私は小石に包んだ奇妙な文を投げつけられました。そこには稚拙な文字でこう記されていました。
《おまえの父親の盗んだ品を即刻返せ。返さなければおまえの命はない》
下らない悪戯と思ったものの、一応、窃盗の件を父に尋ねてみると一笑に付すと思った父は首肯して言うではありませんか。
――その通り、我が家には私が若い頃、一目見て魅了され、どうしても欲しくなって盗み取った宝物がある。現在も屋敷内に隠してあるがな。
どのようなものかを問う私に、
――それは言えぬ。まぁ、待っていよ。どうせ私が死んだらその時は屋敷ごと跡取りのおまえのものになるのだから。
――今、それが欲しいと言ったなら?
――ならば盗み取ればよい。私も己が欲しいと思ったから自分のものにしたのだ。我が子ならそうすればいい。そのくらいできよう?」
「そんな、無茶苦茶な!」
思わず叫んだ同心に若侍は真顔で首を振った。
「いえ、父の言い分には一理あります。それが我らの血なれば」
「し、しかし、何から何まであまりにも破天荒だ。若い時盗みを働いたと言うあなたのお父上も、盗み返そうなんぞと思うあなたご自身も」
狐に抓まれたような顏の久馬の横で腑に落ちた、とばかり頷く浅右衛門。
「あなたのお名前――向井殿と申されましたな。ひょっとしてあなたは船出頭・向井将監様の御嫡子か?」
「いかにも、そうです」
船出頭とは幕府の船舶の管理と海上運輸を担う重職で、若年寄に属す格付けである。中でも向井家は船出頭筆頭で御召御船役最上位、唯一世襲が許されている。その先祖は武田系水軍で武田氏滅亡後家康に仕えた。つまり、向井家は海賊から成ったお家柄なのである。
浅右衛門は大きく息を吐いた。
「なるほど、〝一族の血〟とはよく言ったものだ。この話、全て有り得るぞ、久さん」
「我が家のことをご存知なら話がしやすい。父は今、いつものことながら上様の命で他郷していて屋敷にはいません。それで私は父の不在の間に、かつて父が盗んだという宝を見つけ出そうと思い立ちました。父の言った通り〝盗み取って〟やろうと」
向井安宅はうっすらと微笑んだ。
「勿論、私の命を奪うと書かれた脅しの文は父には見せていません。また、我が命の代価に宝を脅迫者に渡そうとも思いません。ただ私は自分の命と引き換えにされた宝とやらをこの目で見てみたいのです。一体、それがどんなものなのか。言うまでもなく自分の命は自分で守る覚悟です。そんな私に力を貸そうと護衛を買って出てくれたのが今ここにいる二人なのです」
改めて安宅は両脇を固める若者に目をやった。
「大庭殿はこの春に江戸へやって来た薩摩藩士です」
「最近、中西道場の門弟になりました。示現流の免状を持っております」
再度頭を下げる大庭。久馬は身震いしてそっと喉元を摩った。
(ブルル、抜刀していたらどうなっていたことやら……)
「こちら、篠田は私の乳兄弟です」
「それは言い過ぎです、安宅様」
篠田が慌てて訂正した。
「私の母は安宅様の乳母でした。その後、長らく女中頭としてお仕えしたのですが、今は病で里に下がっています」
「篠田には用人補佐として仕えてもらっております。母子ともども我が向井家には無くてはならない存在です」
「勿体ないお言葉、痛み入ります」
「えーと、それで、この話の何処にキノコ、うんにゃ、朽木思惟竹が出て来るんだ? サッパリ筋が読めないのだが……」
「そうでした」
安宅は話を本筋へ戻した。
「五日前の夜でした。若い頃父が盗んだという宝物を盗み返してやろうと決心した私がこの二人と居酒屋で今後の策を練っていた時、偶然同じ店に居合わせたのが思惟竹殿でした。姉上と喧嘩をしたそうで酔っぱらって気勢を上げているその顔が自分とそっくりで驚きました」
のみならず――
「お近づきになった思惟竹殿は、自分は戯作者だから、その種の宝さがしはお手の物。ここは一つ〝とりかえばや物語〟と洒落てみようではないかと言うので、お知恵を授かったのです」
要するに、瓜二つの自分が安宅に成り代わって自邸に潜入し邸内の探索をしようと申し出たらしい。
「向井の若様、まんまと口車に乗せられましたね? その男、朽木思惟竹にそんな能力はありません」
ことキノコに関しては容赦がない久馬。だが、竹太郎の居場所は判明した。一件落着である。
「五日間も霞のごとく消え失せていた理由も大いに納得しました。これで、行方を案じている家族を安心させてやれます。いやぁ、良かった、良かった」
「しかし、ずっとこのまま入れ代わっているわけにはいかないでしょう? 向井殿、いつまでこんな真似をお続けになるつもりですか?」
正鵠を射た浅右衛門の問いに安宅は困ったように長い睫毛を伏せる。
「仰る通りです。ですが、その、まだ肝心の盗品の在処がわからないのです。それで、今暫くこの状態を続ける他ないと考えております」
「閃いた!」
大声を上げたのは久馬だ。
「向井の若様、名案があります。どう売り込んだのかは知りませんが正直言って思惟竹に宝の在処を探し出す才はありません。実際にそれが出来るのはここにいる山田浅右衛門と私だけだ。嘘じゃありません。私たちは二人して数々の難題を解決して来ました。そこで、どうです」
黒紋付き巻き羽織の胸をググッと反らせて定廻り同心は申し出た。
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