フラれ侍 定廻り同心と首打ち人の捕り物控

sanpo

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宝さがし6

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「おや、ここは?」
 浅右衛門が足を止めたのは篠田が何気なく通り過ぎようとした台所近くの区域だ。
「あそこですか? 私ども家中の者は〈つなぎの間〉と呼んでおります」
 武家屋敷にはよくあるのだが四方を部屋に囲まれて、従って窓の無い、襖だけで仕切られた一室である。
 周囲の部屋は全て開け放ってあったがこの部屋だけは閉めてあった。篠田は前室からズカズカと入って行ってカラリと襖を開ける。
「どうぞ、存分にご検分ください」
 広さは四畳半、真四角の間取り。襖の前の一か所に黒光りする水屋箪笥が置かれていた。篠田はそこも開けて見せてくれた。小ぶりの器がぎっしりと重ねてある。
「お、だから繋ぎの間か!」
 合点が行ったとばかり久馬が白い歯を見せて笑う。
 周囲の部屋がそれぞれ大きさの違う座敷だ。宴を催す際、間違いが起らぬよう膳を一旦ここで用意、確認して各部屋へ供する、そのための部屋なのだろう。
 こんな繋ぎの空き部屋でも姫の居室と同じ華やかな梅模様の欄間が取り付けてあるのが微笑ましかった。

 これで邸内は全て見終わった。
 浅右衛門は口を引き結んだままだ。一行は再び安宅姫の居室へと戻って来た。
「いかがでしょう? 何か気になった処はありませんか? 少しでもここはと思う箇所があれば、ぜひお教えください」 
 浅右衛門は部屋に入らず縁に立ったままだ。じっと庭を見つめている。反対側の庭園に比べると遥かに小さい可愛らしい庭……
「浅さん?」
 久馬が声を掛けると浅右衛門は振り返って言った。
「篠田さん、今まで邸内を見分させていただきましたが、ここと思える場所は見出せませんでした」
「そうですか。山田様のお目を持ってしてもだめでしたか」
「唯一、気になったのが」
 浅右衛門がスッと指を差す。庭の一画、木立に隠れた祠。
「あれは鎧塚ですか?」
 ハッと息をのむ篠田。
「いかにも、鎧塚です」
「浅さん、まさかあの塚に宝が隠してあるとでも?」
「いや、塚ではない、あの前にある池だ」
 竹太郎まで出て来て、一同縁に並んでまじまじと池を凝視する。
 瑠璃色の小さな丸い池は天からの陽光に虹のごとく七色に煌めいていた。
「これと言う根拠はありません。が、どうもあの池は私の目に訴えるものがある――私の思い過ごしかもしれませんが」
「いや、大いにあり得るぞ!」
 即座に相槌を打つ久馬。
「こうして見ると、あの池自体がさながら、美しい器――宝物のようではないか!」
「珍しく、いいことを言いますね、旦那」
「なんと! いかにも向井の殿様がやりそうな趣向です。この庭を地図に仕立てて宝のカタチと隠し場所を同時に暗示している?」
 パシャン――
 池に放っている錦鯉が跳ねて、篠田は胴震いした。
「流石、山田様です。私の眼ではとうてい読み取れませんでした」
 ここで廊下を渡って来る足音が響く。竹太郎、続いて久馬と浅右衛門は慌てて部屋へ引っ込んだ。
「お伝えします。ただ今、安宅様の道場の御朋輩という方がお二人、お見舞いにお越しです。如何いかがいたしましょう?」
 ほぼ予定した時刻通りだ。室内の三人へ頷いてから、篠田は使いの者に言った。
「安宅様はお会いしたがっています。私が迎えに出ます」

