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宝さがし7
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昨夜は竹太郎ともども文字梅の家に泊まった久馬と浅右衛門、再び向井家へ向かう。前日と同様の医者姿である。
但し、森閑としていた昨日とは違い、山沼残歩先生とその助手は家中の者達に歓呼で迎えられた。それもそのはず、わずか一日の治療で、なんと、今朝、安宅姫は全幅したのだ。玲瓏たる声を取り戻した――
「何と言う名医! 姫様がまさかこんなに早くお元気になられるとは! 向井家の臣を代表して御礼申し上げます」
昨日は奥に引っ込んでいた老齢の用人、その名も加地重左衛門まで出て来て、ぜひともと感謝の言葉を述べる。
「もうよい、爺は大袈裟なんだから。さあ、そなたは奥に鎮座してその他諸々山積みの向井家に関わる重要な要件をさばいておいでなさい。あ、それから、私は今日、池浚えをしますからね。実は私、病の間ずっと弁天様に願を掛けていたの。声を戻していただけたら一番に部屋の前のお池のお水を綺麗にしますって。願いが叶ったんだから何を置いても決行しますからね」
「はいはい、姫、何でもお好きなように。どうせお止めしたところで私の言うことなどお聞きにならないのだから。え? 今日もう一日、残歩名先生がお側に控えていてくださるとな? それなら安心です。なにとぞ我がお転婆姫をよろしくお頼み申します」
ここで絶妙の間合いで若い方の用人篠田が報告する。
「姫、ただいま裏門に、手配した池浚え人たちが到着しました。これより庭へ廻らせます」
言うまでもなく、やって来た池浚え人とは、昨夜久馬が松兵衛親分に頼んで集めてもらった者達だ。おや? 中の一人、頬かむりした竹太郎が混じっている。
「おまえは別に来なくてもいいんだぜ」
親方以下池浚え人一同が庭に並んで挨拶した際、久馬はこっそり竹太郎の傍に寄って小声で言った。
「そりゃないですよ、黒沼の旦那。わっちもお宝を見ないことには乗り掛かったこの船、途中で降りられません」
ペロリと舌を出す。
「お船奉行だけに」
「ま、いいや。おまえ、お梅のおかげで顔が腫れてるから、今日は姫にはさほど似ていない。家中の者に見られても大丈夫だろうよ」
昨日に引き続き道場仲間の大庭もやって来て、いよいよ宝を掘り当てるべく池浚えが始まった。
松兵衛親分が声を掛けただけあって腕の立つ池浚え人たちだった。皆熱心に働き、水を抜く作業は順調に進んだ。
と、ここで思わぬ伏兵が現れたのである。
「ニャー!」
「ニャー ニャー!」
「こ、これは一体……」
「むむ、きやつら何処から湧いて出た?」
池の水をほぼ抜き終わり、放流していた錦鯉を盥に移し始めたその時、突如、庭に出現した十数匹の猫、猫、猫、猫……
今や池の周りは猫たちでいっぱいだ。
とはいえ、これには何の不思議もない。これもまた海賊の血筋、向井家ならではの伝統なのだった。
「しかたありません。この者達は我が家の守り神なれば」
海賊の姫は話してくれた。
「船を扱う者は皆、船で猫を飼っております。船出の際、必ず猫を連れて行くのです。船中で猫が眠れば海は凪ぎ、騒げば時化る。また、方角が読めないほどの大嵐が来ても大丈夫。猫が常に顔を向けている方角が北なのです。特に三毛の雄を乗せればその船は絶対沈まないとも伝わっています。我が家の猫たちは我が祖と一緒に船に乗っていた子孫です。家臣同様大切に扱っています」
「なるほど」
「しかし、昨日は、邸内を探索中、それこそ、猫の子一匹、目にしなかったですよ」
首を傾げる同心に姫はクスッと微笑んだ。
「警戒心が強いので、身を潜めていたのでしょう。見知らぬ人や客人には近づかないようです」
「私も、言葉足らずで申し訳ありませんでした」
すかさず篠田が謝罪した。
「当家ではあまりにも当たり前過ぎて、うっかりして言及しなかったのですが、昨日お見せした〈繋ぎの間〉、あれは猫たちの居室です。邸内の猫たちが食事をしたり、夜、眠るための部屋なのです」
改めて大いに納得する久馬。
「そうか! 猫を繋ぐから〈繋ぎの間〉か」
「あ」
更に浅右衛門は思い当たった。
(ひょっとして、昨日、廊下の陰や床下に感じた気配はこの猫達だったのでは?)
邸内を巡る闖入者の様子をこっそり覗っていたのだな! なるほど、向井家の飼う大した隠密たちである。
とはいえ、さしもの有能な隠密たちも鯉の誘惑には勝てなかったらしく、盥の周りに犇めきあって凄い騒ぎになっている。
「ニャー、ニャー」
「ニャアーー」
「ニヤアアアーー」
「これでは落ち着いて宝さがしができません。鯉が傷つくのも避けたい……」
困惑する浅右衛門に、
「心得ました」
安宅はポンポンと手を打ち鳴らす。
すると、十数人の艶やかな腰元たちがずらりと縁に打ち並んだ。
この者達も猫同様、昨日はその姿を見ることはなかった。姫が快癒するまで――つまりは姫が竹太郎と入れ替わっている間は、偽物だと露顕しないよう、篠田が周到に計って邸内奥深く控えさせていたのだ。
本物の姫は朗々と腰元たちに命じた。
「おまえたち、一人ずつ猫を抱いていなさい。けっして離してはならぬぞ」
「あい、承知しました、安宅姫」
池攫い人や、竹太郎、大庭までもが奔走して捕えた猫を次々に腰元に渡して行く。日頃から可愛がられて懐いているので、猫たちはおとなしく腰元たちの腕の中に納まった。
「眼福だなぁ! 無粋な俺でも、これならわかる。美しい腰元たちとその胸に抱かれる猫……」
夢のような光景にうっとりと見蕩れる久馬。竹太郎もピシャリと両手を打ち鳴らした。
「全くだ、この様子を国芳が見たら卒倒間違いなしだな!」
国芳とは歌川国芳のこと。当世、猫好きの浮世絵師として江戸っ子に知れ渡っていた。なにしろ東海道五十三次を猫で描くほどなのだ。
一方、浅右衛門はまた眉を寄せる。
(待てよ、最近似たような場面をどこかで見なかっただろうか? 縁……そして、猫……)
「如何でしょう? お池の具合をご確認いただけますか?」
池浚えの統領の声に一同、身を正して視線を池に向けた。
池はあらかた水が抜け、底が顕わになっている。
「なるほど、こう言う仕組みだったのか……!」
思わず漏らした久馬の言葉にその場にいた誰もが頷いた。
風のそよぎや降り注ぐ天の光、そしてまた、縁に立つ位置によって、様々に煌めいた小さな丸い池は、その底にギヤマンの欠片がびっしりと敷き詰めてあった。
だが、濃紺の色石の他には目立った物は見当たらない。宝を入れた容器が沈められているものと予想したのだが。
「どれ、わっちが捜してみましょう」
竹太郎が池に入り丹念に探ってみた。しかし、何も見つからなかった。
浅右衛門の推測は外れたのだ。
「……これまでにいたします」
遂に安宅姫は言った。
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