フラれ侍 定廻り同心と首打ち人の捕り物控

sanpo

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宝さがし5

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 まずは安宅姫の自室からだ。寝所と日中を過ごす居間は二間続きになっている。
 そこから始める。
 寝所はいたって簡潔。夜にお付係が夜具を敷くだけなのでめぼしい物はない。襖で仕切られた隣室の居間へ。
 向井一族は質実剛健な家風ではあるがここは女性らしい華やかさに溢れていた。床脇の天袋、違い棚の背後の壁は楚々として可愛らしい江戸琳派の四季の草花。これが床の間の唐壺に零れるように活けてある芍薬と鮮やかな対を見せている。そして――
 欄間がなんと華麗で美しいことか。桑材の全面に梅の模様が彫り抜いてあった。
「この透かし彫りの欄間、夜、最高にいい感じなんです」
 すかさず竹太郎が講釈する。姫装束のままなのでわかってはいても一瞬、そこに安宅が立っているように思えた。
「こっち、居間に夜通し灯している行燈のせいでむこうの寝所の天井に梅模様が映し出されて……夜のお花畑に寝てる気分でさあ」
「うむ、下の花びらを一枚だけ大きく彫っている。この大胆に崩した梅の形も面白いな!」
 続いて、浅右衛門が感嘆したのは欄間の下の襖絵だ。
「これは源氏物語から採ったのだな!」
 みやびな宮廷絵巻そのままに、御簾みすを揺らして一匹の縞柄の子猫が庭へ走り出て行く光景が見事な筆さばきで描かれている。
「第三十四帖、若菜(上)女三宮おんなさんのみやの足元から逃げる猫って、アレですね?」
「流石、戯作者朽木思惟竹殿だ。古典にもお詳しいですね」
「チェ、浅さんも、皆も、見蕩れるのはわかるがよ、欄間や襖絵なんて、そんな薄っぺらいモノに宝は隠しようがないぜ」
 一人、御簾・・ならぬ蚊帳の外・・・・の無粋な久馬が口を尖らす。篠田が慌てて言い添えた。
「この二間にある安宅様の普段使いの棚や愛用の品々、そしてお道具部屋の箪笥やひつは、既に姫御自身が点検して、別段変わった物はなかったと仰っています」
「それ以外の物となると……」
 違い棚の一番上に舶来の西洋時計が置かれている。大きさは縦横一尺足らずと小ぶりながら真鍮に金彩が施された豪奢な時計だ。宮殿の露台に座る二人の天使クピドが文字盤を掲げている造形が優美で愛くるしい。※一尺=30㎝
「向井の殿様が安宅様の御誕生を祝って贈られた品です。ですが、すぐに故障してしまったそうでご覧の通り二時を指したまま動きません」
『二時』と言った篠田に浅右衛門が微笑んだ。
「篠田さんは西洋時計の読み方をご存知なんですね?」
「はい。姫様と一緒に蘭学を学んだ際に身に付けました」
 江戸も天保年間の今、既に和時計も出回っているが時刻の表示が違う。
 和時計は24時間を2分割して十二支で表した。ここ、姫の自室にあるのはれっきとした舶来の西洋時計で文字盤にⅠ、Ⅱ、Ⅲと希臘ギリシャ数字が記されている。
「俺も読めるぜ、浅さん。瓦版の〈西洋時計案内〉を読んだからな」
 妙な自慢をする久馬。実際、この瓦版は現存する。一枚摺りで西洋時計の文字盤に干支と漢数字を並べて懇切丁寧に時刻の見方を図解している。
「そう言うわけで、残念ながらこの西洋時計は、今は、時刻は測れませんが殿様も姫様も物にこだわらない豪気なお人柄ゆえ、敢えて修理はせず飾りとして置いてあります」
「壊れているんじゃしょうがねぇな。他の場所を見て回ろうや、浅さん」
 思惟竹扮する安宅姫は自室に残して行くことになった。
 部屋を出た刹那、浅右衛門は足を止めた。縁から眺める中庭の景色に心奪われたようだ。
(欄間や襖絵の次は庭か……)
 こういう処が如何にも浅右衛門らしいと久馬はこっそり微苦笑する。友は、常に美しいものに心惹かれるのだ。
 小さな丸い池と取り巻くように植えられたアカマツ、イトヒバ、カヤにイヌマキ……爽やかな木々の陰に小さなほこらが見えた。つやつやしたモッコクの葉を揺らしてメジロが盛んに鳴いている。