「なるほど、池とな!」
 部屋に座るなり安宅姫は若侍姿のまま膝を叩いた。
「しかも、庭を地図に仕立てるとは。その考えは思いつきませんでした。流石、山田浅右衛門様です」
「いえ、実際に宝が見つかるまでは私の考えが正しいかどうかはわかりません」
「何を仰います。宝の在処はもう池以外考えられません。池に決まっています。この六日間、思惟竹殿と篠田が探し回っても邸内の何処にもここぞという場所はなかったのですから。それに――」
 姫の雪白の頬が桜色に染まる。
「思い出しました! あの池は新しいんです。私が五歳の春、この二間を私の居室とするよう決めた際、父上は色々手を加えてくれました。襖や壁……欄間を新しくして、縁から見える庭も手直ししたんです。あの池もその時に新たに掘ったのです」
「てことは、盗品のお宝を池の底に隠す機会があったってことですね」
 竹太郎は大いに納得するとともに恐縮して叩頭した。
「何と言うか――私はこれっぽっちも役に立てず申し訳ありませんでしたっ」
「そんなことはありません。思惟竹殿には心から感謝しています。あなたと知り合ったからこうして山田様や黒沼様にお力を貸していただけたのです」
 戯作家志望に優しい言葉をかけた後で、安宅はサッと首を巡らせる。
「よし、篠田、こうなったら早い方がいい。明日、池浚いけさらえをしましょう」
 海賊の血を引く姫君の決断は早い。
 かくて半刻後――
 安宅の着て来た羽織袴を着て竹太郎は大庭とともに向井邸を後にした。やや時間を置いて医師とその助手も辞去した。
 海賊橋のたもとで二人を待っていた竹太郎と大庭。
 大庭は畏まって浅右衛門に挨拶した。
「それにしても、山田様には感服いたしました。お知恵のみならず、その剣の冴え、御様御用人としてのお名前は存じていましたが、実際に立ち会うことができて、この大庭十郎、一生の光栄と心に刻みます」
「いえ、大庭殿こそ、見事な腕前でした。名に聞く雲耀うんえいの一閃、確かに体感させていただきました」
 ポッと頬を染める美少年大庭十郎。
「山田様にそう言っていただけて嬉しいです。もっともっと精進いたします。江戸へ出て来たのも『強い者に会いに行く』という一念からです。では、私はこれで」
 深々と頭を下げて新参の薩摩藩士は去って行った。
「実際、凄い気迫だったもんな。今、俺の首が胴の上に乗ってるのは浅さんが鯉口を斬らせなかったおかげだよ」
「へぇ、そんなことがあったんで?」
 小さくなって行く大庭の後姿を見つめて竹太郎は顔をしかめた。
「こんなこと言っちゃあなんだが、わっちはあの大庭ってお人がどうも苦手です」
「珍しいな、嫌いなものの無いおまえがそんな繊細なこと言うとは」
「人をゲテモノ喰いみたいに言わないでおくんなさい。でも大庭さん、小柄でお稚児さんみたいな可愛らしい顔してるのに、傍にいるとなんか怖くって、背筋がゾクゾクします」
「そりゃ、腕が立つからさ。示現流の免状持ちだって話だ。姫の護衛には持って来いだぜ。そうは言っても脅し文をもらったのは事実だ。用心するに越したことはないからな、なぁ、浅さん?」
「その通りさ、久さん」
「それによ、今おまえが恐れるべきは大庭じゃなくて――もっと他にいるだろう?」
「へ?」
 むんず、と久馬は竹太郎の首根っこを掴んだ。
「さあ、行くぜ、キノコ、覚悟を決めやがれ」

「竹太郎! このヒョットコドッコイのコンコンチキが!」
「ひぇー、許してー、堪忍してくれー、姉貴」
 同心が引きずって帰った弟を見るや、跳びついて頭と言わず顔と言わず肩と言わず滅茶苦茶に引っ叩く姉。その顔は涙でグチャグチャだ。
「この、この、突然消えちまって私やお父っあんがどれほど心配したとお思いだい?」
「悪かった、姉ちゃん……」
 思う存分ポカスカやった後で突然手を止め、文字梅は額を床に擦りつけて同心と首打ち人に礼を言った。
「ありがとうございました。今度と言う今度はお礼の言葉も思いつきません。ありがとうございました」
 そこへ飛び入ったもう一つの影。
「ありがとうございます、黒沼の旦那! 山田様! ウチの馬鹿息子をめっけて連れ帰ってくださるとは……」
「おう、流石、松親分、足だけじゃなく、耳も早いな! 見ねえ、大切な倅はこの通りピンピン――って、断わっとくが顔の傷は今しがた姉貴にやられたんだからな」
「なぁに、俺も二、三発殴ってやりまさぁ。恥ずかしながら、てっきりこいつも流行りの人攫いどもの餌食えじきになったかと思いました。本当にありがとうございました!」
 姉の横に並んで父も平伏した。
「お二人にご面倒をおかけした、この御礼は残る命を持って、返させていただきます」
「その通りだぜ、松、今後二度と『十手を返す』なんて言わないと誓えよ。俺は、あんな悲しい台詞は金輪際聞きたくねぇ」
「黒沼の旦那……」
 老親分の目尻に涙が滲む前に久馬は言った。
「それから、早速だが、頼みがある。明日までに口が堅くて信頼できる池浚え人を五、六人ばかり世話してくれ。急なことだが、よろしく頼むぜ」
「そんなことならお安い御用!」
 言うが早いか老親分はもういない。風と共に駆け去った。これぞまさに〈曲木の松〉――曲がった木はにゃならない……走ら・・にゃならない松親分、と言うわけだ。江戸っ子好みの綽名を授かってこうやってもう数十年、久馬の父の代からお江戸八百八町を駆け巡って来たのだ。その健脚は微塵も衰えていない。頼もしいことである。

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