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第二章:『永久の庭』
ニ
しおりを挟むそこは小さな人間の集落だった。
周りに流れる川を一つ越え、丘を登ると、深い森の入り口が見えてくる。
途中の、丘の上にある一軒家の前を通り過ぎてそのまま森に入り、しばし歩くと木立の隙間から陽光が淡くこぼれる広場に出る。
自然のドームのような空間だった。
中央には野太くそびえる大樹。若木の幹ほどもある大枝や、伸びた梢には大小様々な形の飾りが吊るされ、小動物や虫たちが走り、小気味良い声を鳴き交わしている。
ここが青年の隠れ家だった。
庭に入る前に客の二人を制して、青年が短く古い言葉を唱えると——風もなく樹枝の飾りが妖しく光を放って揺れ、やがて大人しくなる。
好奇に満ちた目つきでインベルが言った。
「今のは?」
「魔除けだよ。蛮族の血を嗅ぎ分ける。客とはいえ、彼らは人ではないだろう? 解呪せずそのまま通れば、あの飾りが守護者となって、ソイツらを襲ってしまう」
青年の慈悲のない目線に射竦められたと思って、インベルとの間に挟まれたフードの小人がまたしてもびくっと震える。が、青年が見ていたのはその先にあるものだ。
「しかし……この場合、おそらく喰われるのは守護者の方で、危惧すべきは彼を刺激する方だ」
「違いないわ。寝起きは私でも言うことを聞くか判らないもの」
小人を省いて二人の相互理解だけで話が進められるとほぼ同時、飾りの音を聞きつけて、大樹の根元に嵌められたドアから、モップを手にした若い人間の娘が顔を出した。
娘はモップを下ろし、柄を握る手の力を緩めて言った。
「……先生、だったんですか。私、いったい……何事かと」
「すまない。騒がせてしまったね」
青年がこう告げると、娘は安堵した笑みを浮かべて、
「いえ……あの。おかえりなさい、先生」
その頬をぽっと桜色にそめながら言った。
この瞬間が二人とも好きだった。
青年の声も殊更に優しくなる。
「ただいま」
「それで、そちらの二人は……」
「一人は古い馴染みだ。君の先輩にあたる。もう一人は小鬼だが、私……と彼女もいる。心配はいらない」
「わっ、先輩? 初めまして! 私、シルメリアです」
小豆色の髪に、透き通ったラベンダーのような色味の瞳が可憐な少女シルメリアは言うと、二人を中に招き入れた。
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