フラれ侍 定廻り同心と首打ち人の捕り物控

sanpo

文字の大きさ
7 / 40

宝さがし7

しおりを挟む
 
 明けて次の日。
 昨夜は竹太郎ともども文字梅の家に泊まった久馬と浅右衛門、再び向井家へ向かう。前日と同様の医者姿である。
 但し、森閑としていた昨日とは違い、山沼残歩先生とその助手は家中の者達に歓呼で迎えられた。それもそのはず、わずか一日の治療で、なんと、今朝、安宅姫は全幅したのだ。玲瓏たる声を取り戻した――
「何と言う名医! 姫様がまさかこんなに早くお元気になられるとは! 向井家の臣を代表して御礼申し上げます」
 昨日は奥に引っ込んでいた老齢の用人、その名も加地重左衛門かじじゅうざえもんまで出て来て、ぜひともと感謝の言葉を述べる。
「もうよい、爺は大袈裟なんだから。さあ、そなたは奥に鎮座してその他諸々山積みの向井家に関わる重要な要件をさばいておいでなさい。あ、それから、私は今日、池浚えをしますからね。実は私、病の間ずっと弁天様に願を掛けていたの。声を戻していただけたら一番に部屋の前のお池のお水を綺麗にしますって。願いが叶ったんだから何を置いても決行しますからね」
「はいはい、姫、何でもお好きなように。どうせお止めしたところで私の言うことなどお聞きにならないのだから。え? 今日もう一日、残歩名先生がお側に控えていてくださるとな? それなら安心です。なにとぞ我がお転婆姫をよろしくお頼み申します」
 ここで絶妙の間合いで若い方の用人篠田が報告する。
「姫、ただいま裏門に、手配した池浚え人たちが到着しました。これより庭へ廻らせます」
 言うまでもなく、やって来た池浚え人とは、昨夜久馬が松兵衛親分に頼んで集めてもらった者達だ。おや? 中の一人、頬かむりした竹太郎が混じっている。
「おまえは別に来なくてもいいんだぜ」
 親方以下池浚え人一同が庭に並んで挨拶した際、久馬はこっそり竹太郎の傍に寄って小声で言った。
「そりゃないですよ、黒沼の旦那。わっちもお宝を見ないことには乗り掛かったこの船・・・、途中で降りられません」
 ペロリと舌を出す。
お船・・奉行だけに」
「ま、いいや。おまえ、お梅のおかげで顔が腫れてるから、今日は姫にはさほど似ていない。家中の者に見られても大丈夫だろうよ」
 昨日に引き続き道場仲間の大庭もやって来て、いよいよ宝を掘り当てるべく池浚えが始まった。

 松兵衛親分が声を掛けただけあって腕の立つ池浚え人たちだった。皆熱心に働き、水を抜く作業は順調に進んだ。
 と、ここで思わぬ伏兵が現れたのである。
「ニャー!」
「ニャー ニャー!」
「こ、これは一体……」
「むむ、きやつら何処から湧いて出た?」
 池の水をほぼ抜き終わり、放流していた錦鯉をたらいに移し始めたその時、突如、庭に出現した十数匹の猫、猫、猫、猫……
 今や池の周りは猫たちでいっぱいだ。
 とはいえ、これには何の不思議もない。これもまた海賊の血筋、向井家ならではの伝統なのだった。
「しかたありません。この者達は我が家の守り神なれば」
 海賊の姫は話してくれた。
「船を扱う者は皆、船で猫を飼っております。船出の際、必ず猫を連れて行くのです。船中で猫が眠れば海は凪ぎ、騒げば時化しける。また、方角が読めないほどの大嵐が来ても大丈夫。猫が常に顔を向けている方角が北なのです。特に三毛の雄を乗せればその船は絶対沈まないとも伝わっています。我が家の猫たちは我が祖と一緒に船に乗っていた子孫です。家臣同様大切に扱っています」
「なるほど」
「しかし、昨日は、邸内を探索中、それこそ、猫の子一匹、目にしなかったですよ」
 首を傾げる同心に姫はクスッと微笑んだ。
「警戒心が強いので、身を潜めていたのでしょう。見知らぬ人や客人には近づかないようです」
「私も、言葉足らずで申し訳ありませんでした」
 すかさず篠田が謝罪した。
「当家ではあまりにも当たり前過ぎて、うっかりして言及しなかったのですが、昨日お見せした〈繋ぎの間〉、あれは猫たちの居室です。邸内の猫たちが食事をしたり、夜、眠るための部屋なのです」
 改めて大いに納得する久馬。
「そうか! 猫を繋ぐ・・から〈繋ぎの間〉か」
「あ」
 更に浅右衛門は思い当たった。
(ひょっとして、昨日、廊下の陰や床下に感じた気配はこの猫達だったのでは?)
 邸内を巡る闖入者の様子をこっそり覗っていたのだな! なるほど、向井家の飼う・・大した隠密たちである。
 とはいえ、さしもの有能な隠密たちも鯉の誘惑には勝てなかったらしく、盥の周りにひしめきあって凄い騒ぎになっている。
「ニャー、ニャー」
「ニャアーー」
「ニヤアアアーー」
「これでは落ち着いて宝さがしができません。鯉が傷つくのも避けたい……」
 困惑する浅右衛門に、
「心得ました」
 安宅はポンポンと手を打ち鳴らす。
 すると、十数人の艶やかな腰元たちがずらりと縁に打ち並んだ。
 この者達も猫同様、昨日はその姿を見ることはなかった。姫が快癒するまで――つまりは姫が竹太郎と入れ替わっている間は、偽物だと露顕しないよう、篠田が周到に計って邸内奥深く控えさせていたのだ。
 本物の・・・姫は朗々と腰元たちに命じた。
「おまえたち、一人ずつ猫を抱いていなさい。けっして離してはならぬぞ」
「あい、承知しました、安宅姫」
 池攫い人や、竹太郎、大庭までもが奔走して捕えた猫を次々に腰元に渡して行く。日頃から可愛がられて懐いているので、猫たちはおとなしく腰元たちの腕の中に納まった。
「眼福だなぁ! 無粋な俺でも、これならわかる。美しい腰元たちとその胸に抱かれる猫……」
 夢のような光景にうっとりと見蕩れる久馬。竹太郎もピシャリと両手を打ち鳴らした。
「全くだ、この様子を国芳が見たら卒倒間違いなしだな!」
 国芳とは歌川国芳のこと。当世、猫好きの浮世絵師として江戸っ子に知れ渡っていた。なにしろ東海道五十三次を猫で描くほどなのだ。
 一方、浅右衛門はまた眉を寄せる。
(待てよ、最近似たような場面をどこかで見なかっただろうか? 縁……そして、猫……)
「如何でしょう? お池の具合をご確認いただけますか?」
 池浚えの統領の声に一同、身を正して視線を池に向けた。
 池はあらかた水が抜け、底が顕わになっている。
「なるほど、こう言う仕組みだったのか……!」
 思わず漏らした久馬の言葉にその場にいた誰もが頷いた。
 風のそよぎや降り注ぐ天の光、そしてまた、縁に立つ位置によって、様々に煌めいた小さな丸い池は、その底にギヤマンの欠片かけらがびっしりと敷き詰めてあった。
 だが、濃紺の色石の他には目立った物は見当たらない。宝を入れた容器が沈められているものと予想したのだが。
「どれ、わっちが捜してみましょう」
 竹太郎が池に入り丹念に探ってみた。しかし、何も見つからなかった。
 浅右衛門の推測は外れたのだ。
「……これまでにいたします」
 遂に安宅姫は言った。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。