 篠田に導かれて屋敷奥のあるじの居室へ向かう。
 この篠田を、昨日、安宅自身が乳兄弟と紹介した時、当人は即座に否定していたが、家中の者は皆、そのように認識しているようだ。『姫が施術中、人払いを望んでいる』と告げた言葉を忠実に守って誰一人奥に入って来る者はいなかった。
「篠田さん、安宅様のみならず邸内の者がどれほどあなたを信頼しているかよくわかります」
「山田様まで、勿体ないお言葉です。私も母も向井の殿様には心から感謝しています。手を差し伸べていただかなかったら私どもは野垂れ死にしていたでしょう」
「え?」
 意外な返答だった。浅右衛門も久馬も吃驚して眉を寄せる。
「これは屋敷の者は皆知っている話ですよ」
 朗らかに篠田は続けた。
「乳飲み子の私を抱えて母はお屋敷の門前で行き倒れていたのです。殿様の御正室様が亡くなったばかりで母は、残された姫君に乳をやってくれと招き入れられました。以来、何処の誰ともわからない私たち母子はお屋敷内で分不相応に過ごさせていただきました。母の装束から士分であることは確かなようですが、母は事情を一切語らず向井様もそれ以上の詮索はなさらなかった。大方、言うに言われぬ事情で婚家から逃げ出したか、追い出されたか……私は安宅様とともに道場にも通い、学問も授けていただきました」
 海賊屋敷の用人補佐はキリリと唇を噛んだ。
「安宅様は、今回の謎の脅し文を悪戯と考えておられますが、私は命に代えても安宅様の御身を守る覚悟です」
 篠田俊介のまなじりを決した強い意思を久馬も浅右衛門も感じ取った。
 
 殿様の寝所、居間、座敷は姫の居室とは反対側にあった。
 これらの区域は足は踏み入れず、廊下や縁から眺めただけだが。
 庭も、こちら側は本格的な回遊式庭園だ。瓢箪型の広大な池に橋が架かり、その橋の中央に月見台が設けられている。池の背後には円錐型の築山があって、これは富士山を模していると思われる。
 その庭に面した座敷は三十畳。屋敷内で最も大きな広間である。
「?」
 ここに至って浅右衛門はハッとした。
(誰かに見られている?)
 さりげなく、渡って来た廊下を振り返る。が、森閑と静まり返って人の影は見えない。
(天井か?)
「どうかしたかい、浅さん?」
 浅右衛門の様子に気づいた久馬が声を潜めて訊いて来た。
「いや、何でもない」
 ふいに、浅右衛門は納得した。
(なるほど、こうでなければな!)
 元々、槍や刀を振り回すことを考慮して武家屋敷の天井は高く作ってある。更にその上、大広間の、一見、明り取りと見える天窓。あれは明らかに武者隠し――天井裏に設置された見張り部屋だ。
 天下の船奉行の屋敷である。むしろ監視がない方がおかしい。しっかり我々は見張られているのだ。
 幸い、取り巻く気配に殺気は感じられなかった。自分たちも悪意あっての振る舞いではない。このまま素知らぬふりでやり過ごすのが良さそうだ。
 思えば今回の件、当主である父の殿様自身が姫に『盗めるなら盗んでみよ』と言い切っている。従って、この盗品捜しは家中公認済みということか。
(おや?)
 天井だけではない。今また、床下を奔る気配がした。流石は向井家、有能な隠密を飼っていると見た。
(今回の盗品捜しの件、引き受けたからには心してかからねば……)
 俄然、気を引き締めて奮い立つ浅右衛門だった。

 渡り廊下の先の茶室も、屋敷最奥にある湯殿に雪隠も廻った。
 しかし、特に気になる処はなかった。
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